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6日目
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しおりを挟む「こっちで食べよ、はい」
「ん…わぁ、寿司やん。ラッキー」
「たまにはええやろ?いっくんはおいなりさんな、」
「ぱぱぱー」
大人はパック寿司、樹は自分用のプラ皿に盛られたいなり寿司と、大人の握り寿司との色合いの差を目玉を動かして比べていた。
「いただきます。……したらでも…心配やな、」
「何が?」
好きな寿司ネタは穴子、先に淡白な白身から片付けようとする秋花は、まず醤油にワサビをとく母のため息混じりの呟きに疑問を呈する。
「一緒に働く幸希ちゃん、結構可愛いねんで。手取り足取り教えてる間に恋心が芽生えても不思議ないやん、」
「は?」
「ちゃん」?可愛い?車崎からはそんなワードは聞いていないはずだと秋花はキョトン顔が隠せなかった。
「…『ちゃん』?え、コーキって……女なん?あそこの息子さんて子供は男2人ちゃうかった?」
「せやで?あ、息子さん言うても次男の方やで?北陸に行って所帯持ってた、長男の息子はもう会社勤めしとるわ」
「は、」
「いや、あんたら付き合ってるなんて知らんから、『幸希ちゃんとええ雰囲気になったら嫁に貰うて家族経営にしたったらええなぁ』なんて晋太郎くんに言うてもうた、あらあら」
母は醤油をたっぷり潜らせて、好物のエビの尻尾を口からちょこんと出して本体を咀嚼する。
「若い…女の子、ハイいっくん、あーん、」
「ぱぱぷーぅ、」
「あんた、晋太郎くんから聞いてへんの?」
「聞いてへんぞ……いや、名前しか…聞いてへん…」
『コーキ』が男性名だと勘違いしたのは自分の落ち度だが、彼はそのディテールに関しては全く触れなかった。それは孫が女性だということを全く意識せずにいち整備士として尊重しているからなのか、それとも秋花が嫉妬しないように配慮したのか、それとも。
「…」
「…」
「…」
「ぽぅ、」
お通夜の様に静まり返ったリビングダイニングには食事音と、樹の次を催促してテーブルを叩く音だけが響く。
「まぁその……心配やったら話し合うてな、うん」
「母さんはその子…可愛いと思う?」
「可愛いよ、今時の…あんたほど化粧はしてへんけど、身綺麗でこざっぱりしてて」
「可愛いか…」
車崎は可愛いものが好きだ。動物から大柄の秋花、はたまた自動車のパーツにまで可愛さを見出す特殊性もある。おまけにしっかりと仕事をする女性なら外見に関わらず好感を持ち「かわいいなぁ」と言って褒めてしまいそうである。
「しゅーちゃん、車崎さんはそない単純に心変わりとかせぇへんよ、」
「うん…」
「せやで、……まぁ軌道に乗るまでの苦労を共にして乗り越えた先で情が愛になったりするかも分かれへんけどな、」
「………」
「ちょっとお母さん、」
「ばばー」
秋花は赤身を食べ切ったところでふぅと箸を置く。
「私…案外ヤキモチ焼きなんやろか?シンタローさんが女の人と触れ合っててもどうこうなんて何も…思わへんかったのに」
「そら今まではお店のお客さんやろ?対象外やろ」
客どころか彼が客なのだが…その点は言えば面倒だし車崎の信用が落ちてしまうので言うつもりも無い。
風俗を利用している事さえ未だに気にもならないくらいドライなのだが、恋人の視界を無垢な乙女がウロチョロすると思うと、メラメラと嫉妬心と対抗心、そして自分に黙っていた彼への怒りの炎がだんだんと大きくなって燃え盛る。
「んー…まぁ色々?」
「あんたも結構乙女なんやな、」
「おとめ、」
それは交際2日目に彼にも言われた言葉だった。
そうか感覚を忘れていただけで自分は本来は乙女な性分なのか…「私は乙女」、自認するとその言葉は腹にストンと落ち、泉でも湧き上がるかのように何かが漲ってくる。女子力か女性ホルモンか、はたまた色気かフェロモンか。
しなでも作ればさながら秋の花のように…自然と左手は頬に添えられて貴婦人の肖像画のように愁いを帯びた。
「しゅーちゃんは昔から可愛いよ?クールやけどピンクの服とかリボンとか好きやったやん」
「そう…やったかな、」
「せやで、でも飴とかシールとか分けっこする時は可愛い方はうちにくれたやん、しやからしゅーちゃんは水色とか黄色とかが多かってん…優しいから」
「あー…そらミラちゃんの方が似合うと思うたし、」
未来は身長は160センチほど、彼女もなかなかにサバサバした女性だが10センチの身長差を埋めるその自然な上目遣いには秋花も同性とはいえドキリとする。この兄夫婦は身長差が20センチほどあるため、未来も見上げることに慣れているのだ。
「ぱっ、ぱっ、」
「パパ?」
樹が反応してからコンマ数秒後に砂利が軋む音がして、その大柄な兄・春馬が帰宅した。
「よぉ分かったな、いっくんもエスパーなん?」
「ぱっ、ぱ、」
「賢いな、」
幼子は口の周りにご飯粒をたくさん付けて、玄関の方に頭を向けて動かなくなる。
そして居間の戸が開いて
「ただいまー、秋花来てんの?」
と父の声がすると、にぱあと笑って座卓を叩いた。
「ん、ハルくん、おかえり、はい、お寿司、」
「おおきに。いっくん、米だらけやんか、かぃらしいのー」
春馬は秋花の対面に腰を下ろすと、
「おう、聞いたで秋花、晋太郎くんと付き合うてんねんて?」
と眉を吊り上げて笑う。
「な、何で知ってんの」
「さっきミラからメールもらってんもん、な、」
「なー、」
嬉しいニュースはすぐに報告、未来は仏間へワッフルを引き揚げに向かったときに連絡をしていたようだ。
「早耳やな……まぁ、そういうことよ」
「逃すなよ、あの子ええ奴やから……ミラちゃん、マグロあげる」
父譲りの三白眼でギョロと秋花を見遣ってから、春馬は妻の容器のイカと自身のマグロを交換した。
妻の苦手を回収して好物を差し出す、さらっとやってのける夫婦の絆が秋花には羨ましく感じる。
「分かってるわ…」
「ミズモリ復活したらオレも顧客になるからや、頑張らせよ、」
「言うても、私は何もでけへんよ…」
「なに、卑屈…どしてん。ミラちゃん、お茶ちょうだい…ははぁ、誘うてもらえんかったのが寂しいんやな?まだお前勤続5年とかやろ、いや整備士歴はもっとあるやろうけど。まだまだ大手での勉強が足りひんのやない?」
急に現れたくせに図星をつく、秋花は
「んーーー、」
と唸るだけで何も言い返せなかった。
「ハルくん、しゅーちゃんを虐めんとってや、」
「はいはい。いっくん、晋太郎くんと秋花が結婚するとええな、お似合いやと思うで、ほんまに」
「ぷーぅ、う、」
春馬にわしわしと頭を撫でられれば樹は嬉しそうに目を細め、何度か屈伸運動をした後ぺたんと座り込む。
そして思い出したように車崎のくれた玩具へ手を伸ばした。
「おおきに…」
秋花は穴子も、車崎の嫌いな甘いガリもしっかり食べ切って容器に蓋をして、玩具をひっくり返してタイヤを回す樹に苦笑する。
「ごちそうさま…」
その後、特にする事も無かった秋花は夕方まで実家に居座り、甥の昼寝に付き合ったり母の手伝いをしたりとダラダラ充実した休日を過ごした。
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