彼女は銀狼ギャル、ときどきコアラ

茜琉ぴーたん

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安全第一

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 夕方、作業場の終業間際に1本の電話が舞い込んだ。
秋花しゅうかちゃん、昼間に車検出したハンダ様から!…出れそう?」
 電話を取り次いだ事務の同僚・清洲きよすはるかは心配そうに眉をしかめ、
「はんだ…あの車検の?はぁ、出るよー、何番?」
秋花がそう応えれば外線番号を伝えてデスクへと戻って行く。
「もしもし、お電話代わりました。守谷もりやです」
『あ、お姉さん、ごめんね、話してるフリだけしてくれたらいいの、』
電話口の彼女は不自然な早口小声で、つられた秋花も小さく「ハイ」と勝手に喋る彼女の声に相槌を打った。
 もしや誰かに監視され電話をかけるよう強要されているのか。そしてそれは彼女の車をデコった目下別れ話中の彼氏の線が濃厚だと秋花は察する。
『あー、そうなんですかぁ、分かりましたぁ、はい、はい…』
 どうやら彼女側は今回の車検に関して店側に不満がある様子で、「クレームの電話をかけるも店が突っぱねる」というシナリオで着地したいらしかった。
 勝手に切ってくれるだろうか、作業場では他のスタッフが帰り支度を始めている。変なことに巻き込まれてしまったと秋花がため息をついて遥に目配せをしたその時、受話器から男の声がした。
『ぉい、代われ!…やだ、もう終わったから、あ、…………おう、車屋か?何勝手にワシの女のクルマいじってんねん、インパネのマットも毛ぇ抜けてるやろが!せっかくライト変えたったのにダセエ電球に戻してんちゃうぞ、コラァ!』
受話器に当てた耳をつんざく怒声、あの軽自動車をチューンナップした彼氏様(暫定)のご登場である。
 この男も彼女にいい顔を見せて心を取り戻したいのだろうか、やけに上から物を言う。
「…あのLEDでは検査を通りませんので、購入していただいたんですよ。取り外したLEDはお返ししてますし、ご自由になさってください」
『ぁあ?そんくらい普通通すやろが!腕無いんかボケェ』
「腕とかじゃないですよ、法定点検なので。所有者の方の同意を頂いて適正に検査してますし、戻せと仰るならご来店いただけましたら元にお戻ししますよ?作業代金は戴きますけど」
『ふざけんなコラァ!なんでワシが金払わなアカンねん!大体車検代がこないかかるんかぁ!ボッタクリやろ!』
「はぁ、点検費用はチェックシートをご確認いただいて、了承の所にサインもいただいてますよ。項目も読み合わせしましたし」
 もはや一体何に対して怒っているのかも分からない。
 秋花はこの男の目的を聞き出すべくもう少し粘ってみようと思った。
「あの、詰まるところ、こちらにどうして欲しいんすか?何を求めてらっしゃるんです?」
『あ?電球戻せ言うてんねん!タイヤも車高も直さへんぞ、予約消しとけ!あと金も返せ、コラァ!』
 金の話が強くなってきた…漏れ聞こえる男の声を聴いていた遥は、「申請」のファイルから本件の書類を抜き出して「保留」へ挿し直そうかと思案する。
 長々と閉店を遅らせるのも申し訳ない、秋花は開き直り
「いいですよ、ならこれから来てください、工場閉めずに待ってますんで」
と、明るい声で答えた。
『はぁ?ええんか!行ったるぞ!』
「はい、なので今回の車検自体、取り消させてください。あの装備では合格は出せませんから、他所で受けて下さい。登録の手続き止めておきますんで、彼女さんにお渡ししてる領収書とチェックシートの控え諸々、一緒にお持ちくださいね。あくまでハンダさまのお車ですんで、正式な代理人でないとそちらさまのご一存では受付致しかねます」
『え、……ちょっとぉ!勝手に話しない……私の…おい、待て、……ぅ別れる!……ぉい!』
やり直しは困るのか、受話器の向こうで小競り合いが始まり男の声の勢いが失せた。
「もしもーし…まともな整備屋ならあれでOKは出しませんよ。こちらも仕事でしてるので、いい加減なことはしません。安全に走るために基準が設けられてるんですよ。蔑ろにすれば運転者が…彼女さんが危険な目に遭うかもしれないんですよ。車高もネガキャンも直すのを決められたのは所有者様なので。あ、あとインパネの飾りを外されたのも所有者様ですから。うちは触ってませんので……で、どうされますか?ご来店されますか?」
『お姉さん、いいの、ごめんね、予約はそのままでぇ!……—…—…』
畳み掛ける秋花へ男は大したことも言わず、電話を奪ったハンダは電話を切ってしまった。
「…切れた………暴力沙汰とかになってないとええけど……所長、閉めてOKです!」
 ガラスの向こうの作業場に向かって秋花は電源を落とすようジェスチャーをして、汲み取った所長はハイハイと作業場の電源を落とす。
「大丈夫?秋花ちゃん」
「うん、なんやろなー…彼女の車を自分のセカンドカーみたいに思うてんのかな?ダサいわ…」
「修理の予約、消さずに入れとくね」
「うん、お願い……帰ろ」
 遥が車検書類を元の「申請」に戻してくれたのを見届けて、秋花は大きく伸びをしてから自身の工具を確認しに作業場へと戻った。


 秋花はロッカールームへ下がり同僚たちへ挨拶をし、一番奥のカーテンの内側へ入って帰り支度を始める。
 当初は事務方の更衣室に混じっていたが「汗臭い」「油臭い」とお局にチクチク刺されたため、当て付けもあって男性陣ばかりの整備方へ入ることにしたのだ。
 ロッカーを並べて仕切りにして、それと壁に挟まれた鰻の寝床のような細いスペースの入り口にカーテンを設置、整備士の紅一点である彼女の特設更衣室を作ってもらっている。

「シューカおつかれ、なんや要求された?」
ロッカーの向こうから声を投げたのは車崎くるまざきで、彼は通話の様子を片付けながら見守っていてくれたらしい。
「よう分かれへん…自分の改造が否定されて嫌やって、カッとなって掛けてきたんとちゃいますか…通して欲しいなら改造車専門のとこでも行きゃええのに…だいぶん寛容でしょ、」
 街にはたまに完全アウトな改造車も走っている。訳あり車も通してしまう整備屋もいるらしいのだ。
 安全を何だと思っているのか…走る金属の塊なんて危険でしかないのに、秋花は嫌なことを思い出してトーンダウンする。
「危ないよ…ねぇ?シンタローさん」
 ため息、声色、制汗剤を吹き付ける音、簡易的に隔てられただけの秋花の存在を車崎は意識した。
「まぁな……いや、疲れたろ?どや、メシ行かへん?奢るで」
「え、いいんすか?行きます…外で待ってます、」

 着替え終わった秋花は迷路のように壁沿いを歩いて、カーテンをシャッと開けて先に部屋を出る。
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