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6…これもお食べ
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しおりを挟むそして聞き流しそうになったが私は栄さんの好みのタイプらしい。
話の論点を宇陀川か恋バナにするかで今夜の二人の関係は大きく動きそうな気もする。
「美羽ちゃんが来るのが嬉しいんだけど対応するのが億劫でね、そのー…君たちのイチャつきの燃料にされたくないというか…でも話しぶりとか反応見てるとあの人の女感が無くて」
「宇陀川さんの女じゃないんですもん」
「うん…ちょっとここじゃ言えないようなことも言われてさ、キモいし俺も感情殺して対応してたんだけど…なんか美羽ちゃんって話してて気が抜けるというか…なんか抜けてるだろ?気ぃ張ってるのが馬鹿馬鹿しくなってさ」
「キモいって…」
「違う違う、あの人の言うことが、ね。美羽ちゃんはなんて言うか…んー……悪い子じゃないんだろうなって…思ったんだよ…あ、あったかいうちに食べな」
「はい…」
「ここで言えないようなこと」とは何だろうか。
ここを出たら聞いても良いのだろうか。
とにかく私は栄さんには嫌われてはおらず脱力させる癒し系かつ好みのタイプらしい。
勧められたジャーマンソーセージドックに齧り付く角度を決めたら口へと運ぶ。
「……さっきみたいに大口で食べて」
「なぜ指示を」
「俺が買ったから」
「(威張ってる…)いただきます……あム…ん!」
歯を立てるとぶりんと千切れて溢れる肉汁、ちょっぴりスパイシーだけど嫌味の無い味付けのソーセージはデニッシュ生地のパンからはみ出すくらい大ぶりだ。
これが上のチーズソースとよく合うのだ。
私はアルコールはそれほど呑まないがきっとビールなどともマッチするのだろうと思う。
やはり温かいうちが美味しいな、はぐはぐ頬張っていると向かいの栄さんはまた頬杖になりじいっと私を見つめていた。
「……」
「あの、何ですか」
「ん…美味そうに食べるからね…見てて気持ち良い。俺、少食だから」
「そう、でふか…」
「頬っぺたが膨らんで…美味しい?」
「ム…はい、おいひいです」
「ぷふっ…」
あんまり考えたくはなかったが、栄さんは『人が食べている姿を見るのが好き』かつ『棒状の物を食べている姿を見るのが好き』な人なのではないだろうか。
ドックを口に含み切ったら興が削がれたように体勢を戻してしまったし、半分残ったチュロスをじわじわこちらへと手で寄せてきている。
「(変態さんなのかな…)」
「美羽ちゃん、これもお食べ、美味しいよ」
「ムぐ…いえ、そんなには」
「大飯食らいだろ?遠慮せず食べて」
「(言い方…)」
お腹は空いているし勧められるならと紙に包まれたチュロスを手に取れば、栄さんはごく自然な笑顔で目尻を下げた。
私が食べる姿を見せることでこの人に幸福を与えられるんなら両勝ちで悪いことは無いんだよな、先端に唇を付けたら彼の襟の上の喉仏がぐりんと上下する。
「…美味しい?」
「はい、美味しいです」
「うんうん……ぃぃ…」
ぼそっと呟いた語尾は聞き取れなかった、けれどおそらくマイナスな意味合いの言葉ではないのだと思う。
まるで味覚を分かち合っているみたいに栄さんは恍惚としていて、私は私でシナモンシュガーが塗された強歯応えのチュロスが実に美味で幸せである。
ひとつの食べ物を二人でシェアする熟れ感。
しかもこれらは彼の奢りだ。
ディナーとは言い難いが軽食デートとも取れるこの時間を共有できたことにいつにない喜びを感じた。
つづく
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