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おまけ・長岡家の家族写真
しおりを挟むあれから数年後の話。
「こちらがサンプルになります。この辺りが人気ですね、しばらくご覧下さい」
写真館のスタッフは分厚いアルバムを開いて俺たち、と言うよりは俺の隣の遥へと提示してカウンターへ去る。
遥は「えー、どうしよう」と困りながらもその顔は嬉しそうだ。
「ねぇ直樹、どれにする?」
「なんでもいいわ」
「もう、二人のことなんだから、真面目に考えてよね」
「三人のこと、だけどな」
「あ、そっか…へへ…」
今、遥の腹には赤ん坊がいる。
当たり前だが俺の子、断定は出来ないがこいつは浮気が出来るほど器用ではないので…十中八九俺の子に間違い無い。
そして俺たちがなぜ写真館を訪れているかって、流行りもの好きの遥が言い出した『マタニティ・フォト』なるものを撮るためである。大きく前に張り出した腹をさらけ出して何が楽しいんだ、と俺はあまり乗り気ではないのだが、遥はうきうきとサンプル写真のページをめくっては目を輝かせている。
「これにしようかな、一番人気」
「ミーハーだねぇ…どれ?」
「これ、旦那さんがお腹にキスしてるやつ」
「はぁ⁉︎嫌だわ、やらねぇぞ」
「なんでよ、なんでも好きなのにして良いって言ったじゃん!」
「なーんで俺が人様の前でんなことしなきゃいけねぇんだ!」
遥が選んだのは男が跪き腹に口付けているポーズ、女は愛おしそうに腹と男を見下ろしている。
事前の衣装選びでは「好きなのを選べよ」とは言ったがそれは遥の満足感のためであって、俺は巻き込まれたくないしなんなら写らなくても良いくらいなのだ。
「…大切に想ってくれてる感じが表せて良いと思うんだけど…」
「写ってやるだけでもありがたく思えよ」
「……ごめんね」
しょぼんと泣きそうな顔になった遥はスタッフを呼び戻し、
「あの、すみません、この普通に二人でお腹を触ってるやつにします」
と無難な家族写真を指差した。
「…いいのか」
「無理させたくないもん。一緒に写ってくれるだけでも嬉しー……うん、」
「……」
まるで結婚式の支度の再来だ。俺は今回と同様になんだかんだと華美な演出を却下しては簡素で落ち着いた挙式・披露宴を強行させた。おかげで職場・身内ウケは良かったし抑えた費用を新婚旅行に回せた。
遥は最初こそキャンキャン吠えて反抗していたが次第にその勢いは収まり、最終的には「式してくれるだけでもありがたいかぁ」などと悟った様子だった。
しかし式後しばらくして共通の友人から「『思い通りにさせてもらえなかった』と泣いてたよ」と教えてもらい肝が冷えた。あの流行りもの好きで我が強い女が俺に直接不満も言わずに泣き寝入りしたと。
その時は甘い物を買って帰り優しく抱くなどして愛おしさを伝えたつもりだったが、喉元過ぎればで俺はまた同じことを繰り返してしまったようだ。
「じゃあ、着替えましょう。旦那さまはこちらの準備をして少々お待ち下さいね」
「あ、はい」
更衣室へ、8ヶ月の腹を抱えた遥がゆっくりゆっくり足を進める。
珍しく足を通したスラックスが堅苦しくて、遥のドレスの色味に合わせたネクタイが窮屈で呼吸が上手く出来やしない。
そわそわしつつ待つこと十数分、
「お待たせ」
と素足の遥はまるで春の妖精とかそのくらい華やかで神秘的で美しかった。
引きずる長さの裾、腹どころか胸元も隠したデコルテラインまでしか見せない透けもしない素材のドレスは言うまでもなく俺の口出しによるチョイスだ。
野暮ったくないし女神たる厳かさもあって、さすが俺の嫁と褒めたい出来栄えで…けれどもしかして少し泣いたのか、瞳とまつ毛が濡れている。
「……」
これでは駄目だ、こんな遥を写真に残せない。
スタジオセットに入る遥を追って中央の椅子に腰掛けようとするその腕を掴んだ。
「ハルカ、」
「きゃ、なに…直樹?」
「立てよ」
「は?立つのは直樹だよ。私はここ座っ」
「いいから立てよ…立ってくれ」
懇願してからスッと膝を折り床に付ける、裾の流れを直すスタッフは察したかのように椅子を引いて俺の脚とドレスが被らないよう捌いてくれる。
「旦那さま、優しくお腹を触って頂いて…チュッと、」
「あいよ」
出来ない訳じゃない、むしろ家ではよくしているんだ。風呂上がりや何でもない時だって触ったりしている。安定期に入ったからとセックスを再開した時だってこの丸い腹が遥ごと愛おしくて思わず唇を付けてしまった。
「直樹…良いの?」
カメラと照明の設定中に遥が申し訳なさそうに尋ねる。
「良いよ、一生に一度のことだ」
「…もう何回かあるかもしれないけど……ありがとー」
「我慢させて…悪かった」
「どしたの?急に」
「なんでもねぇよ」
「直樹が選んでくれたこのドレス、キレイだね」
「あぁ…でも本当は…もっと派手なのが良かったんだろ?」
「うん…でも露出させたくなかったんでしょ?」
「……そうだよ、だって撮ったらお前SNSとかに載せるだろ…他の奴に見せてたまるかっての」
「…素直じゃないな、パパは」
遥は母の顔でアイボリーに包まれた腹を撫でる。
俺は父親が居なかったから父らしさとか男親の接し方とかが今ひとつ分からない。
それでも遥とその中に宿る我が子が大切で愛おしくてそれ故に不安も多くて堪らない。
「呼ばせんなら『父ちゃん』が良いな」
そう言うと遥は「えー」と眉尻を下げて笑う。
「では撮りまーす」
スタッフの威勢の良い声がスタジオに響く。
俺はカメラから見えない方の手で遥の手をぎうと握り、小煩い口でまだ見ぬ我が子へとキスを贈った。
おしまい
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