そんなあなただからすき

茜琉ぴーたん

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 根岸さんは吹っ切れたように深く息をして、打った手を摩る。

 突き放すようなさっぱりとした顔をして気丈に振る舞うものの、擦り合わせる指先は小刻みに震えていた。

「…まぁ安心して下さい。御幸浜さんたち登録スタッフさんが路頭に迷うなんてことにはしませんから……夜にでも宇陀川さんに詫びの電話を入れますよ」

「どうして」

「小心者ですから。今は御幸浜さんの前だから気が大きくなってますけど、次第に切迫感に追い詰められて歯向かったことを後悔するでしょう。僕の頭ひとつで平穏な仕事が出来るならいくらでも下げますしね」

「ならどうして、さっきの電話も穏便に済まさなかったんですか?何となくで話を合わせて受け流せば良かったじゃないですか。私は…根岸さんが気にしないように席を外したんですよ」


 敬ってもない人間に頭を下げねばならない不条理と嫌悪感、その情けなさを見ないことで私は根岸さんの面子を保とうとしたのに。

 後々謝るなんて、普通よりもっと精神を削られる。

 事が起きてから謝罪をするまでの時間は延びれば延びるほどに相手の怒りや驕りを増長させる。

 人をけなして快感を覚える宇陀川なんかそれを利用して余計に大きく出るだろう。

 昼の不義理をネチネチといびって言葉で詰めて、恫喝だってするかもしれない。

 そんなことをされても根岸さんは「すみません」を繰り返して宇陀川を持ち上げるのだろう。


 私は正直、どこに行ったって仕事は出来る。

 人材派遣会社なんて山ほどあるし事務を必要とする職場なんてそこら辺に溢れている。

 けれど根岸さんは私たちを管理する側、1店舗とはいえムラタなんて大手に会社ごと切られたら上からの叱責もあるだろう。

 宇陀川に怒られた上に味方からも叩かれて、居辛くなり退職に追い込まれたりしたら…これまでの彼の頑張りが全て無に帰してしまうじゃないか。

 もしそれで気を病んだりしてしまったら、次の仕事が決まらず腐ってしまったら、行方知れずになってしまったら。


 オドオドしたりまったりしたり穏やかだった彼が見せる諦めの態度が気に掛かって、集中できないので車のハンドルを切りスーパーマーケットの駐車場へと入った。

 根岸さんは驚いて、また諦め顔でため息を吐く。

 そして「さっきの電話ね、」と目元を隠して前屈みになった。


「当たり障りないことを答えてたんですけどね、最初は。でも僕があまり御幸浜さんの情報を洩らさないもんだから、宇陀川さんも挑発して来たんですよ。『ホテルまで行ったら中継しろよ』とか御幸浜さんを侮辱するようなことを言って」

「はぁ」
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