悪ガキ御曹司と泣き虫センセ〜チョロすぎる私が悪いんですか⁉︎〜

茜琉ぴーたん

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 明くる朝。
 午前は頭部の検査をして、一般病棟に移った。母が入院に必要な荷物を届けてくれたので着替えたのだが、服を脱いでみたら全身に蕁麻疹が出ていて驚いた。急激なストレスによって引き起こされるらしい、大声で叫び続けたのも一因ではあるそうだ。

「大丈夫?天川さん…あぁ、良いわよ、寝たままで」
「はい、室長にも皆さんにもご心配をお掛けしました」
お見舞いに来てくれた上司に、ペコペコと頭を下げる。
 もしかしなくても職場は騒然としており、落ち着かないそうだ。
「そうだ、これ。熊倉さんが」
「あ、スマホ…ありがとうございます」
傑くんが探して持たせてくれたのだろう、受け取ると何件か通知が届いている。
「天川さん、その…警察に被害届を出すわよね?」
「あー…私が頭を打ったのは事故なんですけど…出さなきゃダメですか?」
「んー、一応、ケジメというか。これを有耶無耶にするようでは働きにくい職場になっちゃうし…もし警察を通したくないなら、弁護士立てて示談で…お金で解決っていう手も、」
「ですよね…はい、入院費くらいは頂きたいですね」
 交通事故なら通報せねばいけないのだが、今回の場合は必ずしも警察を呼ばなくても良いらしい。
 防犯カメラは廊下にしか無く、私の後に入室する栗山さんと叫んで這い出る私は映ってはいるが…因果関係の証明は出来るのだろうか。
 私が倒れた後に室長は警察に通報していたそうで、栗山さんは一時的に連行されたらしい。既に聴取は行われており、私の意識が戻って被害届が出れば話が進むようだ。
 私としては性被害に遭わなそうな自分が主張するのが烏滸おこがましいような気がして、刑事事件にするのに気が進まない。単純に面倒だろうし、手間がかかるし、専門家を挟んで示談にしても良いのではと思った。私も泣き寝入りはしたくないが、栗山さんを犯罪者にするのもどうなのだろうと…遠慮してしまう。
 私の怪我と壊れた長机、書架に付いた血痕などの物的証拠があるし、栗山さん本人の自供と私の証言が合致すれば暴行傷害は認められそうだ。
 それにしても、単なる職場恋愛が大きな事件になってしまったものだ。栗山さんもどこかで目を覚ましていればこんなことにはならなかったのに…職を追われるのかと思うと心苦しさがある。
 栗山さんはあの後資料室内で倒れているのを発見され、しかし意識はあったので運ばれはしなかったようだ。到着した警官が事情を尋ねてもしどろもどろ、しかしどうにか証言させたらしい…のだが。
「そうそう、熊倉さんは来てたわよね?彼、栗山さんに掴み掛かろうとしてね、みんなで止めたのよ。もう羽交い締めにして」
「え、傑くんが?」
「うん、天川さんが搬送されてから熊倉さんも駆け付けたんだけど…目の色変えて栗山さんに飛び掛かろうとして。『和都センセに何したんだ!』って…警察の前だから注意されてたわ……えーっと、熊倉さんと付き合ってるってことで良いのかしら?」
「…はい」
 傑くんは栗山さんの危うさを気にしていたから、すぐに何かやらかしたのだと察知したのだろう。
 私も望んで近寄った訳では無いが、自衛に足りない部分もあったかと申し訳ない気持ちになる。
「熊倉さん、止めなかったら本気で殴ってたと思うわ。もし手を出してたら…あの体格差だし、栗山さんは確実に怪我してたでしょうね。それこそ事件よ、現行犯で捕まってたかもしれない」
「良かった…」
「天川さんの頭の怪我、診断書を貰って被害届を出すことも出来るわ。立証に時間と手間は掛かるでしょうけど…それこそ示談の方向に進むかも。でも当然の権利だから、行使すべきだとも思うわ。防犯カメラの映像や日頃の栗山さんの行動なんかも証言するわ…時間と労力の消費に見合わない結果になるかもしれないけれど…よく考えてね」
 室長はそんなことを話して、私の心身を労って帰って行った。

 私は直接の暴行は受けておらず、しかし体への接触を受けて苦痛を感じた。然るべき罪を負ってもらわねば傑くんも溜飲が下がらないだろう、けれど警察をとなると二の足を踏んでしまう。
 栗山さんは勾留されて私は聴取に出向くなどして業務が滞る、腫れ物を触るように周囲も扱うだろう。もしかして私が栗山さんを誘ったと疑う人もいるかもしれない、傑くんと双方にいい顔をしていたと思う人がいるかもしれない。暴走した栗山さんが悪いことは当然として、私も防ぐ手立てを怠ったと白い目で見られたら…今の職場で働き辛くなって、辞めなければならないかもしれない。
 薬やら何やらのせいだろうか、酷く気持ちが後ろ向きになり沈んでしまう。
 ウトウトしては嫌な夢を見て起きて、頭部の検査結果を聞けば脳には問題無しとのこと、明日にも退院できることになった。



 夜、仕事を終えた傑くんと電話をした。本当は直接会いたかったが面会時間が過ぎていたし、一般病棟に移ったのでちゃんとルールに則ったのだという。
『殴ろうとしたことはめちゃめちゃ怒られたよ。詳細も聞かずに動いたのは間違ってたとは思う』
「そうだね、もし殴ってたら栗山さん吹っ飛んでたんじゃない?」
『…センセ、アイツ、捕まえてもらおうよ…何かされたんでしょ?』
「飛び掛かって来て、倒れ込んだ感じだね。尻もちついて頭打って、は故意じゃないって判断されるかも」
『…泣き寝入りなんておかしいじゃん…今日俺も防犯カメラの映像見たよ、センセすっごい泣き叫んでた、俺が迫った時みたいに』
先月のゴタゴタの時のことか、傑くんはまだ反省しているようだ。
「いやいや、傑くんの時より断然恐かったよ…スマホで助けを呼ぼうと思ったんだけど、飛び掛かられて落としちゃってね。傑くんが探してくれたんだよね?室長から受け取ったよ、ありがとう」
『…うん…無事で良かったよ…』
「週明けからもう出られるから。またよろしくね」
消灯時間はまだまだだけど、一応病人なのでわきまえて締めの雰囲気を醸す。
 暗い自販機コーナーにぽつん、病院独特の空気感。静かで清潔感があって、無機質で深く吸い込まれそうな広さが不気味だ。
『和都センセ、好きだよ』
「…どしたの、突然に」
これも別れの定型文かな、でも感情がこもっていて掘り返してしまう。
『いつも思ってるよ。抑え込んでたのが溢れてるだけ』
「そっか…ありがとう、私も…変な言い方だけど、他の人に襲われて初めて、傑くんの特別さが分かったっていうか…傑くんじゃなきゃ嫌だなって感じたよ」
これはリップサービスだ、だって襲われた経験は傑くんと栗山さんの2件しか無い。
 でも電話で伝わりやすい言葉だとこう言うのが良いだろう、彼が安心してくれるならそれで良い。
『…ありがとう、和都センセ……あの…いや、また、職場でね、無理しないでね』
「うん、また…週明けにね、おやすみー…」
終話して、また静けさが戻る。
 通り掛かる患者さんが驚いたら良くない、さっさと病室へと戻った。

 傑くんは何か言い掛けていた、でもどうしてか話すのをやめていた。こちらの体調や時間に配慮してくれたのか、それとも。
「(今度、直接話せば良いかぁー……ねむ…)」
 電話できたし退院できるし、とりあえずは私も気が楽になり…この夜もぐっすり眠ることが出来た。
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