親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Past me, present me

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 高台の小洒落たレストラン、窓際の席からは海が見えて、でも夜だし何があるという訳ではないのでわびしさもあった。
「昼間だともっと海はキレイなのかも」
「っぽいですね」
「何にする?送るから呑んでもいいよ」
「いえ、ソフトドリンクで…古湊さんと同じものでいいです」
「分かった…ではこれを」
 彼は慣れた様子でオーダーしてから、鞄からタブレットを取り出して開く。
「さて…ライムさん、今日のスーツ、どうだった?着心地とか、嫌なところでもいいよ」
「え、えー…オーダーメイドだから寸法はピッタリでしたよ」
「色は?」
「もっと紫の濃いのとか好きです」
「なるほど、」

 テーブルに炭酸水とアミューズが届いても質問は終わらなくて、私はちびちび摘みながらそれでもお上品に答えていった。
「まず新作コンペに…今日撮った写真を出す、ゴーサインが出たらもっとバリエーションつけて…色もデザインも…却下されてもイメージビジュアルとしてカタログの表紙狙えないかなーとか思ってる」
「古湊さんに決定権は無いんですか?」
「うん、広告は広報メインで決めてもらってる。商品化は他のデザイナーさんとかと一緒に…僕もアピールするけど多勢に無勢と言うか…社長権限はほぼ無い。……ライムさん、淡々としてるけど…結構評判いいんだよ?」
「あんまり実感無いので…」
 まぁSNSの反響は以前見せてもらったから知っているけど。そもそもが着たい服のジャンルではないのでテンションはまずまずである。
「ロリータだとモデルさんも童顔とか揃えがちなんだけど、ライムさんはそこまでじゃないだろ?小柄でもね。評判次第では…ゴシックとクラシカルを分けて行きたいんだよね…アンティークとかヴィンテージとか、スチームパンクって分かるかな?あぁいうの好きなんだ」
「歯車とか」
「そう!セピアで茶色っぽい世界観…好きなんだ…ライムさんに似合うやつ」
「認められると良いですね」
「うん…美味しい?」
「はい、」
 食べているのが何の肉かは分からないけど味は美味しい。
 好みを語る古湊さんは少年っぽくて可愛らしかった。
 けれど今夜のこのディナーは仕事の延長というところか、雰囲気で口付けたくらいでぽんと恋愛に発展してしまうほど私たちはお子様ではない。

「そういや…聞いてなかったですけど、古湊さんっておいくつなんですか」
「ん?んー…ライムさんより10は上だよ」
「…見えない…若気ですね」
「ベビーフェイスなんだ、はは…渋い大人になりたいけど…どうだろうね」
 そう言って笑う目尻には年相応のシワが入る。
 大人を意識すれば急に居た堪れないというか膝を合わせてモジモジしてしまった。

 彼は私のことを少なからず好いてはくれているのだろう。
 だとすれば言っておかねばスッキリしないような気がして…
「この前体型の話をしてから思い起こしたんですけど、私、今はこんなですけど…つい去年くらいまでは、マウント女だったんです」
と過去の過ちを切り出す。
「…体型の?」
「ええ。職場の長身モデル体型の上司に小柄アピールして、嫌な態度取っちゃって…でもその人が正してくれて…今私が淡々としてるのはその反動というか…まぁこれが素なんですけどね」
「そう、でも自分に自信持つのは良いことだね」
「けど背の高い人や太った人をけなしちゃってたんです、良くないことをしてました」
 炭酸水の泡がグラスの底からしゅわしゅわ浮いてくるのをぼうっと眺めて、次の料理の皿が置かれるとその振動で溜まっていた泡が一気に水面へと昇っていった。
「悔やんでるんなら…良いんじゃない?切り替えて前向いて行こうよ」
新しいナイフとフォークを手にした古湊さんがポツリと呟く。
「はい」
「過去にそういうモデルがいたけど現場の雰囲気が悪くなって困ったもんだよ、もしライムさんが他のモデルさんを貶すような人ならここまで重用してないだろうね…僕も吾妻さんも、写真の出来と現場の雰囲気を両立させたいタイプだから。そういう点でも、吾妻さんの眼は間違ってなかったってことだね、こうしてデートまでしてくれて僕は嬉しい」
「デート」
 やっぱりデートなんだ、ほんのりとした好意は案外くっきりしてるのかな、私もシルバーを手に温かい料理を摘んだ。

 なごやかに食事をしてテラスで暗い海を眺めつつデザートをいただいて…分かっていたけど「誘ったんだから僕が払うよ」と割り勘は拒否された。
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