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4月
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しおりを挟む「僕、あのー…もうお分かりだと思うんですけど、」
「分かんないわ、」
「え、石柄に見せたくないとか余興させたくないとか散々言ったじゃないですか…その…」
事実上の告白は済んでいる、彼女がそれを聞き漏らしているはずはない。
「うん、それが?」
「その…良ければ、でいいんですけど…」
「うん?」
酒をひと口、つまみをひと口、据わった目のボスはまだ保険を掛ける往生際の悪さに口を尖らせていた。
「ぼ、僕と…つ、付き合って…くれませんか…」
「だめ」
「は」
「やり直し。いきなり付き合えないわ、私をどう思ってるかを聞いてないもの」
「いや、だから…」
分かっているくせに言わせておいてずるい、こんな辱めは大人になってから受けたことがない。
会での余興もなかなかに松井のプライドを折ってくれたが、こんなにコケにされると怒りたくもなってくる。
「時間かかってもいいわよ?明日は休みだし♡夜じゅう付き合ったって…いいんだから♡」
「童貞を揶揄わないでよ…ナナさん…」
湧き上がった怒りも何処へやら、圧倒的試合巧者には敵わず勢いも自尊心もしおしおと萎んでしまった。
「教えて?私のこと、どう思ってる?」
「そ、尊敬してます、まず上司だから…年上だから、強くて…そういう性格だと思ってたから。でも…驕らなくて…人に頼るのが上手くて…頼られるとこっちもいい気分になって…たまに弱気なところも見せるけどすぐ立ち直るし…僕、強気な女性が好みだったのかもしれないな…」
「そう、『女の子』じゃなくてもいいのね?」
「何ですか?年下ってことですか?」
「あなたが言ったんじゃない…無自覚なのね…」
松井は当初から、好みのタイプを語るときに「○○な子」と年齢或いは立場が下である女性を指し示していた。
それもあって奈々は自身は対象外だと半ば割り切っていたのに、どうやら無意識に言っていたらしい。
「たしかに…人より上に立ちたいから…そう言ったかも…もうそうは思いません。対等か…なんなら支えるくらいでもいいです」
「あら」
「な、ナナさん、タイプがどうとかじゃなくて…僕、ナナさんが好み、いや好きで…好きに…なっちゃって…その…友達からでもいいです、ナナさんと…こうしてご飯食べたり話するのが楽しくて…あの、」
接客中に言葉に詰まることなど無い男が、こんなにも噛んで吃って、過剰な回数の瞬き、冷や汗、明らかにストレスを感じている。
「うん」
「あ、」
「童貞でも、キスはある?」
虐めすぎて申し訳ない…松井が目を伏せている間に座ったまま擦り寄った奈々は、至近距離で大きな瞳に彼を映した。
「いや、無い…あ、」
「ん♡」
半開きの口にちゅうっとスタンプのようなキス、目を閉じる暇も発想も及ばなかった松井はポカンとした後に
「ナナさん…」
と呟き、後ろへ倒れる。
幸い後方にはビーズクッションがあったため大事には至らなかったが、深緑に埋もれた松井はさながら眠り姫のように目を閉じて初めての感触に酔いしれた。
「旭くんッ…ちょ、大丈夫…やだ、そんなに?」
「いや、酔ったから…酒のせいだから…」
キスくらいで気絶などするものか、説得力は無いが松井は僅かに残ったプライドで虚勢を張る。
「じゃあもう1回スる?」
「ちょっと待って、水…」
「かわいい、ん♡」
覆い被されば髪からはコンディショナーの芳しい香り、男の胴には奈々の胸がどすんと乗って文字通り圧がかかった。
「あの、待って…」
「女の子みたいね、旭くん…好きよ、初めてあなたみたいなタイプ好きになったわ。食の好みも話も合う、向上心も男気も見せてくれた…私…と女子を守ってくれた、カッコ良かったわ、ん♡どうする?筆下ろしする?」
「待って、ほんと…あの、僕、呑んだらすぐは勃たないから…」
「筆下ろし」、それはチェリーボーイの憧れワード。
是非にされてみたいがアルコールが邪魔をする。
彼も酔った勢いで自慰行為に臨んだことはあるのだが、呑んでしばらくは興奮こそしても全力で立ち上がらないのだ。
少なくとも間に睡眠をとるとか、運動などして時間をあけねば役に立たない。
「あ、そう…お泊りくらいする?添い寝くらいならいい?」
「な、ナナさんって肉食?」
「普通よ、思いが通じ合ったら1発するもんだと思ってたんだけど…違うっぽいわね」
床にペタンと座り直し、奈々はケラケラと無邪気に笑う。
「たぶん、僕の常識とは違う…」
「そう、なら…酔いが覚めたら、一緒に寝ましょ♡キスには慣れてね、旭くん」
「うん…刺激が強いな…」
その夜、松井青年は初めて母親と姉以外の女性と同衾した。
セックスではなくぎゅうとハグをして、その温もりと香りに包まれた彼は数日ぶりに夢も見ずに熟睡するのだった。
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