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しおりを挟む退院して週明けに出勤すると、まず室長に会議室へと呼ばれた。
「…す…熊倉くん…」
先に室内に居たのは憮然とした傑くんだ。
「座ってちょうだい、天川さん」
室長が長机の上座に座り、私は下座の傑くんの隣に掛ける。ちらと傑くんを確認してみれば、彼は太々しくも机の下で私の手を探りギュッと握った。
「(おいおい)」
「さて、まず…天川さん、被害届は出さなかったそうね?」
「は、はい。その…お、思い込みの強い方なので、恨みは買いたくなくて…すみません」
そう、私は退院してから警察署に呼ばれ出向き、一部始終を説明した上で被害届を出さない選択をした。
私が栗山さんに倒されたのは事実だが、彼は意図的にした訳ではなかった。長机を飛び越えた弾みで倒れ込んでしまっただけなのだ。
聴取に付き添ってくれた女性警官は私の決断に切なげな表情をしていたが、性犯罪はこんなことが往々にしてあるのだそう。ただ同じ職場で顔も割れているし、人間関係を鑑みて示談で済ませるのもひとつの手であると…渋々ながらアドバイスを頂いた。
それから栗山さんは勾留が解けて釈放されているはずだ。
「まぁ、天川さんの選択は分からんでもないわ…恐い思いをしたでしょう、示談は法務に任せましょう。栗山さんにも法務の紹介で弁護士を付けるから、まぁそちらは大丈夫でしょう」
「治療費が返って来たら助かります」
「そうね…栗山さんからは今朝電話があったの。自宅待機してもらってるから安心してね。それで…一応謝罪というか伝言を預かってるから伝えておくわね」
「は、はい…」
室長は電話中に走り書きしたであろうメモ帳を開く。
「…この度は、天川さんにご迷惑をお掛けして、お怪我まで負わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。好意が空回りしてしまい、天川さんと親しい熊倉さんのことまで侮辱し、根拠の無い嘘の話をでっち上げ、お二人の名誉を傷付けてしまいました。本当に、申し訳ございません……だそうよ」
しっかりとした謝罪だった、根っからクレイジーな訳ではなさそうだ。
「はい、受け止めました」
「熊倉さんからは何かあるかしら」
当事者の1人として水を向けられ、傑くんはコキっと首を鳴らす。
怒りがぶり返したのだろうな、ギョッとして彼を見つめた。
「僕は…何年も前から天川さんが好きで。今年やっと付き合えて。栗山さんの、天川さんを良いなって思ったそのセンスだけは評価してあげますよ。噂に関しては広がりも見られませんし、実害も無いので不問にします。あと、殴り掛かったことは悪かったです。大人として不適切でした。すみませんでした」
傑くんはペコリと頭を下げて、息をつく。
直接でないにしても謝れたのは偉いなぁ、なんて素直に感心してしまった。
「栗山さんに代わって、その謝罪は私が受け取っておきますね。では、天川さんには熊学園の法務から連絡してもらうようにします。栗山さんは懲戒になるけど…天川さんは気に病まないでね。では、業務に入りましょう、解散、」
「はい」
私と傑くんは無言で退室し、通常の業務へと戻る。
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