泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

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2・彼女の生い立ち

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「私がします」
「ありがと…」
 まるで介護だ、彼女は重ねて折ったティッシュを俺の股間に当ててテカテカした精液を吸い取らせていく。
 竿をあっちへこっちへ倒しながら玉袋まで綺麗にして、
「すみません、少しだけ」
と断ってからそのティッシュを鼻に近付けクンクンと嗅いだ。
「…なんで」
「いえ、すみません…こんな香りなんですね、精液って」
「嗅いだことも無かったか」
「はい、あの…お伝えした通り、フェラチオも実戦は初めてでしたので」
 そうだ開始前に聞いたその話を確認せねば、ふわふわ浮ついていた気持ちがやっと体に戻って来た気がする。
「それだ、その…初めてって言った?マジで?」
「その通りです、生身のそれを口にしたことが無いんです」
「………元カレのは?」
「…いいえ」
彼女は口の端に残った俺の体液を一番最後に拭き取って、ティッシュをまとめてゴミ箱へと入れる。
「そう…軽いセックスだけだったのか」
 分からんでもない、口淫は生殖には関係無い行為だしさっぱりした男なら淡白に抱いて終わらせることもあるだろう。しかしそれだとやはりピアスとの整合性が取れていないようにも感じる。
 俺が乳首ピアスにおののいたのはその痛々しさもあるが、『過去の男に開発された猛者もさ』な様を感じてしまったからでもあるのだ。激しく獣のように交わっていたので優しく生半可なイチャラブセックスでは「お子様ね」と呆れられるかも、そんな懸念もあった。
「(あのピアスは元カレのただの趣味…?サドだったのかな)」
 少々安心した俺がパンツを穿きペットボトルのフタを開けようとすれば、彼女は
「んー…信じていただけるか分かりませんけど、私、生娘きむすめなんです」
と超意外なことを告白し隣へ腰を降ろす。
 俺はもうお茶を吹き出したりはしなかったが、やはり驚きはしたので飲み込むタイミングを誤り少量気管に入ってしまい…またせた。
「ごっ……ぅ…ん…」
「大丈夫ですか、お茶を飲むのがお下手なんでしょうか」
驚かせた張本人の彼女はまたティッシュを手に取り俺の口周りを拭き、背中をトントンと叩いてくれる。
「ゔんっ…あ、あー…気管に入っただけだ、驚いて…なに、生娘?……説明してくれ」
「処女、ヴァージン、未通、」
「意味は分かってる、え…経験無いの?」
「はい、その…なんと申したら良いのでしょう、男性の、それ、」
恥ずかしいというよりそれを辱めとして愉しんでいるのか、もじもじしつつも彼女は頬を染めて艶っぽく言葉を紡ぐ。
「私の…中に、受け入れたことは無いんです、真っサラとは言いません、けれど男性を受け入れたことは…無いんです」
「……元カレは…笹目ささめさんを抱かなかったの?」
 よほどの場数を踏んでるんじゃないのか、だって風呂にも入ってない仕事終わりの男のコレを彼女は美味そうに食っていたのだ。プラトニックな関係なんて今さら言われても信じない。だって乳首にピアスを開けるような特別な間柄だ。
「ご主人様は……温かく元気のあるを、お持ちではなかったんです」
 とはコレのことか、ということは不能だったのか。だいぶん婉曲えんきょくして気遣って分かりにくくなっているがそういうことだろう。
「……勃たなかった?」
「……そう、ですね…」
「へぇ…」
 ならば仕方ないのかな、実際に40・50代になってもギンギンに勃つかどうかは分からないし、若くても役に立たなくなることだってある。現に俺は乳首のピアスを見ただけで萎えてしまったのだ、既に少し自信は失っている。
「その人とは長かったの?」
「そうですね……物心ついた頃から一緒に…おりまして…『ご主人様』と呼んでた訳でもないんです、普段は『ひぃ様』とお呼びしてました…お名前がひじり様でしたので」
 この敬い方、幼少期から、ゾワっと嫌な発想が忍び寄り思わず
「…肉親?」
と尋ねてしまう。
 しかし彼女はかつて無いほどの語気で
「いえ、とんでもない!」
と否定した。
「ひぃ様は…とてもできた方で、親に捨てられた私を引き取って育てて下さった…命の恩人なんです」
「そう、なの」
「はい…すみません、大きな声を出しました…」
彼女はバツが悪そうにベッドから降り、コンビニの袋からペットボトルのブレンドティーを取り出して開封する。
 そしてまた俺の隣へ座り、ちびちび喉へ通して「ぷは」と可愛い吐息を漏らした。

「はぁ……笹目さん、その…ひぃ様ってのは…文字通りのご主人様?それとも、プレイで言うところの主人か?」
「えぇと…どちらも、私が…お仕えしていた、とでも言いましょうか…お家に住まわせて頂いて、生活を共にしていた方で…」
「…家政婦みたいなこと?」
「まぁ家事は…そうですね、教えて頂いて、私が。衣食住を何不自由無くさせて頂いて…そのお返しではないですがこういったことをして…」
 なるほど恩があって体で返していたのか、しかしいびつな男女関係だと心の底がモヤモヤしてくる。
 そして彼女の中で絶対的な存在であるひぃ様とやらは今どうしているのか。彼女は俺を悦ばせて嫉妬で折檻せっかんなど受けはしないのか、そちらも気に掛かって来た。
「笹目さん、そのひぃ様ってのは……今は?」
「あの…お亡くなりになって…半年前に」
 不謹慎だがパァともやが晴れるような心象が脳裏に広がる。
 俺はカレンダーやらシフト表やらバタつく売り場の様子を走馬灯そうまとうの如く思い出し
「……そうか、忌引きしてたな」
と発すれば
「はい」
と静かな声が返ってくる。

 確かその日は朝から雨で、数日前から落ち着かない様子だった彼女はスマートフォンの着信を受けるなり飛ぶようにして会社を後にしたのだ。
 そして5日に及ぶ忌引き、店長と副店長は交代で通夜と自宅葬に顔を出していた、売り場を任された俺はただ忙しくてバタついていた。
 なので休み明けにげっそりとけた彼女を見ても「喪主って大変なんだな」くらいしか思うことができず、あくまで同僚としての励まししかできなかった。
 俺が彼女へ好意をはっきり意識し出すのはそれ以降だった気がする。だんだんと元気を取り戻した彼女から話し掛けられたり食事に誘ってもらったりするようになり、距離を縮めたのだ。

「そう…か、あれが…そうだったのか」
 ライバルはもう居ないのか、まこと不謹慎だが少し気が楽になる。
 しかしあの忌引きは『親の不幸』と聞いた気がする、嘘だったのかそれとも。
「はい、内臓の病気を患ってらして…手術しては転移したりと…晩年はそんな感じで…でも穏やかな最期だったそうです、眠るようにすうっと…できれび看取って差し上げたかったのですが…叶いませんでした」
「……おいくつだったの」
「享年は55、私は33ですから…22歳差、親子くらいですね。私が8歳の時に引き取って頂いて…その時ひぃ様は30歳でした」
「は…」
常軌を逸している、えも言われぬ嫌悪感が込み上がる。
「……虐待じゃないか」
「いえ、決してそんなことは……置いて頂けることに感謝をして、出来ることでお返しをしたまでです、事実、私が16になるまでひぃ様は入浴以外で私の裸を見ることも触ることもありませんでした」
「それでも淫行だろ、犯罪だ」
「…私の両親は…なんて言うか…ダメな人達でした、遊興費を良からぬ筋から借りて首が回らなくなって…私を売り飛ばそうとしたんです」
「……は?」
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