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黒乃

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第三話

第五十八節 友の帰りを願う

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 スグリがヤクにレイのことを話してから、一年の時が過ぎた。
 士官学校は三年間のカリキュラムで構成されている。第二学年になってからは、より実践的な模擬戦を行うようになってきていた。スグリもヤクも順調に力をつけ、学年首位の成績を保ち続けている。

 この一年間で、ヤクの様子に変化が起きたことをスグリは感じ取っていた。ちょうど一年前の頃と比べると、張りつめたような雰囲気は鳴りを潜めている。精神的にも落ち着きを見せているようで、そこはスグリも一安心していた。
 彼の中でどんな変化があったのかは知らない。尋ねてみようとも思ったが、彼なりに現実を噛み砕いてくれたのだろう、そう考えるようにした。下手に刺激して今の状態を悪化させることもないだろう、と。だがいつまでも、度々夜に出掛けて行われているらしい特別訓練、とやらの正体は掴めないままだった。

 さて今年も施設内グラウンドや校舎内施設の整備のための、休校期間の時期になろうとしていた。スグリは今年も、孤児院に里帰りしようと予定を立てた。ヤクも誘ったのだが、やはりというか予想通り断られてしまう。
 しかしレイのこともあるからだろう、昨年とは違い必ず一度は戻るから、と約束を交わしてくれた。いかに彼でも、慕ってくれているレイのことまで放り投げるほど人でなしになっていないようだ。不満がない、というわけではないが及第点ということでスグリも納得した。

「必ず来い。レイのこと泣かせるんじゃないぞ」
「わかっている。私もあの子のことを泣かせたいわけじゃない」
「……なぁ、やっぱり教えてくれないのか?特別訓練って、何してるんだよ」
「……秘匿事項だ。申し訳ないが、お前にも教えることはできん」
「……そうかよ」

 こんなにヤクが頑なになるのは珍しい、とすら思う。それまでは多少の秘密事があったとしても、ヤクはスグリに打ち明けていた。スグリも、そんな己を頼ってくるヤクのことを好いていた。自分は彼にとって大切な存在なのだと、実感することができていたのだ。
 それがここ最近の彼のどこか冷たい反応に、彼は鬱屈感を覚えていた。過去に一度だけ、己に何か原因があるのかと尋ねたことはあった。その時のヤクの回答は、否。お前は関係ない、とすら言われた。

 そのことに安堵はしたが、改善策は思いつかないままだった。そして時間だけが無駄に流れてしまい、今に至る。この一年間の間でスグリの目には、己とヤクの間には深い溝が見えてしまっていた。
 確かに共に過ごし、共に自主練習もしているのだが、目の前の人物が見知らぬ他人に思えてしまう。目の前の彼は本当に、幼馴染のヤク・ノーチェなのか。こんな考えが思い浮かんでしまうほど、スグリはスグリで追い詰められていた。自覚したのは、つい最近のことだが。

 ゆえに正直なところ、一緒に孤児院に里帰りしないと判明したとき、安堵したことを覚えている。このままでは己の不甲斐なさに潰されてしまいかねない、と危機感すら抱いていたのだ。少しばかりガス抜きも必要だ。己にも、ヤクにも。

 そんなことを考えている間に休校期間に入り、スグリは昨年同様準備を整えて孤児院へと向かう。休校期間以外にも、休みの時には彼は時折孤児院に行き、顔を見せていた。帰るたびに寄ってくる子供たちの相手をしているときは本当に楽しく、スグリ自身も安らげていた。

「あー!スグリにーちゃんだ!」
「おかえりなさーい!」
「ねぇスグリにーちゃん、遊んで!」
「はいはい、わかったから順番な」

 元々面倒見のいいスグリは、子供たちに懐かれやすいらしい。彼が孤児院に来たと分かった子供たちが、一斉に彼に群がる。その中にはレイもいた。他の子供たちともうまくやっているようで、彼らと共に笑顔を見せながら近寄ってきた。
 そしてどうやらその日はルーヴァも顔を出しに来ていたらしく、廊下の奥からリゲルと共にスグリを出迎えた。

「おかえり、スグリ」
「ああ、ただいまルーヴァさん。リゲルも元気そうでよかった」
「そういうお前さんもな。休校期間なんだろう?ゆっくりするといい」
「そうさせてもらうさ」

 挨拶もそこそこに、まずはいつものように自分たちが使っていた部屋に荷物を置く。荷物整理が終わろうとしたところに、訪問者が尋ねに来た。ドアをノックされ返事を返せば、そこにはレイの姿。どこか落ち着かなそうな雰囲気を纏わせながら、部屋に入ってくる。

「スグリにーちゃん!」
「レイ、どうした?待っていられなかったか?」
「えとね、その、ヤクにーちゃんはいないのかなって……」

 彼の言葉に、つきりと胸が痛んだと同時に申し訳なさを抱く。レイはヤクに助けてもらったということもあるからか、自分よりも懐いている。もちろん、だからといってスグリに懐いていないというわけではない。
 ただ時折顔を見せに来るたび、なかなか会えなくて淋しい、と彼はスグリに愚痴を零していた。そのたびにレイに謝り、その分遊び相手にもなっていた。そんな中で今回もスグリだけが帰ってきたのだ。ヤクも共に来てくれるものだと、期待していたところもあったのだろう。

「……ごめんな」
「そっかぁ……。ヤクにーちゃん、おれのこと嫌いになったのかな……?」
「それはないぞ」

 しょぼくれた様子のレイを慰めるように頭を撫で、諭すように語る。
 決してヤクはレイを見捨てないこと、嫌いになったというわけではないということ、そしてヤクはレイのことを大事に思っていること。

「といっても、寂しいものは寂しいよな」
「うん……」
「なら、今度来た時に目一杯甘えればいい。沢山遊んでほしいって我が儘を言っても許されるさ」
「本当?」
「ああ、本当だ」

 スグリの言葉に、レイは機嫌をよくしたらしい。満面の笑みを張り付け、大きく頷いた。まだ少し整理しなければならない荷物が残っていたが、後回しにしてもいいだろう。そう判断したスグリはレイを肩車する。レイも普段見れない視線からの光景にテンションが上がったらしく、きゃっきゃと笑う。

「おおー!すごく高い!」
「どうだ、いい眺めだろ?」
「うん!お外も見たい!」
「よーし、なら見に行くか。天気もいいからな」
「行く!」

 部屋を出た二人はそのまま孤児院の庭へと向かい、レイが満足するまで肩車をするスグリであった。ちなみにその姿を見たほかの子供たちが次々とスグリに肩車をせがんだのは、言わずもがな。ひとしきり子供たちの相手をしていたら、時間もあっという間に過ぎるというもの。いつの間にか子供たちは寝る時間となっていた。

 やがて子供たちを寝かしつけた後、一息つこうと休憩室に向かう。お茶でも飲もう、部屋の明かりをつけて準備をしていると、そこにルーヴァが尋ねてきた。彼も子供たちを寝かしつけ終わったらしい。

「おやスグリ、起きていたのかい?」
「なんか喉が渇いて。それにまだ寝るには早いから、折角だし茶でも飲もうかと思ってたんだ。ルーヴァさんもよかったらどうだ?」
「そうだね、ご相伴にあずかろうかな。そういえば、確か戸棚に煎餅があったはずだよ。お茶請けにどうかな?」
「じゃあ、遠慮なく」

 お湯を沸かし急須に茶葉を入れたりなど用意をしてから、二人は昔のように対面に座り、一服する。一口お茶を飲んで息を吐けば、ルーヴァからねぎらいの言葉がかけられた。

「お疲れ様。一日中引っ張りだこだったね」
「ああ、ありがとう。せがまれるとつい、面倒を見たくなっちまうんだよな」
「スグリらしいね。昔からキミは面倒見のいいお兄ちゃんだったものだから、子供たちも嬉しいんだよきっと」
「だといいんだけどな」

 そんな他愛ない話をしながら、二人はつかの間の休息を楽しむ。ルーヴァはこの一年間の内に昇格して、魔導部隊の副部隊長に任命された。忙しさも倍増しているはずなのに、こうして時間を見つけては孤児院に顔を出しているとのこと。今日再会できたのは、本当に偶然だったとルーヴァは何処か嬉しそうに笑う。

「こんな偶然がいつまでも続けばいいのにね」
「はは、言えてる」
「ふふ。……ところで、ヤクとは、この一年間で何か進展はあったのかな?」
「え……」

 不意に話題を切り替えられ、思わず言葉に詰まる。それを見越してか、ルーヴァはスグリと再会したらそのことについて尋ねるつもりだった、と白状した。一年前にスグリから相談され、自身もヤクと再会したときに話をしたが、その後の経過はどうなのか、気になっていたそうだ。

「レイにとってのキミがそうであるように、僕にとってキミは家族であり、大事な弟だからね。今ここには僕とスグリの二人しかいないんだから、もし吐き出したいことがあるなら遠慮なく言ってほしいな」
「ルーヴァさん……」
「それに、キミはいつも何かと一人で解決しようとする癖があるからね。自分で抱えられるもの以上のものを背負おうとするのは、よくないよ」

 諭すような物言いと思慮深い瞳で見据えられ、スグリは観念したようにため息を一つ零す。この人には敵わない、自虐的に笑う。

「……本当、全部お見通しなんだもんな」
「だてに保護者してないよ」
「そう、だよな。……聞いて、くれるか?」
「うん、いいよ」

 ルーヴァから許可を得たスグリは、視線を一度湯呑に落としてからぽつりぽつりと心情を吐露し始めるのであった。
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