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しおりを挟む長岡の足取りは颯爽と、しかしギャラリーがいなくなればたらたらと時間稼ぎをするように足が重くなった。
見上げたコンビニの看板の『銀行ATM』の文字を読んだ長岡は、ふと
「あ、そういや…謝らなきゃいけねぇことがまだあんだよな…」
と呟く。
「なによ」
「今回の合コンな、ケルホイの他にも何人かいたのか?」
「うん、併せて5人かな?同僚なんだって。こっちはこの辺りの合コン仲間だよ」
「その…たぶん他の奴も偽者じゃねぇかな」
「はぁ……なんで?」
首を傾げて長岡を見上げれば、分担して持つ買い物袋がカサと小さく音を立てた。
「いや、銀行とか金融機関って月末は忙しくてグロッキーになんだよ。色んな処理とかあって。んでしかも今月は年度末も被ってんだろ?んな鉄火場で合コンする余裕なんかあんのかなって…同じ支店なら特にさ、あいつら信用がモノ言う業界だし、遅刻とかマジ勘弁だから早く帰って寝てぇんじゃねぇのかなって…だから浮ついたコンパで即お持ち帰りなんて……ハルカ、」
遥がカツンとヒールを鳴らして立ち止まり、
「……また騙されてるって…分かってて送り出したわけ…?」
わなわなと寒さのせいではなく震え出せば、
「確信は無かったって、月末にするなんて知らなかったし…いや、ごめん」
と長岡は早めに白旗を掲げる。
「……どぉこまで根性腐ってんのぉ⁉︎」
「落ち着け、声がデカい」
「アンタ、本当にいい人居たら私カップルになってたかもしれないんだよ⁉︎またエッチしちゃってたかもしれないんだよ⁉︎」
当然だが怒れる遥は、コンドームと菓子が入ったビニール袋を長岡の顔や腹を目掛けて振り回した。
「痛てぇ、いい人ならいいじゃねぇの」
「直樹が寂しい思いするじゃん‼︎」
「だから間に合って…結果的にケルホイが居てくれて助かったわ…他の子にも気を付けろって教えといてやれよ、あと幹事も分かってて斡旋してんじゃねぇかな、責任者は誰よ」
「…会場にしたお店のオーナー…」
「うん、とりあえずさ、得体の知れねぇ合コンには行かねぇことよ」
「もう行かないってば!」
遥は袋を長岡に叩きつけ、「ふん」と先に歩き出す。
「待て、ハルカ」
「もう知らない、やっぱアンタみたいな性根の腐った人間、彼氏になんてできない」
「確信は無かった、あと正直に言ったぞ」
「合コンに行くのを止めないってのが悪いんでしょーが‼︎」
「さすがにもう騙されねぇと思ったんだけどな、学習機能付いてるだろ」
袋を拾って遥を追いかければ、鍵を持ってなかった遥は玄関の前で足止めを喰らい、決まりが悪そうに唇を噛んでいた。
鍵を回す長岡のパーカーの裾をちょんと摘んで俯いて、
「……私バカだもん……もし騙されてエッチしちゃって…同居解消してたら…それでも良かったの…?」
と顔を上げた遥は今にも泣きそうに、それでいて眉毛はまだ怒っている。
「悔しがったろうな、たぶん諦めてたよ」
「……臆病もの」
「そうだよ、俺、ハルカに好かれることしてねぇんだから確証なんか無いし」
彼女が選んだパスタをレンジへ入れて他の食材も冷蔵庫や棚に収めて、投げつけられた袋の中の菓子を振ればサラサラと…スナックが粉に変わってしまった音がした。
「ポテチ割れてんな…まぁいいか……ん、」
ピッピッとレンジが鳴って温め終わったらパスタを座卓へと運んでやって、長岡は惣菜を置き途中やめにしていたカップ麺の箸を持つ。
「……そういう…とこ、好きなの」
「へ、なに、エコロジー?」
「違う、いつも私のお弁当を優先して温めてくれる」
「俺は冷たくても食えるし…効率的な仕事ってやつよ」
確かに前もそうだったか。だがレディーファーストという訳では無くて時間の無駄が嫌いなだけ、どうせなら同時に食事を始められるよう考えているだけなのだ。
「じゃあ合ってるんだ…」
「何が」
「呼吸というか、生活の…なんて言うの、タイミング」
「あー、噛み合ってるのか」
「そう、」
さぁ食べようという時に物を探し始めたりテレビを観ようと思ったら掃除機をかけ出したり、「なんだか合わない」は暮らしていく上では細かいストレスとなって蓄積していったりする。もちろん「あれしてこれして」と指示を出して上手く回るならそれも良し、しかし言わずともスムーズに事が進むならそれが一番過ごしやすくて気持ちがいい。
「距離感がちょうど良いんだよね。構ってちゃんでもないし」
「そりゃただの同居人だったし」
「掃除も自分でしてくれるし」
「そりゃここは俺の家だし」
「ご飯作ったら必ず感想を言ってくれる」
「そりゃ…美味いし」
ふやけた麺を口に入れて一瞬不味そうな顔をして、それでもごくんと飲み込んだ長岡を遥は穏やかさを取り戻した目で見つめる。
「…干渉しないと思いきやね、何かと慰めてくれたりね、生理の時腰を撫でてくれたり、そういうのも嬉しかったの」
「あんなのが?」
「うん、一緒に居て落ち着くのも良いんだけど……言ったでしょ、私は『彼氏がいる自分』が好きなの。誰かに従えられてる、帯同されてる、そういうのが…嬉しいの。だから構ってもらえるのが嬉しくて通ったの…でも居着いたら何もしなくても自然に居られた」
恋人と自分はワンセット、それで自分を保っていたけれどここでは彼の前ではありのままでいられた。
「適度になら…しかし…俺はお前のアクセサリーになれるかね」
「ならなくてもいい、私が直樹を飾ってあげる。私が隣に居ると華やぐでしょ?」
「……自分で言う?」
「…中の上ならまぁまぁ可愛い方でしょ」
「んー…上の下だろ」
悪態にだって遥は
「上がった♡」
と喜ぶ、その見透かしたような笑顔もまた可愛らしい。
「…馬鹿だな」
「バカだよ、ね、触って?それともお風呂入る?洗ってあげようか」
「…もっと慣れたらな…とりあえず食べちまおう」
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