親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Little princess

35(最終話)

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「ふー」
 新天地への出発というほどでもないけれど気持ちを切り替えてやって行こう、小さいけれどパワフルで何にも負けない母になるの、周囲の言葉や好奇の目にも。

「ただいまー」
 タクシーで帰宅すると、リビングには頭を抱える夫の姿があった。
「あ、おかえり」
「どうかしたの?」
「んー、明日も撮影じゃない?このペースで撮っていくとフォトブックのページ数が予定より多くなっちゃうんだよね」
 パソコンの画面には私の丸いお腹やそこに唇を寄せる夫の自己陶酔も良いところのマタニティフォトの数々。もちろん同意して撮っているが不意打ちで見せられるとどうも小っ恥ずかしい。
「ひと月につき1枚で良いんじゃないの?」
「ん~、どれも捨てがたいんだよね…これ本として売り出したら怒る?」
「怒るし、実家に帰る」
「やだ、冗談だよ、じょーだん♡」
「どうだか…」
 取り繕う夫を尻目に私は夕飯の準備に入る。
 ちなみにだが私は夫に対して完全にタメ口になったけれど彼はいまだに私のことをさん付けで呼んでくれる。「何故か」と聞けば「大切だから」だそうで、その名の通り敬称を付けて敬いたいからだと言う。

「ラムさん、ねぇ、ベビー服も考えてるんだけど後で見てくれる?」
「メイデンの?…でもうち男の子だよ?」
 私の腹の中の人はエコーにて陰嚢いんのうの影が確認されている。
 今では派生シリーズが増えてしまったがメイデンは基本ロリータ服のブランドであって、特色はピンク・花・フリルの『華やかな可愛さ』を全面に出したスタイルだ。男児だって可愛いものを着せたらとは思うがメイデンでやる事ではないのでは、可愛い赤ちゃん服は好きだけどはたから見て性別を勘違いされるような格好をさせたいとは思わない。
「男の子だって可愛いの着たら良いじゃない」
「それは理解したいけど、メイデンは明らかに女子に着てもらう服じゃん。デザイナーがそれ言っちゃうとなぁ……あ、ならユニセックスにしたら?ロリータじゃなくて…童話シリーズとか。トラッドも落ち着いてて良いと思う…でも安価で洗い易いやつね…模様はアーガイルとか」
「あ、良いね…メモ、メモ…」
夫はタブレットPCに取り急ぎ出て来たワードをメモしてはファイルを分けていく。
 そして突如ため息をついては
「…これからはピンクイコール女の子って考えは無い方が良いのかな」
などと自身のブランドの根底を覆しかねないことをぽろっとこぼした。
「固定概念は壊していくべきなのかも。男の子でもピンク好きな子もいるだろうし、嗜好で性は左右されないし。うちの弟は薄紫が好きだけどバリ男だよ。私の主戦場のアンティークラインだってくすみ系でピンクは使ってない。でも可愛い、」
「だよね、でも…『可愛い』を押し出す仕事してきたからなぁ…女の子に可愛いを押し付けるのってもうダメなのかなぁ…」
 なんでも最近性解放運動家とやらにSNSでメイデンが名指しで攻撃されたらしい。『女性に可愛さを求めるな』とかなんとか…それこそ個人の嗜好の問題だけど夫は重く受け止めて考え込むことが増えている。
「違うよ、選べば良いの。咲也さんは可愛いものを着たい人のための服を作るの。もちろん男の人だって着ても良いよ、好きなものを着たら良いの。それを押し付けないなら良いのよ…可愛いものを着たいっていうお客さんのために作るの、可愛いのを求めない人は買わなくて良いの、選ぶ自由があるの」
「そっか…そうだよね…ラムさんにまたアイデア貰っちゃったな…」
 時代は変わってもきっとスカートやフリルは絶えることは無いし求める人は必ずいるはず、その人達のために文化を繋いでいくのが彼と私の仕事だ。
「あ、」
「なに」
「メンズ用のロリータドレスってどうだろ」
「……採算とか気にしないなら…出せば良いんじゃない?」
「受注生産にしようかな…」
「…咲也さん、メンズ向けの可愛いワイシャツとかから始めてみたら?」
「…刺繍ししゅうとか?」
「うん。ポケットにワンポイントとか…ネクタイで見えない所に可愛いボタン使うとか、見せるバージョンも…あ、可愛いタイピンとかは?」
「良いね、わーラムさん、本当君は僕の宝物だよ、愛してる♡」
「はいはい、ご飯作るから離れてね」


 今宵も彼の頭には数々の『可愛い』が浮かんでねられて形になっていく。私はたまに創造主の隣から口を挟んでは新たな『可愛い』を足していく。
 物作りってまるで世界を創成した神様の気分ね、そう言うと夫は笑ってキスをし同意してくれた。
「神様で、お姫様で、救世主、ラムさんは肩書きがいっぱいだね」
「全部咲也さんがくれたんだよ」
「そうさ、ラムさんは僕のお姫様だ。ちょっと冷めてるけどそこが良いんだ、強気で可愛い…僕の親指姫♡」


 順調に事が進んで数年後、メイデンに男性用ラインができることになるのだけど…それはまだ先の話、でもそう遠くない未来の話。
 そしてそれを着てセットに立つ彼は笑顔で私を迎え入れる。

 彼が与えてくれた服をまとった乙女な私を、いつまでも小さな私を。



おしまい
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