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しおりを挟む翌朝。
寝不足の長岡が大欠伸をして起き上がると、玄関のシリンダーが回ってちょうど遥が帰宅したところだった。
「ただいまー……きゃっ⁉︎あ、直樹おはよう、」
「…おはよーじゃねぇだろ、居候の分際で朝帰りかよ。何してた」
「え、合コン…行っていいって言うから…」
いいとは言ったが日時までは聞いていなかった。
長岡は悔し紛れに
「あそ……んで?いい男は釣れたかよ」
と寝癖の髪をわしわし掻いて目線を切る。
「んー…イマイチだった…街コンみたいな公園の夜桜合コンだったんだけどね、暗いし雰囲気に騙されそうな感じがして…適当に食べて帰っちゃった」
「お前にしちゃ賢いじゃねぇの……にしても遅かったな」
「うん…なんか運転しようと思ったら変な感じがしてね?もしかしてアルコール盛られたのかなって思ったら運転するの怖くって…車中泊しちゃった」
パンプスを脱いでブラウスもスカートも剥がして、キャミソールと生脚になった遥はコキコキと肩首を回した。
「なら言えよ」
「ごめん、でも直樹には面倒掛けっぱなしだから遠慮しちゃった」
そして言葉を失う長岡が包まっている掛け布団をめくり、
「もうこのベッドに体が慣れちゃったんだよね」
と添い寝体勢に入る。
「…そう、だろうな…」
何も無かったのか、長岡ははっきりと安堵するも、悟られないように手で口元を隠した。
怒れる立場ではない、寮母ではないのだから門限なんてとやかく言えない。
遥の保護者然とする自身が可笑しくて惨めでいけない。
「うん…直樹もなんか寝不足っぽい?」
「え、なんで?」
「寝癖のつき方で分かるよ、眠りが浅くて寝返り打つのが多い時はそんな感じ」
「そうなのか…」
勝手知ったる人の寝癖、本人すら知らなかった法則性を指摘されて長岡は目をぱちくりさせて二度寝に入った。
「今日は休みだねー…なにしようか…」
「何も予定はねぇよ…あのさ、合コンはいいけど晩ご飯の有無は教えてくれよ…晩飯の用意が無くて焦ったんだわ……とりあえず今夜はハルカの味噌汁が飲みてぇな」
「ん、分かった………ふふ、必要とされるって嬉しい♡」
でも意気揚々と合コンには行くんだな、言ってしまえば図に乗るだろうから長岡は入眠したふりをして返事をしないでおく。
恋愛感情が湧かないのだから「行くな」なんて言っても整合性のある理由説明ができない。嫉妬する資格も無い。
だからこの気持ちは遊び歩く娘を苦々しい気持ちで見守る父親のそれ…妹だの娘だの、長岡はやはりあくまで保護者感覚で遥を扱うことしかできない。
・
「そういえばね、公園にケルホイがいたの」
「はぁ…それは合コン参加者?」
ドライブスルーで持ち帰った昼食のハンバーガーにパクつきながら、長岡は記憶の中の奴の面影を探す。
「ううん、ナンパしてたっぽい。歩き回ってたよ」
「凝りねぇな…にしてもアグレッシブだねぇ」
「そういう経験の積み重ねでエッチが上達したんだろうね」
遥は体感済みのそれを思い出しつつ紙パックのミルクをちゅうと啜った。
「…そもそも…上手い下手ってのは…女の方から分かるもんなのか?」
「ん、分かるよ、私が思うのは技能じゃなくて運びの方だけど」
「はこび?」
「うん…展開って言うの?あーしてこーして、次はこーして、みたいな順番とか組み立てがスムーズだと上手いっていうか…慣れてるなって思う」
「そりゃヤリチンだから慣れてんだろ」
「詰まるところそういうこと…でもね、あたふたしながらいっぱいいっぱいになってるのも可愛いと思う」
「ふーん…」
なら俺は該当しねぇかな、そこまで素人じゃねぇし…長岡は口の中ぱんぱんにポテトを詰め込んでは咀嚼を繰り返す。
「直樹は?女の子のどんなとこが可愛いと思う?」
「可愛い…んー…顔」
「違う、仕草とか反応!」
「んー…尽くしてる感じ、一生懸命な感じが見えたらそう思うな…店でもさ、ルーティン化した熟れ感出されると萎えちまうな…事務的な感じ、ハイ次これ、みたいな」
「ふむ…恋人とも慣れたらそうなってくるんじゃないの?この前のリンちゃんみたいに」
それは昨年12月に自宅に呼んで遥とブッキングしてしまったデリヘル嬢のことである。彼女をリピート指名している長岡はツボも具合も上手いこと把握され、リンへ絶大な信頼を置いているのだ。
「あー、あの子は確かに慣れたな、でも商売女としか見てねぇから心から可愛いとは思わねぇなー…リップサービスで言いはするけどよ」
「ふーん…」
「なに…抱かねぇぞ」
「うん…分かってるぅ……ふー…」
同棲を始めてふた月が過ぎ、遥は長岡に隠していることがあった。添い寝で安息は得られるし家賃折半で家計は浮くし性処理をすることで褒めてもらえるし、精神の方は満ち足りているのだが、どうにもこのところ体が疼いていけないのだ。
彼女がセックスをしたのはケルホイ氏との昨年秋の一夜が最後で、以来自慰行為はあっても挿入を一切していない。
どうしたって抱いてくれない長岡との生活で我慢強さは鍛えられたものの、バイオリズムによっては急激に「シたい!」という衝動が爆発してしまうことがあるのだ。
なので昨夜の合コンも事と次第によってはホテルへ行ったって構わない、そんな気持ちで臨んでいた。
しかしどうも胡散臭いし遊ばれたくはないしで撤退、あの判断は自分でも正しかったと思っている。
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