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10・虚実、不確かな真実
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しおりを挟む「ただいまー…」
今や帰り慣れた大きな部屋だ。しかし廊下の途中で聖氏の書斎の前を通れば、昼間に聞かされた話が脳裏に甦り途端不快感で顔が歪む。
「掃除は私がしますから」と水蓮が言うもんだし故人の部屋だし入ったことは無いが…初めてドアノブに手を掛け回してみた。
「………普通だな…」
中はいわゆる仕事部屋というか本棚とデスクと音響機器が少々、聖氏はレコードなども好んで聴いていたようだ。
本棚にはガッチリしたハードカバーのファイルが数十冊並んでいて、背表紙には年月日と女性の名前が記されている。育成記録なのだと頭が理解した時、俺は既に一番端にある『水蓮』のそれに手を掛けていた。
「……」
顔写真とスリーサイズ、そして性格や特性が事細かに記してあって、数ヶ月ごとに新しいものを加えながら分厚い書類になっている。
俺はその時初めて彼女の昔の姿を見た。引き取られた当時の写真はどこか怯えていて浮浪児のようだった。
「天然パーマだ」
歳を増すごとに彼女は肌艶が良くなり今の顔立ちに近くなる。
髪の毛は昔の方がくるくると巻いていて手入れが大変そうに見える。
ペラペラめくっていけば高校の制服姿の写真も出てきた、すらりと長い手足と大きな胸、白い肌が眩しく美しい。そしてこの頃から『いつ・何を』したかという1行ずつの手書き記録が足されていた。
最初は普通の交流、徐々に『一緒に風呂に入る』とか『ボディータッチを増やす』など、17歳になった夏の日付けで『処女喪失』、『両乳首にピアスを開ける』とも書いてある。
おそらくだがこれらは原本で顧客に見せたり簡略版を渡したりしているのだろうか、まるで血統書なファイルはずしんと重くて汚らしく感じた。警察にこれらは見られなかったのか、当時はどこかに隠していたのか。
水蓮の母に関することは何も記載が無いし、あくまで体の具合とか気性のことがメインでまとめられている。
俺はここで一つ前のファイルも手に取り開いてみると、その子はキリッと凛々しい顔立ちをしていて、さぞかし強気なプレイを仕込まれたのかと思いきや育成内容は受け身のものばかりだった。おそらくこの子はサディスティックな者のために開発されたのだろう、出荷直前の記録には『痛がる演技が板についてきた』と太鼓判を押されている。
「…商品…だな」
ファイルを片付けて水蓮の方へ戻る。
こうして比べると彼女はまだ普通というか極端な肉体改造とか過激なことをされている訳ではないようでひと安心…俺はそこで「いや、ニップルピアスは充分異常だよ」と慣れ過ぎた感覚にツッコミを入れた。
そして最後のページは聖氏が亡くなる数ヶ月前の日付け、『職場に気になる男性がいるようだ』と震える筆跡がおそらく俺のことを示していた。
こうして間接的に認知はされていたんだな。遡って読めば症状が悪化した5年前くらいを境に性行為の記録が途絶えている。それより以前も水蓮が主導でしていたようで、それ以降はフェラチオの指南とかポルノ映画を観たりだとか聖氏の体力的な元気の無さが見て取れた。
自慰行為に関しては分からないがこの記録と本人の申告を信じれば水蓮はここ5年ほどはセックスをしてなかったということだ。あのむしゃぶりつくフェラチオはそういうことなのかな、尋ねれば恥ずかしそうに答えてくれるだろうがまだ黙っておく。
しかし嫌な記録だ。
実に事務的で養女を家畜のように扱う非人道的な行い…けれど彼女たちは幸せに生きたのだ。少なくとも逃げ出したいとか思わないくらいには深い洗脳にかかっていた。
「……水蓮、君は…可哀想な子だな、」
愛されていると思い込まねばやってられないほどに精神が追い詰められていたのだろうか。自分から風俗へ行くと決心した話もあれは聖氏から告げられたことだったのだろうが、とても本人に問いただす気にもならない。
あった場所へファイルを戻して書斎の戸を閉めて、ふらふらと彼女たちが教習を受けていたあの部屋へ入って今一度見回す。
性玩具の入ったカラーボックスをチラと見遣れば聖氏への嫌悪感が込み上げて…ついベッドマットを拳で強く叩きつけてしまった。
毎夜毎夜、出荷前の娘をこの部屋へ呼び付けては性の手解きをしていたのだろう。逃げられないよう呪詛を吐いて男の悦ばせ方や甘え方を教えて巨額の金をせしめておまけに自分も愉しんで、一婦多妻生活に笑いが止まらなかったことだろう。
「気色悪ぃな……変態が…」
俺を惑わせたピアスはどうだったんだろう。
水蓮は『開けて頂いた』と言ったがそれも虚言か、本当は泣き叫んで嫌がったのではないのか。
ベッドにごろんと寝転べばふんわりと汗の匂いが舞う。
これは水蓮のものか聖氏のものか…いや経年で染み付いた2人と他の養女たちのものだろうな、目を閉じてしばらくすると俺は眠りに落ちていた。
「聖蘭、脚を…そう、逃げないの」
「あ、ひぃさまッ、痛、あ!」
「我慢ですよ、男性はこんなに優しくしてくれない、痛くないように自分で慣れるのよ、返事は?」
「はい、イ、あ、あ‼︎」
「そう、上手よ…ほら、一人前の女ね、聖蘭…ほらどう言うの、教えたでしょう」
「は、ア、ありがとう、ございますッ…あ、きゃァ、ご主人様に、可愛がって頂けてェ…あ、嬉しい、れす、」
「そう、おじいさまが悦ぶように可愛くね、いい子ね…」
これは夢か、まるで2人の初夜の記憶にトリップしたようだ。
可愛らしいネグリジェを剥いで跨る水蓮もとい聖蘭、そしてペニスバンドを腰に着けて愛娘の処女を奪う聖氏。
悪夢だな、ここにいくらか真実は含まれているのだろうか。
2人がふつと消えて辺りが暗くなる、宙にふよふよ漂う俺は自分としての推論を以って結論とする。
聖氏は水蓮の容姿などからしめしめと身請けをして半ば強引に体を奪い来るべき日のために育成、しかし心身が弱って保身の念もありいつしか偽りの娘に支配欲が湧いて…思い出を塗り替えてしまうほどに水蓮も懐いた。
聖氏は初めはオーダーに則り水蓮を調教した、辛いけれど恵まれた生活を投げ打つのが嫌で水蓮は『優しいひぃ様を自分がサドにした』のだと自己暗示をかけた。『泣いてお願いした』辺りも本当は「やめて」と喚いたのを上書きしてるのではないだろうか、もしくは盗み見た他の養女のプレイの記憶を自分のものと混同してしまっているかだ。
つまりは裏社会の資産家が身請けした養女を出荷するべく鍛えて深みにはまり欲塗れの日々を送った、そして極限状態の精神の養女はそれを愛と曲解し真実を捻じ曲げて記憶に残した。
幼少期から暮らせば情が湧いてしまうのも無理はない。聖氏も最期はきっと心から水蓮を愛していたに違いない、執着を愛だと勘違いするくらい慈しんでいたはず。
俺はそう思いたい、思わねばやってられない。
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