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7月(最終章)
50(最終話)
しおりを挟むその夜、自宅に帰った奈々は松井宅を訪ねて詳細な話を聞いた。
「……そう、ごめんなさいね、いきなり…」
「いいえ、礼儀正しくてしっかりしたお嬢さんで…ナナさんによく似てて可愛かった」
「あら…私より?」
「…娘に張り合わないでよ…でも今時の子ってあんなにお化粧するもんなの?」
「あら、見たことないけど…高校生になって色気付いたのかしら」
「本店に来てないんですか?」
「そうなのよ、そっちに先に行くなんて…淋しいわ。連れも居たでしょ?男の子の。幼馴染みなんだけどね、その子とホテル取ってるんですって。うちには明日来るって…夏期講習があってね、来月からお盆以外は学校なんですってよ」
昼間に連絡を取ってみたところ桃は観光もしたいらしく、今夜は駅前のビジネスホテルに宿をとっているらしい。
「へぇ…大変…ちょっと着替えてくるね」
「うん…ふふっ…そうだ、聞いたわよ。旭くん、昇進するんですって?」
「あ、自分で言いたかったのに」
まだ帰宅直後だった松井は、ワイシャツを剥がしながら寝室よりリビングへ声を投げた。
松井の北店ではかつて本店にも在籍した和田フロア長が神戸へ転勤してしまい、その席がふた月ほどぽっかりと空いてしまっている。順当にいけば松井がそこに上がるのだがいかんせん経験値が、ということで昇進が先延ばしになっていたのだ。しかし日々の実績と勤務態度諸々を評価されて本社人事と面接も済ませ、来シフトよりフロア長に昇格することが本日決定したのだという。
「ごめんなさい、社内人事メールで見ちゃったのよゥ……おめでとう」
「ありがとう。まぁ……穴埋め人事というか…そんなのですけどね…研修合宿もあるし忙しくなっちゃうな…」
ゆるいTシャツに着替えて戻った松井は髪を纏め始めた奈々にしばし見惚れ、目が合うと彼女は
「すごいことよ……頑張りましょ、ふふ、お祝いしようと思ってね、急遽スパークリングワイン買ってきたの♡後で飲みましょ、冷蔵庫に入れとくわね」
と細長い瓶を掲げた。
「わ、ありがとう…なんか、ナナさんと出逢ってから僕の人生、すごく変わった。幸運の女神だね」
「あら、嬉しい」
「女神で…ボスで…女帝?」
「なんでもいいわ、行動したのは旭くんよ」
「ふふ……よーし…メインは焼くだけだから…スープとサラダだけ作っちゃおう」
松井は手を洗い調理器具を並べ、夕飯の支度に入る。
「洋食にして正解だったなー、♪~♪」
機嫌良くハミングする松井の横に奈々は立ち手を洗い、ぽつり
「……旭くん、私…秋くらいに…産婦人科に行こうと思うの」
と伝えた。
「うん?うん…」
「ここに入れてるリング…外そうかなって」
「…………ナナさん、」
それは奈々の胎を守ってきた避妊リング、性行為を生殖行為にしないための彼女の護身対策である。
外すとなれば妊娠が可能になる。それはつまり奈々が松井との子供を望むということ、松井をパートナーとして共に責任を負う相手だと決断したということを示していた。
「取り替え期限はまだまだなんだけどね、ダラダラ付き合うのも変かなって…一緒に暮らして…籍は…まぁおいおい…普通にね、仲良くして…授かったら儲けものかなって…狙って作らなくてもね、…………旭くんと…家族になりたいなァって」
「…な、ナナさん、あ、ありがとうございます!」
「もちろんすぐに妊娠はしないかもしれないわよ?体調整えて、時期とか考えて、ね、」
「ええ、いいですよ…嬉しい…」
抱きつきたいが奈々がピーラーを持っていたために一旦諦め、松井はそわそわと玉ねぎの皮剥きを再開する。
「巡店してきた本社の人と私も簡単に話したんだけど…女性管理職を増やそうって取り組んでるけど、実際どこまで登り詰めたいかっていう…実際ね、私の年齢だとまだ妊娠出産の可能性があるからって、すぐに副店長とかには推さないらしいのよ。責任を伴うから時短とか難しいし…会社的には女性管理職かつ産休・育休取得実績も積ませたいんじゃないかしらって…邪推しちゃうわね…もちろんありがたいことなんだけどね、だったら…早い方がいいのかなって」
「なるほど」
「旭くんが覚悟してくれてるんだもの…私も応えなきゃ…ご実家にもご挨拶に行きたいわ」
「あ、うちの両親、既にナナさんの接客受けてるらしいんですよ」
「えェ……やだ、仕事モードだときっと高飛車な女だって思われてるわ」
「そんなことない…『しっかりした人だね』って言ってました」
松井の性格を知る両親は強そうな奈々を見て「この方なら旭を御せる」と太鼓判を押したらしい。
ちなみにだが松井両親は築年数の経つ実家を手放して住みやすい賃貸での老後を考えているらしく、特に跡取りなどは求めていないそうだ。
「そう……あ、旭くん、敬語になってるわよ」
「あ、本当…だ、」
「もうフロア長同士だから対等ね」
「うん…そうか…」
「私が勝ってるのは年齢と身長くらいね」
「…でもナチュラルに敬っちゃうんだよなぁ」
お気に入りメニューのグラタンを予熱していたオーブンレンジへセットして、松井が振り返り目配せをすればその視界は麗しいパートナーで満たされる。
奈々は啄む浅いキスで仕置きのようにおあずけを喰らわせて、やっぱり上から松井を翻弄した。
「ん♡……旭くん、40歳までに妊娠しなかったら、またピルとかで避妊するけどいいかしら?」
「もちろん、計画的にね」
「ありがと、元気なアラフォーになって…もし子供ができなくてもね、体が動くうちはラブラブしましょ」
「うん、鍛えとかなきゃね」
「ふふっ………うん、今夜はプチパーティーね、それっぽいものも作りましょうか」
「あ、ならこの前のハムが」
「いいわね♡」
身長差のある二人は今宵も仲良く台所に並んで立ち、あれやこれやと笑って話しては愛情を込めた料理を作って互いをもてなす。
「これをね、こう…そう、上手ね♡」
「ナナさんの教え方が上手いんだよ」
知らないことは教えてと真摯に請い、優れているところは素直に褒めて、私生活での松井の態度は仕事にも好影響を与えている。
「旭くん、その味見した指をシャツで拭く癖、やめない?」
「えー?別にいいでしょ」
「もゥ、子供が真似しちゃ困るでしょう?大人は見本にならなきゃ」
「はーい……ナナさんのそのお母さんっぽいところ、僕好きだな」
「…そうでもないけどォ…世帯主としてェ…」
「うん、その時は自覚持つようにするよ。今はまだナナさんの手下でいいや」
「人を悪の組織の首領みたいに言わないでちょうだい」
「まぁいいじゃない、揃ったよ、ほら……麗しのボスに乾杯、」
「……二人の将来に…乾杯」
この夜呑んだスパークリングワインの味は格別で…二人は何度もグラスを合わせて、幸福な未来への門出を祝い合った。
おしまい
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