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しおりを挟む「あの…ダ、ダメかな…」
さておどおどと瞳を散らすこの男性は根岸航介・33歳、上司と言ってもムラタ所属ではない。
彼は私の派遣元・甕倉スタッフィングサービス…通称『カメスタ』の管理者である。
マネージャーとかラウンダーと呼ばれる彼らは私たちスタッフの働きぶりを派遣先へたまに確認に来るぐらい。
契約更新の際に電話連絡を取るくらいの仲だ。
なので接点と言えば同じ地区に居るということぐらいで、「困ったことがありませんか」という定期連絡にも「特にございません」としか返していない。
そんな仲の人が何故このタイミングで私に声を掛けるのか。
そもそも、派遣会社の社員が契約相手の呑み会に参加してはいけないはずだ。
会社同士の癒着とか接待と取られたら他の派遣会社との不公平を呼ぶし、売り場に入っているメーカーの売り子さんだって同様に派遣先の会食には出ないよう厳しく言われている。
だいたい何故私なのだ。
年齢も離れているしナンパならもっと誘いやすそうな子にすれば良い。
私はよく言えばクールな、悪く言えば仏頂面をメイクでコーティングしているだけの塩対応女なのだから。
「…何で、私なんですか?」
「え、えーと…あの、んー…」
根岸さんは見た目は今時の優男というかスーツの似合う爽やか好青年だ。
けれど緊張なのか女性が苦手なのか、話す時は目も合わないし酷く吃る。
困り顔も可愛い系のイケメンだけれど別に求めていない。
即答できないならますます誘われる意味が分からない。
「そもそも、根岸さんがここに来て良いんですか?」
「あ、それは大丈夫、あの、偶然同じ店に居た、ってだけってことにしてるから、うん、」
「はぁ?それって大丈夫じゃないですよね。上の人にバレたら怒られますよ」
「で、でも僕、今日は休みだから、うん、偶然、」
確かに彼は本日は休日のはず、服装もフード付きパーカーにジーンズとラフな格好だ。
まぁ彼が今日参加の一般社員を接待したところで便宜を図ったりする力があるとも思えないから良いのか。
しかし本来居ないはずの宇陀川が同席しているからややこしい。
根岸さんはいつも宇陀川にペコペコ頭を下げて良いように使われている。
接点は無いものの所属先の上司が情けない姿を晒すのは気分の良いものではない。
宇陀川にだって派遣元と派遣員を選択する権限は無いけれど、根岸さんは私たちが働きやすいようにいつも必要以上に謙っては派遣先社員のご機嫌を取っている。
「腹踊りしろ」と言われればきっと平気で脱ぎ出すだろう。
プライベートの友人仲だと言われれば道理は合うのだが、明らかな上下関係が透けて見える根岸さんと宇陀川が揃って会に居るということに不自然さというか作為的なものを感じてしまう。
今だって壁際の席から宇陀川がこちらをニタニタと窺っては嬉しそうに酒を呑んでいる。
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