街を歩いていると、見知らぬマッチョに体を担ぎたいとお願いされました。

茜琉ぴーたん

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2022

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「それで、自分たちは研修ですとか転勤もあるんですが、何もご説明出来ないまま署を離れることになってしまい…その、舞岡さんがお勤めの会社も、お名前すら聞けなかったものですから…二度と逢えなくなってしまい…」
「確かに、私も毎日お使いに出る訳でもないし。青木さんたちの訓練と私の移動時間が被ってるのは数える程ですもんね」
「そうなんですよ…休みに張り込んだりしたこともあるんです、でも舞岡さんは通らなくて…そんなことをしてるうちに市の端の方の出張署への勤務が決まりまして」
 張り込みだなんてまさかそんな事を、私も同じようにしていれば早く再会できたのかもしれない。
「居なくなってたんですね」
「はい…人員が少ない署だったものですから非番の日でもなるべく近隣に居るよう心掛けていて…こっちになかなか来れなくて。今年また西署に戻って来まして、相変わらず観察していたんですが舞岡さんには逢えず…」
「うちの会社、昨年に移転したんです。数100メートルですけど。だから、署の前は滅多に通らなくなったんです」
「そうでしたか…なら…もっと近くで待ち合わせを……そうでしたか…いえ、お綺麗な方だから自分が不在の間に寿退社されてたのかと…思って…」
「青木さん、」
 キリッとした眉毛が歪んで、眉尻が下がる。その下の瞳はうるうると潤んで、マッチョな体とのギャップが著しい。
「お逢いしたくて…でも、既にお相手がいらしたらと思うと、アタックすることも、出来なくて…フラれるのは、嫌で、臆病ですから…」
 行動派なのに、そういうところは慎重なんだ、ギャップが大渋滞だ。
 お互いに似たような気持ちだったのに、こんなに遠回りをしてしまったのか。
 そしてまさか自分が一目惚れされてるなんて夢みたいだな…私は私の気持ちを伝えておくことにした。
「私ね、青木さんを助けるつもりで担がれて、それが1年続いたでしょう?私の他にも担がれてる人がいるのかなーとか、色々考えました。何で私が選ばれたのか分からなかったから…そしたらいつの間にか居なくなってて…寂しかったです」
「舞岡さん…」
「署の前を通る度に、季節が巡る度に、青木さんは居ないなーって、思い続けて…恋愛経験が無いので、安直にそれに繋げて良いものかどうかも分からなくて」
「えっ、ご経験が無い⁉︎」
青木さんの口から齧りかけのソーセージが落ちる。
「声が大きいです」
「あ、すみません…その時は、ですよね」
「…現在進行形です」
「あ、そうですか…あ、そうですか…」
 分かりやすい人だな、明らかに嬉しかったのだろう肉の旨味を噛み締めるようにガジガジあごを動かす。
 口元はニンマリ、目は泳いでいるが企みを感じる挙動だ。
 恋愛経験の無い私が主導権を握って良いのかな、ここは男性に譲るべきだろうか。
 妙な空気の中で箸とフォークがカチャカチャ音を立てる。
「……」
「……」
 たぶん両想い、どちらかが動けばこの恋は実る。
 でも少し気掛かりなことが残っていたので、ついでに聞いてみることにした。
「青木さん、業態によって慣習とか色々だと思うんですけどね、」
「はい、」
「青木さんは…後輩の消防士さんを、自分がされたように、その…虐めたりしましたか?」
「……」
 しないと分かっている、でもしていたら残念だなと思う。恋した相手がいじめっ子だったら、人を傷付けていたら。人の心を病ませていたら、人の悲しみの上で働いていたら。
 この恋が、人の不幸の上に成り立っていたら…大袈裟だけど、そうなら手放しで彼を受け入れることができそうにない。

 青木さんはゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み切って、プハーと息をつく。
「……」
「…舞岡さん、」
「はい、」
「…悲しいですが、自分は虐められる側でした。だから体を鍛えて、強くなろうとしました。でも分かるんでしょうね、意地の悪い人には…付け込む隙とか、弱みとかが。消防の仕事を始めて、やはり体育会系のノリでそれなりのことはされました。苦手ですね、後輩だからというだけで酷い目に遭わされるんですから…自分に後輩が出来ても、です。自分がされている時の後輩からの軽蔑の視線も…心に来るものがありました……おかしな上下関係は不必要です。自分は誓って、他者に同じ事をしたことはありません。自分は…信じてもらえるか分かりませんが、人に優しく生きて来たつもりです」
「…それで、青木さんが標的になっちゃったんですもんね」
「お恥ずかしい限りです」
 全然恥ずかしくないわ、
「青木さん、私、青木さんのことがずっと気になってました」
自信を持って、そう告げる。
 彼はキョトンとした後に水が込み上げて来たのか、ブフォッと吹き出してトイレに駆け込んでしまった。
「……食べよ」

 お手洗いの方からは、ゲフンゲフンと大きな咳払いの声が聞こえる。気管に入ったのか、ゲフゲフ死にそうな音が絶えない。
「デザートも頼んじゃお」
タブレットでイチゴのパフェを選び送信して、彼を待つ。


 5分ほど経って、彼とネコちゃんロボットが同時に席に来た。
「…舞岡さん、ズルいじゃないですか、先にデザート頼むなんて」
「だって、青木さんが戻って来ないんですもん」
「それはすみません…自分も、すぐ食べますから」
「ゆっくりで良いですよー」
 話は核心に迫らず、でもほんのり甘い空気が漂う。分かっていて泳がせている感じ、まるで恋愛巧者のやり口だ。
「美味しいですか?自分も甘いの頼もう」
「ひと口食べます?」
「…い、いえ、そういうのは」
「潔癖でしたか」
「違います、間接キスは…まだ早いです」
 この人、私より3歳上だからもうアラサーだよね、何となく察していたけど青木さんも恋愛経験がとぼしい気がする。私と良い勝負だ。
「(ムキムキマッチョでいじめられっ子で推定童貞か…おもしろー)」
「舞岡さん、自分は…その、恋愛経験が無いです。免疫がありませんので…」
「回し食いとか、家族でもしません?深く考えないで下さいよ」
「……確かに」

 恋愛を重く捉える真面目なマッチョマン、面白くてこれはイジりたくなるのも分かる。
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