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おまけ
お相手はどんな方?
しおりを挟むとある春の日。
なんでもない平日の朝礼終わり、進行役でもない小笠原奈々・PCフロア長が皆の前に立つ。
週末のフェアの告知だろうか、それともお叱りだろうかと早番スタッフは内心ザワザワしていた。
「おはようございます。私事で恐縮なんですが、この度、結婚しましたのでお知らせしておきます」
「………お、おめでとうございます!」
元々がスタンディングなのだが皆は飛び上がるように喜んで、ニコニコの奈々を祝福する。
「それと、お腹に赤ちゃんがいます。安定期に入りました」
「お、おめでとうございます!!」
早番社員だけでは受け止めきれない特報に、始業前からなんだか皆テンションが追いつかない。
そういえば奈々は最近いやに顔色が悪かったり半休を取っていたり、かと思えば爆食いしたりとさまざまな点で不安定であった。病気ではなかったのだな、純粋に心配していた部下たちはほっと胸を撫で下ろす。
「じゃ、もうひとつ驚いて貰おうかなァ」
店長である嘉島はニマニマ笑い、
「フロア長のお相手、気になるだろ?みんな」
とオーディエンスを煽る。
と言われても芸能人じゃあるまいし、一般男性にほぼ決まっている。
ならばまさかこの社内にお相手が?皆がキョロキョロと疑心暗鬼になったところで、朝礼の進行役がスススと奈々の隣に並んだ。
「あの、僕、です」
白物フロア長である松井は、いつも見せる飄々とした顔を脱ぎ去って照れ臭そうに唇を噛んだ。
「…おめでとう…ございます…」
「なんで松井フロア長?」
「あの二人、確かに仲は良さそうだったけど」
スタッフはヒソヒソとあからさまに動揺して、お似合いか否かの判別に苦しむ。
彼は自信家でオールマイティで社交的で良い上司、だけど奈々と恋仲にあるなんて誰も予想していなかった。
凛としてヒールで立つ奈々よりも、松井は身長が低くてアンバランスだ。まぁそれを抜きにしても、女帝タイプの奈々とカップルになるなんてよほど気位の高い皇帝みたいな男性だろうと皆はイメージしていた。
「元々ね、小笠原さんがここに赴任した時に松井くんも居て。アパートを紹介したり怪我した時に送迎したり、仲良くなったそうで。松井くんは北店で管理職になってこっちに凱旋したんだけど、当時を憶えてる人も減っちゃったから…まァ驚くよねェ」
そう言う嘉島も当時は本店に居なかったので想像だけで振り返る。
「ふふ…それで、産休前に故郷の東京に帰ります。育休を取って、向こうの店舗で復帰して、って感じで…なので、もうしばらくの間ですけど、よろしくお願いしますね」
「よろしく」
松井は奈々につられてペコリと頭を下げた。
「ビックリしたね…」
「おめでたいね」
解散してそれぞれの持ち場へ分かれて行くスタッフは、このスクープを口々に批評しては皆色めき立つ。
良き上司であり店の母的な奈々が幸せを掴んでくれたことが喜ばしいのだ。そしててっきり悠々自適な独身貴族を貫くものだと思われた松井に良い話があったことも嬉しかった。
それぞれがパートさんや外部提携業者に口伝で話を広めていき、夕方までに奈々と松井はそれはそれは多くのスタッフからお祝いの言葉を貰った。
・
「確かに、突然言われてもポカンよねェ」
夕食後、膨らんだ腹を撫でて奈々が呟く。
自然に任せていた妊活が実って夫婦となることが決まり、安定期を待っての入籍だった。胎児はそれなりに成長しているのだが、なんせ縦長な体型の奈々の腹はそう目立たなかった。むしろこの機に膨らんだ胸の方の主張が強過ぎて気付かれにくかったのだ。
タイミングに関しては奈々の希望で、事実婚でも構わなかったのだが松井の説得により法定の夫婦となることにした。
「みんなお祝いしてくれたけどさ…僕が大金星みたいな扱いは腑に落ちないな」
周りの反応からは、「松井が奈々の尻に敷かれてるのだろうなぁ」と想像しているらしい印象をヒシヒシと受けた。
当たらずとも遠からずだが、無抵抗に従属しているわけではないので松井としては不本意である。
「私が姉御キャラだものね」
「か弱いところもあるのにねー」
「むぅ」
ブランクのある出産なので、色々と不安もある。高齢出産だし産後の体調もどうなるか分からない。娘や親との関係も上手くいくだろうか…悩みは尽きない。
けれどかつて無かった『夫』、そして『父』としての存在感が今回は確実にここにある。名前を考えたり学資保険の資料請求をしたり、枕を赤ん坊に見立てて抱く練習をしているパートナーがここにはいる。
「僕もしっかりしてるように見られたいな」
「大丈夫よ……まァ、私は向こう行ったら一般職に降りるし…そういえば初めて、旭くんが上司になるわね」
「同じ店舗に配属されるとは限らないけど…楽しみではあるね」
立場や肩書なんてオマケみたいなもの、おそらくどう変わろうと松井は奈々を敬い慕っていく。
夜を楽しむエッセンスくらいにはなるかもね、二人は腹を労わりながら新婚生活を愉しむのだった。
おしまい
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