泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

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10・虚実、不確かな真実

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「ラ……は…?」
「やんごとなき身分の方へ献上する、とでも言いましょうか…昼は家事・仕事を、夜は仕込まれた性技で夜伽よとぎを行う…至れり尽くせりの妻ないし家政婦ないし秘書…その人専用の女性を育成する、聖氏はそういった女性をおろす仕事をして莫大な資産を築いておられました」
「女性が、」
「…そのような愛妾あいしょうを欲しがる男はワガママですからね、手練てだれでとこ上手、けれど男慣れしてない方が良いとか…貫通していても経験は女性のみ…聖氏は適任だったそうですよ、顧客は数十名に上ります。現役国会議員の秘書として立派に務めている人もおりますし、著名な芸術家の後妻に入り睦まじく暮らしている人もおります」
「…それで…家事も教養も…夜の方も……やっぱり…教えられてたのか」
 何が『教えるてい』だ、しっかりレクチャーしてたんじゃないか。
 愛玩人形の育成?気色が悪い職業があったもんだ。俺も多少想像したりしたが『まさか』というミステリ感覚で考えただけだ、本気でそんなことが仕事として行われてるなんて思いもしない。
 借金のカタに養女に取る、改名させて過去を捨てさせる、教育を受けさせ健やかな体を持つように育成し、婚姻できる年齢になれば性技を教え込む。そして買い手が現れれば渡して大金を得る、現代の人身売買か。
「…法に…触れませんか」
「ですから秘密裏に。まぁ表向きはご本人たちが自ら望んで嫁いだり斡旋あっせんや紹介で勤めたりとなってますので…その先の行為に関しては自由恋愛、ソープなどと同じですよ。金銭に関しては娘を嫁がせた結納金であったり給与の一括払い扱いであったり…詳しくは言えませんが法を掻い潜って生業なりわいにしてらしたんですよ。なので多くの方が聖氏との養子縁組はなさらなかったんです、身分の高い方の結婚相手は身元を探られたりしますでしょう?出処が分かっている買い主はともかく、下世話なメディアなどに取り上げられては後々困りますからね」
「なら……何故、水蓮だけ養子縁組を…?」
「順を追って話しますと、まず聖氏は水蓮さんが16歳になる頃に…とある件で警察から取り調べを受けています。ざっくり言いますととある女性の誘拐ゆうかい・殺人容疑……直接手を下してはいないでしょうが、指示したのではないかと…水蓮さんにも関わることなので彼女も聴き取りを受けているはずです」
「……それは…水蓮の、は、母親、ですか…?」
 通帳を渡して以降姿を見せなくなったと言っていたが…いや絶対そうだろう、しかし相談役は顔色を変えなかった。
「明言は致しかねますが…そうかもしれませんね」
「…水蓮は…17になるまで…その、手を付けられなかったと聞いてますが…ちょうどそれがその時期でしょうか」
「そうですね、聖氏はマークされましたので大人しくせざるを得なかったのでしょう。水蓮さん以外が巣立って彼女の育成だけになった頃に持病が進行し出したということもあり…聖氏は数年後には稼業を畳み水蓮さんを手元に置いておくことに決めたようです」
「それは…家事とか、」
「そうですね、身の回りのことと将来的な介護のことをさせるために残したようです。寝たきりではありませんでしたから、日中は大学や働きに出ても問題無かったようですよ。一般企業にお勤めさせることで社会的地位も得られるし裏社会との関連も疑われませんし…そこで新しく使用人を雇うより安全だったんでしょう……個人的なもあったようですし…警察の手前『出荷』をやめた期間も水蓮さんは色々と仕込まれていたようですから。その辺りでの養子縁組ですよ、水蓮さんを逃げられないよう囲った、ともとれます」
 セックス込みの介護付き家政婦…水蓮はそれを愛と感じて生きていた、あまりに不憫で目に涙が浮かぶ。
 聖氏は水蓮を一蓮托生の相手に選んだということか。しかもそれは愛などではなく打算と保身と捏造ねつぞうまみれた束縛…相談役はさらに続けた。
「もっとも、晩年は…聖氏の方がご執心だったみたいですよ、死への恐怖か精神が弱っておいででしたから。我々がご自宅へ伺った際も水蓮さんをわきへ置いて手を握り、片時も離れようとはなさいませんでした。少なくとも、この5年ほどはそのような姿が見られました」
「聖さんも…水蓮を…愛していた…?」
「故人の感情は私どもには分かりかねますが…娘離れできない母、何も知らずに見れば、まぁ仲の良い親子だと思える、そういったお姿でしたよ」
 嘘から出た誠なのか、水蓮が書き換えた記憶は全くのデタラメではなかったらしい。
「また、水蓮さんは聖氏の財産の窓口にもなってらっしゃいます。家賃収入ですとかオーナー店舗の売り上げ、そして養女で得た報酬など…聖氏はそれら全てを水蓮さんへ譲る、と遺言を遺されて…『だからどこへも行かないで』と…病室ですがるのを目撃した者もおります」
 さっぱりとした親子として日中は過ごし、夜はあの部屋でセックスをして、水蓮はそれを『愛』と受け止めるよう自身に暗示を掛けた。必要とされて自分の存在を肯定して、尽くして離れさせない共依存の関係というやつか。
 俺はもうため息しか出なかった。
「…金で…引き留めたのか、哀れだな…」
「聖氏の影となり動いていた者たちからすれば水蓮さんは主人も同じ、しかし派閥の異なる者からすれば排斥はいせきしたいという声も上がっているのが正直なところです」
「は、え?」
「さて、前置きが長くなって申し訳ありませんが…常盤さんは…水蓮さんの資産についてはどのようにお考えですか?」
 これが今日俺がここに呼ばれた本題だったらしい。俺が逆玉などを狙っているとしたらが黙ってないぞ、と牽制けんせいするつもりでもあったようだ。
 既に俺の自宅住所を始め横浜の実家や両親・兄弟の勤め先まで調べられていた。
 身内に警察関係者などが居ないこともきっちり調査済みで驚いた。
 相談役が言うには俺は『合格』らしい。
 もし不合格ならば、別れさせるか脅しをかけてでも『資産に手を付けません』と一筆したためさせる予定だったそうだ。
常盤ときわさんは真面目に社会で働いておられるし借金も無く金遣いも荒くありません。大学の奨学金しょうがくきんも完済しておられるし…車のローンもお済みですし、親御さんも老後の準備をしてらっしゃる」
「はぁ、そうなんですか」
「はい。ご兄弟も皆さん家庭を持ってらっしゃるし…弟さんは奥様に隠れてパチスロに通っておいでですが小遣いの範囲内ですし借金もありません、微量ですが収支はプラス、大丈夫でしょう」
「へぇ…」
 俺も知らない家族の話が続々と出て来る、これはリビングで致したことも見られているのではないかとヒヤヒヤした。
「私共は聖氏と、その母体である団体から資産を守るよう言い使っております。遺言では『水蓮さんに』となっていますから合意の上でお二人のことに使用されるのは構いません。しかし常盤さん個人のことに聖氏の資産を使われる、となると我々も黙ってはおりませんので…そういったことの確認をしたかったのです…今後、大きな買い物のご予定などは?」
「えーと……車はもうすぐ買い替えを検討してますが…今のやつの後継にしようかと。だから前回と同じ5年でローン組めば良いかなって」
「なるほど、お家などはいかがなさいますか……、……、」
相談役はメモを取りつつ、俺の独断による人生設計を聴き取っては逐一納得して意見をくれた。
 なんでも彼はファイナンシャルプランナーの資格も持っているらしい。
 堅実な俺のプランに太鼓判をくれて夕方には解放してくれた。

 聖氏の資産の額も知らなければ裏社会と繋がりたくもない、水蓮の人生設計は改めて聞くらしい。
 俺の計画と折り合いが付けばありがたいな、そんな気持ちで静かなマンションへとひとり戻る。
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