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しおりを挟む電話の向こうの宇陀川は絶句しているのか音漏れも無くなって、ひと言ふた言交わしたら切れてしまった。
「……あはは、案外簡単でした」
「根岸さん…私の印象がだいぶん悪くなってません…?」
「それで悪い虫を追っ払えるなら良いかなって…御幸浜さんは普段と変わらない態度で居れば良いんですよ、宇陀川さんが勝手に憶測でビビって大人しくなれば儲けものです」
「でも、根岸さんが詰められたりしませんか?『誰か聞き出さないと契約切るぞ』とか」
「僕も誰か知らない体になってますし。宇陀川さんみたいな人は権威に弱いですからね…自分より偉い人には逆らわないようにプログラミングされてますよ」
確かにそうなのか、宇陀川は地位に拘るからこそその価値観と優位性を他人にも強いるのだ。
上司が偉いのは当たり前ではあるのだが奴はあくまで中間管理職…出世に関わる絶対的な権限を握る人事部にはペコペコせざるを得ない。
「にしても人事の偉い人って…馴染みがあるのは嬉野マネージャーとか?あり得なくはないですけどぉ…」
「妙なリアリティーがあって良いかなって」
「んー…」
今現在うちの地区を担当している人事部の責任者・嬉野さんは40前のよく笑う気の良い男性だ。
管理職候補や本社勤務者をスカウトしたり、勤務体系に関して面談をしたりと社員に顔が広く知れ渡っている。
最近のトピックで言えば奥さまが第3子を懐妊されたらしく、それに伴い夜の相手を近場で見繕って…なんて発想を宇陀川なら簡単にしそうではある。
実際の嬉野さんは派遣の私たちにも和かに応対する偉そうさなんて皆無の人で、既婚の社員と家族のほっこり話で盛り上がったりする真面目な家庭人だ。
そんな人が愛人を囲ってるなんてギャップが逆にダーティーで女性を惹きつけたりするのか。
完全に想像だが宇陀川も嬉野さんを想像したのでごにょごにょと濁したのかもしれない。
「根岸さんって、ドラマとか小説とか好きですか?」
「え、何でですか、小説は好きですけど」
「よく頭が回るなぁって。あと物言いがたまに面白いです」
「そ、そうかな…」
「まぁ解決…したんですかね、夕飯には早いですけどどうしましょう」
どこでどんな『ゆっくり』をするのか、根岸さんを窺えば彼は握ったままの私の手をもにもにと揉んで、
「二人きりになれる所が良いです」
とえらく正直に囁いて私の唇を奪った。
つづく
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