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弟の卒業式は前々から見に行こうと画策していた。
当日になって公平が休暇だったから同行を誘ってみた(修十は勝手についてきた)のだが、律がとても嬉しそうにしていたので自分も感慨深い。
何はともあれ一区切りついたような心持ちだ。
桜吹雪の下四人そろえたことはおれも嬉しい。
ふと、卒業式の思い出が脳裏に蘇る。
あれは小学校の卒業式だ、おれと修十が卒業した日公平と手を繋いで家に帰った記憶がある。
思えばあの時にはおれは公平を律のように可愛がっていた。隣の家といってもほぼ毎日会うし、修十は昔から好き勝手動くタイプでよく公平を置いてけぼりにしていた。
その日も式が終わって、修十は友人たちとそのままどこかへ遊びに行ってしまった。
そういう時はおれが公平と一緒に帰る。
だからその日も一緒に帰宅しようと公平を探していたら、女子生徒と公平が二人きりで話している場面に遭遇したのだ。
あの時のなんとも据わりの悪い心持ちはよく覚えている。
理由は子ども心にわからなかったが今になって嫉妬だったのだろうと見当をつけた。
それはいわゆる告白の場面だったのだ。
小学四年生といっても恋愛ごとというのはあるものだ。おれも何回か告白された経験があるので雰囲気で察した。
女子生徒は公平に想いを伝え、公平はそれをお断りしていた。
泣きながら女子生徒が去っても突っ立っている公平におれはおそるおそる近寄った。
「どうした? 泣いてるの?」
公平は泣いてなどいなかった。
おれに一部始終を見られていたことに一瞬驚きはしたものの、すぐいつも通り静かな表情に戻った。
だがどこか、その時のおれは直感で違う、と感じたのだ。
目が揺れているような。そもそも泣いているのではと勘違いするような背中だったのだ。
「怖いの?」
おれの質問に公平は首を傾げていた。
自分でもよくわからないのだろう。
「好きって言われたんだろ? 好きじゃないってちゃんと言えた?」
公平はこくりと頷く。
おれはそれに満足した。女子生徒への同情や憐憫など持ち合わせていない、子どもながら残酷だ。
「好きじゃないならそれでいいんだよ」
とおれが公平を納得させようとすると公平はぽつりとこぼす。
「すき、って」
「うん?」
「いっしょにいたいってこと。だから、それはできないから」
ぜったいにできないから。
そんなふうに言っていた小学校四年生の公平は、やはり泣いてなどいなかったがどこか寂しい空気をまとわりつかせていた。
おれは中学にあがって公平と一緒に学校に通わなくなり、あまり会う時間もなくなってからようやく彼が恋しくなった。
昔から喋ってげらげら笑う学生同士の付き合いが馴染めないうえに馬鹿なように見えていたおれは、静かな公平の隣にいることが好きだったのだと気づいて。
でもその気持ちを反芻するたびにその公平の言葉を思い出す。
公平は誰かの「好き」をぜったいにうけいれることがないのだと思ったのだ。
だからおれは公平のことが好き「だった」。
おれのこの感情はどこにもいかない、自分の中だけで終いになるものだと思っていたが。
修十の言葉に目から鱗が出たような気持ちだ。
好きにしていい、と、自由にしたっていい、と律に言っていた時おれのこの感情もすくわれた気がしたのだ。
だから、おれはまた公平を好きになるのかもしれない。
雨が降っている。
律はクラスの集まりに行っていて帰ってくるのは夕方だ。
それまでにおれたちは夕飯の準備をする。
「なー、俺ケーキとってくるなー」
「くれぐれも落としたり転んだりするなよ、事故にあってもケーキだけは死守しろ」
「あほか!」
修十が傘をさして家を出て行く。
おれは部屋の片付けを済ませてテーブルを拭いて、カトラリーのセットをした。手持ち無沙汰になりキッチンでサラダとスープを作っている公平の方へ向かう。
「なにか手伝うことはあるか?」
「んー、無い」
ミニトマトを切っている公平の手をぼぅっと見つめていると公平が首を傾げておれにトマトのかけらを突き出してきた。
「食べたいの?」
どくりと心臓が中から胸を叩いたような気がした。
これが俗に言うドキドキするというやつか。
公平の指と赤いかけらを見つめおれは唾を飲み込む。
口を少し開けて近づけると公平がおれのそこへミニトマトを入れた。
唇に、指先が触れた気がする。
おれは口の中でトマトを転がす。
公平は引き続き野菜を切っている。
包丁がまな板を叩く音と雨が窓を叩く音にまじっておれの胸の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思った。
「美味い」
ミニトマトは飲み込んでおれはまだ指先を眺めていた。
きっとこれは抜け駆けでは、ないはずだ。
当日になって公平が休暇だったから同行を誘ってみた(修十は勝手についてきた)のだが、律がとても嬉しそうにしていたので自分も感慨深い。
何はともあれ一区切りついたような心持ちだ。
桜吹雪の下四人そろえたことはおれも嬉しい。
ふと、卒業式の思い出が脳裏に蘇る。
あれは小学校の卒業式だ、おれと修十が卒業した日公平と手を繋いで家に帰った記憶がある。
思えばあの時にはおれは公平を律のように可愛がっていた。隣の家といってもほぼ毎日会うし、修十は昔から好き勝手動くタイプでよく公平を置いてけぼりにしていた。
その日も式が終わって、修十は友人たちとそのままどこかへ遊びに行ってしまった。
そういう時はおれが公平と一緒に帰る。
だからその日も一緒に帰宅しようと公平を探していたら、女子生徒と公平が二人きりで話している場面に遭遇したのだ。
あの時のなんとも据わりの悪い心持ちはよく覚えている。
理由は子ども心にわからなかったが今になって嫉妬だったのだろうと見当をつけた。
それはいわゆる告白の場面だったのだ。
小学四年生といっても恋愛ごとというのはあるものだ。おれも何回か告白された経験があるので雰囲気で察した。
女子生徒は公平に想いを伝え、公平はそれをお断りしていた。
泣きながら女子生徒が去っても突っ立っている公平におれはおそるおそる近寄った。
「どうした? 泣いてるの?」
公平は泣いてなどいなかった。
おれに一部始終を見られていたことに一瞬驚きはしたものの、すぐいつも通り静かな表情に戻った。
だがどこか、その時のおれは直感で違う、と感じたのだ。
目が揺れているような。そもそも泣いているのではと勘違いするような背中だったのだ。
「怖いの?」
おれの質問に公平は首を傾げていた。
自分でもよくわからないのだろう。
「好きって言われたんだろ? 好きじゃないってちゃんと言えた?」
公平はこくりと頷く。
おれはそれに満足した。女子生徒への同情や憐憫など持ち合わせていない、子どもながら残酷だ。
「好きじゃないならそれでいいんだよ」
とおれが公平を納得させようとすると公平はぽつりとこぼす。
「すき、って」
「うん?」
「いっしょにいたいってこと。だから、それはできないから」
ぜったいにできないから。
そんなふうに言っていた小学校四年生の公平は、やはり泣いてなどいなかったがどこか寂しい空気をまとわりつかせていた。
おれは中学にあがって公平と一緒に学校に通わなくなり、あまり会う時間もなくなってからようやく彼が恋しくなった。
昔から喋ってげらげら笑う学生同士の付き合いが馴染めないうえに馬鹿なように見えていたおれは、静かな公平の隣にいることが好きだったのだと気づいて。
でもその気持ちを反芻するたびにその公平の言葉を思い出す。
公平は誰かの「好き」をぜったいにうけいれることがないのだと思ったのだ。
だからおれは公平のことが好き「だった」。
おれのこの感情はどこにもいかない、自分の中だけで終いになるものだと思っていたが。
修十の言葉に目から鱗が出たような気持ちだ。
好きにしていい、と、自由にしたっていい、と律に言っていた時おれのこの感情もすくわれた気がしたのだ。
だから、おれはまた公平を好きになるのかもしれない。
雨が降っている。
律はクラスの集まりに行っていて帰ってくるのは夕方だ。
それまでにおれたちは夕飯の準備をする。
「なー、俺ケーキとってくるなー」
「くれぐれも落としたり転んだりするなよ、事故にあってもケーキだけは死守しろ」
「あほか!」
修十が傘をさして家を出て行く。
おれは部屋の片付けを済ませてテーブルを拭いて、カトラリーのセットをした。手持ち無沙汰になりキッチンでサラダとスープを作っている公平の方へ向かう。
「なにか手伝うことはあるか?」
「んー、無い」
ミニトマトを切っている公平の手をぼぅっと見つめていると公平が首を傾げておれにトマトのかけらを突き出してきた。
「食べたいの?」
どくりと心臓が中から胸を叩いたような気がした。
これが俗に言うドキドキするというやつか。
公平の指と赤いかけらを見つめおれは唾を飲み込む。
口を少し開けて近づけると公平がおれのそこへミニトマトを入れた。
唇に、指先が触れた気がする。
おれは口の中でトマトを転がす。
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きっとこれは抜け駆けでは、ないはずだ。
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