街を歩いていると、見知らぬマッチョに体を担ぎたいとお願いされました。

茜琉ぴーたん

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2022・初お泊まり

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 旅行当日。
 甕倉カメクラ駅から1時間と少し、我々は温泉地へと降り立った。
「わぁ、見て、遼平さん!人力車!」
「ほう」
「遼平さん、車夫さんの筋肉チェックしてるでしょ」
「職業柄ね」
「遼平さんはボディービルダーじゃないでしょ…あ、着物レンタルだって、」
「あずちゃんは似合いそうだね」
遼平さんはサラリとそう褒めて、温泉まんじゅう屋さんの軒先に並ぶ。
「買うの?」
「甘いもの好きだよね?僕も食べる」
「うん、食べよ」

 饅頭、ソフトクリーム、かまぼこ、煎餅せんべい…我々はガイドブック通りの定番グルメの食べ歩きを敢行した。
 「美味しい」と言えばニッコリ笑ってくれる遼平さんは優しくて、まるで貢ぎ物のように私に買い与えてくれる。そして自身も食べれば食べるだけ「またここから絞れるな…」と不敵に笑っていた。
 彼は職業柄鍛えてはいるが、判断力や思考力を下げないために糖質や炭水化物の摂取制限はしていない。むしろ、それも負荷として楽しんで鍛えているふしがある。なのでカロリー計算などしながら「こんなに高カロリーなんだな…いつもの倍は動かなきゃな…」などと燃えていた。
 私は食べた分だけ順当に身に付くのだろうから、せめてこの瞬間は雑念無しで味わいたいなぁと…有り難く名産品を受け取っては腹に収めた。



 ランチをして散策をして、そろそろ旅館へチェックインしようかという話になった。
「楽しみー」
「そうだね」
 宿の選定は二人でしたのだが、予約は遼平さんがしてくれている。もちろん自分のお代は出すつもりなのだが、この分だと奢ってくれるのかもしれない。
 旅館は、和風だけど鉄筋コンクリートの近代的な建物だった。
 玄関の自動ドアを入るとロビーの右手にお土産屋さんがあり、左手にはフロントのカウンターが壁沿いに設置してある。
 そして正面には8階くらいだろうか天井までぶち抜いた吹き抜け空間があり、これが広々とした印象で思わず「わぁ」と感嘆を漏らしてしまった。
「遼平さん、すごく良い所…」
「風情があるよね」
「お高いんじゃ…」
「うん?そうでもない。僕が出すから大丈夫だよ。気になるなら温泉にたくさん浸かって元をとると良いよ、ははは」
吹き抜けを私と同じ動きで見上げて、彼の視線は私の顔へと戻って来る。
 ばちんと目が合ったので
「…遼平さん、あの…は、初めて一緒に寝るね、」
と内緒話みたいにゴニョゴニョ伝えてみた。
 これは暗に明に私の女としての覚悟を示しているのだけれど、それに対する答えは私の期待するものではなかった。

 キョトンとした遼平さんは
「…一緒じゃないよ」
と私の頭をポンと叩く。
「え?」
「安心して、別部屋を取ってあるから」
 不安じゃないよ、むしろウェルカムだよ、戸惑いは顔に表れているはずなのに遼平さんは眩しい笑顔を見せる。
 ここは喜ぶところなの?ぱちくりぱちくり瞬きを重ねた。
「え?え、え?」
「チェックインしてくる」
「えー…」

 フロントへと向かう後ろ姿は颯爽としていてカッコいい、けれどあの盛り上がった肩甲骨も上腕も直に見ることは出来ないのか。
 私はぽかんと口を開けて遼平さんの背中を眺めて、彼が振り返る直前まで小さく唸っていた。
「お待たせ。はい、これカギね」
「な、なんで別部屋なの?」
クリスタルみたいな透明な棒がぶら下がったキーを渡されて、私は恨めしそうに彼を見上げる。
 ひと仕事終えた風な遼平さんはもうエントランスの隅のエレベーターへと視線を移しており、でもノールックで私の荷物を持ち上げてくれた。
「何でって、その方が楽だよ。風呂も化粧も」
「いや、そうだけどさ…」
「それぞれの部屋に内湯も付いてるよ」
「じゃあ、私の部屋のお風呂に遼平さんが来てくれたら」
「何を言ってるの。せっかくのひとり温泉が満喫出来るんだからあずちゃんも楽しんだ方が良いよ。僕は男だから露天も好きに入るけど、女性は躊躇いもあるだろうし」
 違うの、二人でお泊まりって不便もあるけどそれが楽しいんじゃない。初めて見せるすっぴんとか、意外と悪い寝相をいじったり、寝起きの顔にキュンってなったりするのがミソなんじゃないの。
 ぱくぱく空気を吐いているとホテルマンが「どうぞ、こちらへ」と先導してくれた。
「はい。あずちゃん、こっち」
「はい…」

 片側が透けたエレベーターからは温泉街が一望できて、ぐんぐん上昇して行く高度とは裏腹に私のテンションはどんどん降下して行くのが分かる。
 私を抱く気は無いんだ、一緒に泊まる価値が私には無いんだ。
 というか遼平さんは珍しく取れた連休を使って、本当にリフレッシュしに来ているのだろう。頃合いだからカップルらしいことをしてくれただけ、私がどれだけワクワクしていたかなんて分かってくれないんだ。
 私にはしたくないってことなのかな、私もそんなに純じゃないんだけど。相手と機会に恵まれなかったから取っておいた純潔、熨斗のし付けて遼平さんに貰ってほしいのに叶いそうにない。
「(温泉…湯気…もくもく…)」
 ぼうっと現実逃避しているとエレベーターは10階に到着、「そんなに高いんだぁ」なんてうつろな目で表示板を睨む。

 同じ間取りの部屋だからと遼平さんの部屋に二人とも通されて、一気にアメニティや食事の時間の説明を受けた。
 和洋室で床はフローリング、畳の小上がりに少し低めのベッドが設置されている。
 茶色を基調としたシックなしつらえで、部屋の奥には温泉を引き上げた専用の内湯も付いていた。
 いっそこの部屋に居座ってやろうかしら、ホテルマンが去ってため息をこぼせば、さすがに遼平さんも気付いたようだ。

「あずちゃん、どうしたの。疲れた?」
「……あの、お、お泊りだから…その、一緒のベッドで寝るものだと…思って…」
「あずちゃん、」
 もう顔は真っ赤だってことが分かる、耳までじんじんして居た堪れなさと羞恥心で逃げ出してしまいたい。
 でもここの価値観の相違は埋めておかねばならないし、私を納得させられる弁明ができるのならば是非聞いてみたいとそれくらい振り切れていた。
「遼平さん、も、もう大人なんだし、一緒に旅行に来て別々の部屋ってそんな…私も自信を失くすって言うか…か、悲しい…くて…」
「……」
「私、遼平さんのことが好きだから、も、もっと仲良くっ…あの、それだけじゃないんだけど、せっかくお泊り出来るから、その、」
 これって女の方から請わなきゃいけないことだっけ、吐き出した言葉に後悔はしていないけど客観的に自分を捉えて消え入りたくなる。よくよく考えれば処女なんだし遼平さんを悦ばせる自信がある訳じゃないし、「抱いてよ!」なんて自意識が過剰過ぎた気もする。
「あずちゃん、」
 遼平さんはすぅと息を吸い項垂れる私の両肩を掴んで、
「僕は、あずちゃんとは清い仲でいたい。婚前交渉はしなくて良いと思ってる」
と今日いちイケメンな顔で答えた。
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