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10・虚実、不確かな真実
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しおりを挟む数ヶ月後、彼女のマンションで俺たちは一緒に暮らし始め、そのタイミングでひぃ様の資産管理を任されているという後見人…司法書士だか税理士だかのグループから連絡を受けた。住民票やマンションの居住者情報を定期的に確認しているのだろう。
俺宛の電話で『水蓮には知られないように』ととあるビルの会議室へ招待された。
後見人はひぃ様の若い時分から代替わりしながらも情報を引き継いでお世話をしているらしい。水蓮の過去もある程度知っているということだった。
本題に入る前の世間話で「聞きたいことがあれば」と言われたので、ざっくりとした彼女の生い立ちの客観的事実を聞かせてもらうことにした。
俺がそこで代表の『相談役』と名乗る男から聞かされたのは、驚きの真実と…彼女の嘘だった。
まず、水蓮…もとい『さくら』が夜職の母の元に生まれて聖氏の持ち家に住んでいたことは事実だ。
しかしそこはオートロックも管理人室さえも無い小さなボロアパートだったそうだ。彼女の母は店からそこへ押し込まれ住んでいたそうで、いつしか男を連れ込み身籠もってさくらを産んだ、ということらしい。
「ひぃ…聖さんはアパートの管理人…と聞いてましたが」
「立場上はそうです、しかし聖氏はさくらさんの母へ貸し付けを行なっていましたので、逃げないよう監視していた…という方が正しいかもしれません」
「か、貸し付け…?」
「はい、聖氏はその当時金貸しもしていました、母君はいわゆる借金のカタに聖氏の風俗店で働かされていた、ということです」
「金貸しって…でも…その当時は聖さんも若かったでしょう?そんな資産と権限が?」
「まぁそのシマを統括する組の親類…とだけ。未成年のうちから色々と学ばれて…趣味で店にも出ておいでだったようですが」
「……じゃあ借金を肩代わりしてさくらを引き取ったのは…」
「簡単に言いますと母君の身代わりです。大半は返済なさったようですが、年齢のせいもあってか客も取れなくなってきて…ある日男と逃げたんですよ」
「……はぁ、」
その男とはさくらの父親だが籍は入れてなかったらしい。そいつの行方は未だ知れないそうだ。
さてまず発端となる部分が丸ごと解釈が変わってしまった。聖氏はヒーローどころかさくらが独りぼっちになる原因を作っていたということか。
まぁ元々の借金は母親のせいだろうが、水蓮は聖氏に『助けて頂いた』をいやに強調していた気がする。
「当時の暮らしぶりとかは?水蓮は…すごく聖さんに恩を感じている風に言うんですが」
「実際、良き親子の様に他の養女の皆さんとも暮らしていらっしゃいました。衣食住に困ることなく…周りの様子を窺いながら次第に順応しておられたようです。お姉さんたちに遊んでもらったり習い事をさせてもらったり」
「あの…『水蓮』への改名は…いつごろ?」
「養子にされる際に、ですね。その…聖氏の背中の刺青に因んで聖氏が付けた、と聞いております」
「…聖さんから、ですか」
水蓮は『自分が提案した』と言ったがそれも違う、聖氏が分け与えた物だった。
こうなるとどこまでが嘘で本当か分からないな、ピアスのくだりも真実ではないのかもしれない。
「手続きは我々が行いましたが…大人になってからの改名ですから、思い切ったことをされるなとは感じましたね」
「…え?ま、待って下さい、あのー……俺は、子供の時に改名したと聞いてるんですが」
「はい、引き取り時に一度『聖蘭』に変えてらっしゃいます。他の養女方と同じく、『聖』の字を使って」
「は?……では、『水蓮』は?」
「聖氏の病状が悪化してから…水蓮さんが就職する前です、その時に初めて養子縁組をされて、晴れて親子になったんです」
「え、それ以前は?」
「ただの同居ですね。一応養護施設という形で法人として運営されていました」
「……はぁ、」
大混乱だ、彼女は『水蓮』になってからまだ10年そこそこということだ。
間に挟まれた『聖蘭』の存在は俺に関係無いから説明を端折ったとしても、その名でも14年ほどは生活していたことになるから全く抹消してしまうなんてと不信感が滲む。
「…しかし…水蓮さんは少し記憶の改竄が行われたようですね。身を守るための、自衛本能でしょうか」
「なん…聖さんは…良い人ではないんですか?」
「…善良な市民かと聞かれれば『違う』とお答えします。聖氏は通常ですと引き取った養女は高校か専門学校を卒業後に契約したオーナーに引き渡していました。けれど水蓮さんに関しては大学も行かせて一般企業に就職、それを止めるどころか推奨していました」
「ま、待って下さい……先住の養女たちは風俗に行ったんですか…?」
「はい、皆さん負った借金の額が額なので……その、正確には風俗店ではないのですが」
「何ですか、もうこの際だから教えて下さい」
相談役は出したっきり手を付けられていない緑茶を俺に「どうぞ」と勧めて自身もひと口、眼鏡の奥で黒目をチラチラ動かしては俺の様子を探っているように見える。
そして湯呑みを置いて次に放ったのは、
「聖氏はブリーダーだったんですよ、生きたラブドールのね」
という人生において初めて聞くパワーワードだった。
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