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しおりを挟む家庭教師を始めてしばらく。
俺は誕生日を迎え24歳になり季節は梅雨入りし蒸し暑い頃。
いつものように二階堂家を訪問すれば、歩夢嬢は何故だろうるんるんと隠しきれない上機嫌が全身から滲み出ていた。
「…何か良いことでも?」
「分かるぅ?えへ、教えてあげようか」
「いえ、結構です。教科書開いて下さい」
「ちょっとぉ、聞いて、橘…私ね、彼氏出来たの!」
歩夢嬢はドヤ顔を決めて、目を爛々と輝かせる。
ほぉそれは良かったな。
とすれば跡取り候補が出来たじゃないの…俺が抱いた感想はそんなものだ。
「良かったですね」
「えへへェ…」
「では、始めましょうか」
「んー、」
歩夢嬢は指をもじもじとくねらせては机の隅に置いた自身の手帳をチラチラと窺って、ノートを開こうともしない。
部屋に漂う香りは湿気を纏い、歩夢嬢の態度と共にやたら鼻につく。
「……」
これは聞いて欲しいのだろう。
彼氏との馴れ初めであるとか告白のシチュエーションであるとか彼のスペックであるとかを。
あぁ面倒くさい、しかし給料が発生しているのだから早めに学習態勢に入ってもらわねばなるまい。
「…どんな方なんですか?」
そう聞けば歩夢嬢の顔はパァと華やいで、手帳を素早く手に取り
「見てこれ、カッコいいでしょう⁉︎」
とプリントシールの貼られたページを見せてくれた。
画質は荒いが何となく美形なのか。
チャラついたようにも見えないし爽やかな少年のように感じる。
「なるほど、学校の方ですか?」
「ううん、学校は違うけど幼馴染なの…小学校が同じでね、久しぶりに会って、告白されちゃったァ」
「ほー、それはそれは」
んー時間がもったいない。
無意識に腕時計に目をやると歩夢嬢はずいと身を乗り出して
「橘、嬉しくないの?」
と自分本位な質問を繰り出す。
嬉しいも何も「どうでも良い」のだが…お姫さまの機嫌を損なうのは得策では無いので笑顔を作った。
「…嬉しいです」
「だよね、私も嬉しい♡」
「おめでたいですね、これでセックスも出来るじゃないですか」
「セッ…た、橘ッ…そんな、そんなの…あんまり…」
自分が初日に持ちかけた話題なのに嫌に純な反応をする。
きっと知りたいだけの幼稚な欲求に実感が加わって慌てているのだろう。
夢見るのが楽しかったのに現物を突き付けられると躊躇してしまう。
人間とは昔から変化していないみたいだ。
「芋粥ですか。本旨は違いますけど」
「何?お粥?」
「習ってませんか?いえ…まぁ良かったじゃないですか。したかったんですもんね、どうぞ存分になさって下さい」
「……ねぇ、初めてって痛いんでしょう?大丈夫かな」
「私は男なので実感したことはありませんが、そう聞きますね」
「…裸を…家族以外に見せるっていうのは…凄いことよね」
歩夢嬢は手帳を閉じて、また机の隅に寄せる。
「そうでしょうね。ですからそれなりに信頼関係が出来てないと致せないんでしょう」
「…上手に…出来るかな」
「さぁ…分かりかねます」
不安を煽ることもないし勇気付けることもない。
俺はそれほどに歩夢嬢のロストヴァージンに関心が無い。
そりゃあ家庭教師初日は迫られてドキリとはしたがあくまで時と場を弁えろと慌てただけ。
覚えの無い騒動を背負い込むのが嫌なだけだった。
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