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しおりを挟む「良かったんですか?断って」
自宅へ帰る車内、とりあえずそこを尋ねておく。
「あんなお姑さんがいる所にお嫁になんて行けない。っていうか私はお婿さんを取らなきゃいけないんだから…あの人も、もしかして連敗中なんじゃないの?」
「そうかもしれませんね。そんな方でも、歩夢さまはイケるとお思いだったんでしょうね、片腹痛いです」
割れ鍋に綴じ蓋でマッチングしたのだろう、まぁ向こうは自分たちがなぜ連敗続きなのかは理解していなさそうだが。
「歩夢さま、紹介元にお知らせしておきましょうか。あそこまで舐められる筋合いはありません」
次なる被害者を出さないためにお達しでも出そうと思いきや、歩夢嬢は
「ううん、私もさ、その気も無いのにお見合い繰り返しちゃったから、本気で結婚考えてる人には申し訳なかったと思ってるの。その点では、私もこれまでの方を舐めてた。だから…不問で良いわ」
と寛大な措置で治めた。
「…そうですか」
確かに、するつもりもないのに見合いを重ねたのは言わば不誠実な荒らし行為だ。
まぁこちらの場合はそれ自体を楽しんでいた訳ではないし、嫌われる努力もせず断られているから向こうに痛みは無かったとは思うが。
面子がどうのとか言わずに最初から跳ね除けていれば良かったのだろう、終わったことだから仕方ないが次に活かせば良い。
「(見合い、まだすんのかな)」
歩夢嬢は今回が最後の見合いだと豪語したが、次があるのだろうか。
また期間を開ければ違う相手も出てくるだろうから、しばらく待って女を磨けば良い結果も出るだろう。
そして、それまでは俺を傍に置くよう考え直してはくれまいか…家に着いた後の説得方法を少し頭でシミュレーションしつつ車を運ぶ。
「…橘、あの部屋に入る前に、言ったことを憶えてる?」
「え…何でしたっけ」
「…私のこと、可愛らしいって」
「えぇ、申しましたが」
「…あのタイミングで、言うことじゃないと思うんだけど」
鏡の中の歩夢嬢は、もじもじとこちらを窺っている。
成就しないつもりで軽々しく吐いた言葉を大切に拾ってもらえて、俺はそんなところにさえ愛しみを感じてしまった。
「…歩夢さま、私は…最初こそ馬鹿なガキだと思って接していました。正直、つい最近まで」
「え、酷くない?」
変わらないそのリアクション、高校生だった歩夢嬢が脳裏に蘇る。
学業どころかマナーもモラルも欠落してそうなガキ、彼氏がいながら俺を使ってその愛を試した阿呆者。
しかし見守るうちに芽生えた感情はまさに『情』、愛着とかにも言い換えられるかもしれない温もりのある執着心。
「彼氏がいるのに私に抱かせて、馬鹿ですよ。でも私は人のものに手を付けるのに興奮する質ですので…その点は問題ありません」
「無いんだ」
「会う度に体を重ねて、貴女はフリーになって。でも私のものになった訳ではなくて…お見合いが始まって」
「やきもち妬いたの?」
「今思えばそうなんでしょう。歩夢さま、私は貴女に情が湧いたんですよ。親しんで、手放すのが惜しくて、人のものになるのが悔しいと…そう思うようになったんです」
「…それ、私のこと好きってこと?」
答えれば楽になるんだろうな、けれどそれが言えればここまで拗らせていない。
数分の沈黙の後、車は二階堂邸へ到着した。
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