馬鹿でミーハーな女の添い寝フレンドになってしまった俺の話。

茜琉ぴーたん

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 長岡が風呂から戻ると遥もご飯を食べ切っており、座卓に鏡を立ててメイク落としで目元をくしくしと擦っていた。
「……結構塗ってんのな」
「重ねてるの…フルメイクだよ、合コンする時とかの…全力バージョン…」
「……ふーん…それでか…」
 男は卓上のマグカップに既に入っていたお茶を勝手に拝借し、どんどんすっきりしていく遥をそばで眺めた。
 そして彼女が完全にすっぴんになると正面に回り込みビフォー・アフターを確認する。
「…なによ」
「いや、何が違ったんだろうな…仕事の時と…色?」
「それもある。派手な色だしラメとか入ってるし…リップも濃い色ね。下地も変えてる」
より美しく華やかになるように、崩れにくさを追求している仕事モードのメイクとはその辺りも違うのだ。
「大変だな…良かった、俺、男で」
「ふふっ…直樹は女の子に生まれてても面倒臭がってお化粧とかしなさそうね」
「うん…素材で勝負だな」
「あはは…」
 鏡を折り畳んで片付けふぅと息をつく、遥が男の方にふいと顔をやれば自然と目を閉じ、二人は沈黙のまま唇を合わせた。
「……逃げないのね」
「逃げねぇよ、今日いっぱいはお前に雇われてる…そうでなくてもキスはよくしてるだろ」
「確かにね…ん…」
 男の首に腕を絡めても解かれはしない。そのまま体重をかけて押し倒しても、ちゅっちゅと下唇を吸っても突き放されはしない。
 そもそもが添い寝の域を超えているというのに遥にとっては生殺し状態で、どれだけ挑発しても乗ってくれない長岡が憎らしい時だってある。いっそ奪って体から始める恋だってあるのに、線を引き続ける彼はかたくなで…しかしそれ故に彼への信頼度は増すばかりであった。
 手ごろな女が無防備にしているのに手を出さない硬派、だけど性欲はプロで解消するという手練てだれ感。素の自分をさらけ出しても逃げないこの男…もしかして運命?今日1日だけでも長岡の評価は爆上がりしている。
「苦しい、ハルカ」
「ん…キス、気持ちいい…ねぇ、直樹、」
「嫌だ、しねぇ」
 名前を読ぶ雰囲気だけで次に来る言葉を想定できるこの慣れた関係、もはやお決まりのやり取りの答えは今夜も「NO」であった。
「…情くらい、湧かない?」
「そりゃ…」
「それでいいじゃん、エッチ、しよ、」
「待て、お前に責任持ちたくねぇんだよ」
「何かあっても直樹に面倒はかけない、迷惑はかけない、」
「……離れろ、ろくなことにならねぇ」
望まぬ妊娠をそのように形容するのがまず無責任、長岡は無計画に授かり婚をしておいてすぐに崩壊した例を身近で見て知っているのだ。
「違う、産むとかおろすとか、そういう話じゃないよ、直樹に本気で惚れちゃっても、遠くから見て我慢するとかできるから。…まぁエッチしたらできれば彼女にしてほしいけど」
「あのなぁ、彼氏欲しい欲しいっつってソフレのち◯ぽ咥える女、彼女にしてぇわけねぇだろ、よく考えてみろよ!」
「たしかに!でも…」
「お前だって、もし俺が他所よそに遊び用の女囲ってたら付き合いたくねぇだろ」
不誠実、不道徳、自分たちの関係はまさにそれなのに更に深い所に足を踏み入れるなんてとてもできない。
 長岡は体に被さる遥を剥がして台所へと逃げる。
 そんな長岡の後を追って遥は
「…私の他にもいるの?」
と迫れば、髪から水を垂らす彼は
「いねぇわ!…違う、ハルカしか…」
と最後は力なく唇を吸われた。
「私だって、直樹としかこんな関係になったことないよ!心、許してくれてるんじゃないの?」
「許してねぇ、思いあがんな」
「その頑なに体を許さないところがいいの、ポイント高い…絶対浮気もしなさそう、背も高いし顔も悪くないし…付き合お、それか抱いてよぉ…」
 決定的な告白なんて無くともなんとなくずるずると、大人ならばそんな始まりもありだろう。しかしそれでは続かない。
 台所の端の冷蔵庫まで追い詰められてもなお、長岡は首を縦には振らなかった。
「ダメだ…できねぇ」
「私で勃つでしょ?なんでよぉ…」
 すりすりと薄い胸に耳を付ければその奥の心臓はばくばくと拍を打っていて、上擦った声からも珍しく下がった眉毛からも男の動揺ぶりは見て取れる。
「……………」
「エッチ、してみよ?」
 既に1発出しているモノに沿うようにスウェットに手を当てて、遥がくいと背伸びをしてキスを貰いに動くも、
「………お前はさぁ、それで満足かもしれねぇけど……俺は…違うだろ」
と長岡はずずとその場にへたり込んだ。
「なに?どしたの、直樹とシたいんだよ、」
「違う…お前、場数踏んでんだろ?……満足なんか…させる自信ねぇんだよ」
「はぁ?」
「知ってんだろ、俺は素人童貞なんだよ、嬢に抜いてもらってんだよ。俺主体で…抱いたことなんかねぇ…」
 本番行為ありの風俗でも長岡はもっぱら受け入れる方で、抱くというよりは抱かれる、上手に搾り取って貰っているとでも言うようなセックスしかしたことがない。それは長岡のコンプレックス、簡単に男に体を許す遥と交際したところで、満足させてやる自信が無いのだ。
「……下手ってこと?」
「ほーらそうやって無神経なこと言いやがるだろうがっ!下手かどうかも分かんねぇ、普通の女とシたことねぇんだ、お前みてぇな、経験豊富で男にランク付けるような女…もし下手だったら幻滅してすぐ捨てんだろうが、それどころか別れた後も言いふらしたりして職場で笑い者にすんだろうが」
「待ってよ、私そういうタイプじゃない」
「知ってるわ‼︎」
「なんなの…」
遥も冷たいフローリングに座り込み、「言ってしまった」と顔を押さえる卑屈な男の膝をさする。
「もし付き合うにしても処女じゃなきゃ…俺が初めてって奴じゃねぇと…てか、好きとかときめくとか分かんねえんだよ、ひとりで生きて死んでくんだ、」
「うん分かった、コンプレックスなのね、尚のことさ、私とシようよ」
「だから、お前は…」
 簡単に体を差し出す軽い女に呆れて長岡が顔を上げれば、
「練習台にしていいよ、荒っぽくても、」
と遥は真っ赤になった頬にキスをした。
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