泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

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8・過去、嘘、本当

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「…だからひぃ様が引き取って下さったんですが…貰い手が変わっただけで行く先は一緒、お姉さま方もひぃ様と夜毎に秘密の時間を持っていたことはなんとなく察していましたから…そうか、お姉さまも風俗に行ったのかと……これまで築いてきた関係が一気に崩れ去るような気持ちがいたしましたわ……高校生の私は足りない頭で考えに考えました。その日はとりあえず母は持ち金を渡して帰らせて…帰宅後、『進学を諦めて、卒業したらここを出て働く』と…ひぃ様に告げました。何処でと聞かれれば夜の街でと答えました」
「ひぃ様は…何て?」
「心底驚いた顔をなさって…『理由は何か』と…食い下がってお聞きになって…母に言われたことを白状せざるを得ませんでした。…そして…今までに無いくらい酷く叱られました、『デレデレと甘やかすような愛情こそ注いでは来なかったが、お前をはじめ他の養女たちも大切にしてきた』と…私も結局親の愛情を受けてこなかったので、愛の何たるかなんて分かってなかったんです。テレビで観るような…手を繋いで睦まじく歩く、常に寄り添うような身体的な繋がりを愛情だと思い込んでいた節がありました。ひぃ様はさっぱりとした方でしたし、私も迷惑を掛けたくないとひぃ様を窺いつつ過ごしていましたから。馬鹿な私はそこでようやくひぃ様の愛情を感じ…その夜は2人でおいおいと泣いて…初めて同じベッドで眠りました。母に関しては、次に会った時にひぃ様が作って下さったまとまったお金の入った私名義の通帳を渡して、『必要ならそこから引き出して、その代わり二度と接触しない』と約束させて…それっきり本当に会っていません」
 今後その母君に会うことがあったりするだろうか、あれば俺が水蓮を守ってやらねばならないな。想像だけなら何とでも言えるものだ、俺は唐突な親子愛に当てられて少々センチメンタルになったようだ。
 そして成金の汚い中年だと思い込んでいたひぃ様はとても人格者だった、今さらだがひっそり心の中で懺悔した。
「そう……ん?お姉さま方は結局どうなんだ?秘密の時間とやらは」
「そこなんですが、『年頃になればひとりひとりと密な時間を作り親睦を深めて何でも話せる時間を設けていた』とだけ…夜毎に恋バナをしたり、進路相談をしたりしていたそうです」
 どうもそこは疑わしいが水蓮がそう信じているなら純な思考とお姉さま方との思い出を曇らせない方が良いのか、俺は「ふむ」と気掛かりを残しつつも話を進めてもらう。
「通帳を渡して戻ったその夜、ひぃ様は明るく出迎えてくれて…私はかねてより感じていたひぃ様への気持ちをお伝えしました。例えば毎日バス停で会う男の子に告白されたこともあるんですけど、ドキドキとかそんな気持ち…欲が湧かなかったんです。でもひぃ様に褒められたり叱られたりすると動揺したり涙が出たりと心が動いたんです、だからこれは『恋』なのではないかと」
「…ひぃ様は?」
「苦笑してらして…『それは親子としての愛情だよ』と。けれど私があまりに真剣だし深刻ぶりが気になったのでしょう、『ありがとう』と…初めて口付けを…下さいました」
「妬けるね」
 ここからラブな展開か、容姿や年齢など関係無く仲の良い者が睦み合うのは見ていて微笑ましいし美しい女性なら尚のこと眼福…女性同士のAVも観たことが無いと言えば嘘になる。もぐれ合っているのもキャットファイトですら男としては興奮の糧になる。
「そして…私の意志もお伝えしました。学費や養育費ばかりでなく親の分まで出して頂いて、本気で…やはり風俗で一気に稼いでお返ししたいと思ったんです。今となっては浅知恵ですが…男性に対して何も思わないのでビジネスライクに…割り切って仕事にできるとそう思いました」
「とんでもねぇなぁ…」
「そう思います、今なら…けれど当時はそれくらいしなければ恩返しできないと思ったんです。それに…ひぃ様が経営してらっしゃるお店、ゆくゆくは継がなければならないのかと…世襲制ではないんですが…その時は本気でそう思ったんです。ひぃ様はしっかり話を聞いた上で『分かった』と…そして『どこで働くかは自由だけどしっかり技を身に付けてからでないと稼げない』と仰いました」
「ふ…む…?」
「それで…『これはセックスではなく業務上の指導だ』と…前置きをされて…」
「初めてを、あげたってのか」
「はい」
そう答えた彼女は晴れやかではなくて、むしろ淋しげで暗い面持ちに変わっていた。
 彼女は恋人として抱かれたかったのにひぃ様はそこまでは立ち入らせなかった。ただ可愛い養女の頼みを聞いてやりたくて重い腰を上げたというところだろうか。
「んっ…あのさ、その…ひぃ様って…レズビアンだったの?」
「んー…どちらもいけた…みたいです……たぶん…」
「ほえぇ……今さらだけど…水蓮は?」
「考えたことが無くて…性別云々よりそのを好きになるという感じでしょうか…これまでに2人しかいらっしゃいませんが」
「ふむ」
 それはひぃ様と俺で良いんだよね?人差し指で鼻先を触り試すような目付きで見つめれば、彼女はコクリとうなずく。
「セックスの意味合いなんて何でも良くて、私にとっては恋が報われるのと同じことで…むしろ願ってもないことで…ひぃ様は元プロでしたから…手取り足取り教えて頂きました」
「なるほど…指導…それでフェラとかも教えて…もらったと…」
「はい。箇所ですとか動き方も…」
「それを…15年近くか…敵わないな」
 これから俺たちが関係を続けてもその期間を越えられる時には共にアラフィフだ、勃つかどうかも分からないしレスになっているかもしれない。
 あからさまに悔しそうな顔をしてやれば彼女は柔らかく笑い、
「お体が悪くなってからはめっきりでしたので関係を持ったのはそれよりもっと短かったですが……年月ではありませんわ、深さですの」
と俺の右手を引いてニップルピアスに触れさせた。
「ひぃ様とは戸籍上は親子で、恋人かと聞かれれば今でも『はい』と答えられる自信はありませんの…抱いて頂いても不安で…ピアスはその後ですね。何かペアの物でも持とうかという話になりました。前にも聞かれて濁してしまいましたが…刺青いれずみは体に残りますし行動が制限されてしまいます、指輪や耳のピアスでは都合が悪くて…その、一応お嬢様学校だったものですから。セーラー服で鎖骨まで見えるのでネックレスも駄目、と」
「それで、開けたのか…思い切るな…」
「拓朗さま、先程『提案する方もおかしいけど受け入れるのもおかしい』と仰いましたよね?提案したのは私、ひぃ様は受け入れて下さっただけ」
 つまりは水蓮がおかしいということだ。先程の俺の発言から根に持っていたのだろうか、ならばその時に指摘してくれれば良いものを。
「お詫びして訂正するよ……それで、その…痛くなかったか?開けるの」
「ふふ…後日、ひぃ様が懇意にされてるお医者様に行き、して頂きました…麻酔が切れれば痛みはありましたが、お揃いになれた嬉しさの方が強くて…嬉しかったんです」
「…お揃い?」
「あ、ひぃ様も開けてらしたんです、だから選択肢に挙げたんですね、『私も同じが良い』とお願いしたんです…引いてらっしゃいます?」
 俺の脳裏には選定時に見た様々な形状のピアスが思い起こされ、中でもフックで繋げる重りとか『拡張』という文字だとか痛々しいものばかりが甦る。
 何度も言うが慣れたとはいえプレーンの乳首が至高で最高なのだ。水蓮の処女膜どころか乳首まで貫通させるきっかけを作ったひぃ様を俺は許せそうにない。
「うん。あのね、俺はこれまで乳首に穴を開けてる女性には会ったことが無いんだよ。想定したことも無いんだ…あぁそう…お揃いか……えーと…それで…その後は?」
「40歳を前に元々の持病の進行が見られまして、投薬ですとか本格的な治療に入りました…それから10年以上ご一緒出来ましたが…しかし甲斐無く、というところです」
「そうか…ところでひぃ様は…本当に風俗に行かせる気だったのか?ムラタに就職した時に何も?」
「ええ。就活の時期には『手堅い企業を受けなさい』と言って下さって。てっきり夜は店へ出るのかと思っていたんですが…お声は掛かりませんでした」
そう言う彼女はどこかくうを見つめるような色の無い瞳をしていた。
 ひぃ様は本当に水蓮を愛していたから店へ出さなかったのか、それとも特性が見込まれなかったのか。
 いずれにしても水蓮はひぃ様しか知らず囲われていた訳だ。

 どのように2人が接していたかなんて今は分からない、けれど水蓮にとっては経験した短い人生の中で一番幸福な期間だったのだろう。
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