魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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飛空の章

第十七話 初陣の終わり

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その後も、織田秀信が率いる隊は済州島から出る事は無かった。

結局細川ほそかわ忠興ただおきが率いる一万四千ほどが九番隊の本隊のような扱いをされ、半島内を駆け回っている。

晋州城攻略には失敗したものの、野戦では滅法強く、戦果として報告が挙がってきていた。
必然的にそれらの武功は九番隊総大将として名が記された己にも関わるものと扱われ、それが歯痒い気持ちにもさせられた。

――自分は何もしていないのに。

済州島での日々は相変わらず忙しいものだったが、再編した一万余は大きな問題を起こさず機能していた。
散発的な襲撃も損害をあまり出さずに撃退できており、諸将がしっかりと兵を掌握できている事が分かる。

俺ではできなかった事だ。

しかし、こういう日々は兵も将も膿む。自分たちと同じ九番隊を号す別動隊が戦果を挙げているのだ。焦りと共に、いつまで留め置かれているのかと不満も溜まる。
それを抑える事も、将としての役目だった。





年が明けた頃から、徐々に戦線の雲行きが怪しくなってきた。

これまでの快進撃の勢いが止まり、再び動き出したみん国軍による奪還戦でいくつかの城から撤退を余儀なくされているらしい。

攻め手に特化している事、そして朝鮮国の城砦の扱いに慣れていない事もあるが、守りに弱いという印象を与えてしまっている。
しかし攻めている時は強く、一進一退の膠着状態に陥っていた。 


一方、こちら側では風土の病が兵の間で流行り、その対応に追われていた。
秀勝を死なせた病かもしれない。

病を得た者は隔離するよう指示し、まだ体力のある者は船に乗せて本土に帰した。
しばらく養生すれば治るもののようで、難しい病ではないらしい。
しかし、衰弱が進むとどうにもならず、本土に戻っても快癒しなかった。

岡本の進言で、全員が二人組となり、毎朝病の兆しがないかを確認するのが日課となっている。

見えない敵との戦い。
そもそも、こんな場所に留まらなければ起こらなかった事態だ。
時折不満を爆発させるように暴れる者が現れ、停滞した済州島に不穏な影が落ちていた。





文禄二年、七月。

一年半に及んだ朝鮮征伐は呆気なく幕を閉じた。

豊臣軍と明国軍との間で講和が成ったのだ。
理由は、互いの兵糧不足によるものだった。

三月の頃に大規模な兵糧庫が焼かれてしまったらしく、こちらへの補給を大きく削ってでも半島へ供給する事態になっていた。

そして明国側からしても、大軍を維持していた補給が限界を迎え、半島内で徴収や略奪に近い形でかき集めていたのだが、ない袖からは何もでてこない。

奉行衆と明国の使節との間で講和交渉が行われ、明国が全ての条件をのむ形での終戦となった。
つまりは、豊臣軍……日ノ本の勝利である。


守備隊を残し、半島に進出していた攻撃隊は次々と撤収してきている。
黒田くろだ長政ながまさら三番隊、加藤かとう清正きよまさらの二番隊、小早川こばやかわ隆景たかかげら六番隊の渡航を助け、今日来たのは福島正則ら五番隊だった。
彼らを見送れば、細川忠興達が戻ってくるらしく、九番隊も撤収できる手筈になっていた。

兵たちもあとひと踏ん張りだと、気合を入れ直しているところだった。


「おう、聞いていた通り、九番隊の大将は小童か」
岡本重政と船の振り分けを話していた時、背中から声を掛けられた。

「これは、福島ふくしま正則まさのり殿」
岡本が頭を下げるので、俺も軽く頭を下げた。

分厚い胸板に、太い腕。顔立ちはさして整っていない。むしろ、どこか粗野な印象さえある。
だが、目だけが異様だった。鋭く、強く、熱を帯びた眼差し。まるで、見ただけで相手を焼き尽くすような剣呑な光を湛えている。


――これが……福島正則。

戦場の鬼。秀吉の養子にして、常に最前線に立つ猛将。
賤ケ岳しずがたけの戦いでの武勇は、今では演目の物語にすらなっている。

齢は三十を過ぎた頃だと聞いていたが、何もかもが大き過ぎた。声も、背も、存在そのものも。


「お主が信長公の孫ってやつか。ようやくその面を拝めたわい」
福島がそう言ってニタリと笑った時、その笑みにこそ、秀信は言い知れぬ“獣性”を感じた。

これまでも名だたる武将たちを目の当たりにしてきたが、この福島正則という男は何かが違う。
今まで会ってきた者たちは、”武将”でありながらも”大名”としての顔が強かった。

つまり、考えているのは自国の繁栄であり、その為に戦に参じている。そんな考えがあるように見える。

しかし、この福島正則からは、そういった裏側にあるものが全く違うように思えた。
それが何なのかは、まだ分からないが。

「この度の武功、大変なものと聞いております」
「……まあ、つまらん戦だったがの。どれ、二人で話をせんか、互いに隊を預かる大将同士で」

あまり気乗りしないものの、岡本を見遣ると行けと顔を振るもので、仕方なく陣中へと福島を通した。


「ずっとここに釘付けだったらしいな」
「はい。昨年の十月からずっと。ここの兵たちは、七月からですね」
「少し陣内を見物していたが、思っていたよりも士気が高い。地味だが、これはなかなかの事だ」
「そうでしょうか……初陣故によく分かりませぬが、諸将らの努力の賜物です」

俺の返事を聞いた福島は唇を鳴らすように大きく息を吐き、そしてこちらを睨む。

「つまらん返しばかりをするのう。もうちょいその歳らしい驕りを見せんか」
「とは言っても、これは私の正直な気持ちです」

本心であり、自分がどうこうよりも、それぞれが二千の兵を担当している将達が細かく目利きしているからこそだと思っている。

「わしがお主の年の頃は、幾つ大将首を挙げるかと、そればかりを話しておったというのに」
「それは……まあ、時代が変わりましたから」
「つまらん。おい、酒はあるか?」
「ええ、物資が乏しくなった故にあまり良い酒はありませんが」
「呑めればなんでもいい。持ってこさせろ」

小姓に命じて酒を持たせると、福島の盃に酒を注ぐ。

「なんだ、お主は飲まんのか?」
「生憎、あまり得手ではないようで」
「益々もって、つまらん」
そう言うと俺の持つ酒瓶を取り上げ、手酌で次々と酒を飲みこんでしまう。

これほどの早さで飲む人物は、初めて見た。

「さっきの話だが、ひと所に、それも戦にならぬ場所に留め置かれる兵は、どこか腐るものだ。死にたくない者には丁度よいが、雑兵でも武功を手にしたいと考えている者は多い。だからいつ終わるとも知れぬ戦の後方に取り残されると、軍律は乱れ、暴動も起きる。わしはそういった様を見てきた」
「はあ」
次の酒を待つ間、福島は据わった目でこちらを見る。

「実際起きていたのだろう?」
「それは……はい。その通りです」
歯に着せぬ物言いに、思わずたじろいでしまう。

「お主はそれを治めた。そして今の軍を見れば分かる。一兵の隅々にまで、軍律が行き渡っていると。これはまあ、わしぐらいであれば鼻の糞をほじり出す程度でできるが、名の無い大名どもではそうはいかん。わしは、そこを褒めている」
「はあ」
随分と下品な物言いだ。他の者の前でもこの調子なのだろうか。

「それに、初めてわしを前にして小便を漏らさない童はなかなかの肝っ玉よ。そこらの小童であれば糞まで漏らすぞ」
「福島殿……先ほどから、お言葉が」
「なんじゃつまらんのう。笑わんか」
そう言って自分が笑い出し、差し出された酒瓶に口をつけて飲みだしてしまった。

「まあ、小童にしてはよくやっておるよ。こんなつまらん戦場で、膿まずに耐えた。誇れ」
「福島殿の武功に比べれば、無きに等しいものでございます」

「……はあ。まあよい。こうして二人きりにしたのにはな、これはと思っている連中に話をしているからだ」
再び酒をもたせる為に小姓らを出張らせた直後、福島は俺に顔を寄せて小声で話し出した。

「石田の阿呆がつまらんことをしおった。此度の戦、引き分けで話を落ち着けたのよ」
「引き分け……? 講和条件の全てを明国がのんだのでは?」
「違う。今頃明国の連中は戦勝祝いでもやっておる頃だろう。向こうは向こうで、豊臣が全ての条件をのんで降伏したと伝えている」
「そんな……それは、真ですか?」
「わしがつまらん法螺を吹くと思うなら捨て置け。秀吉の親父にこの嘘がばれたらどうなるものか……まあ、この話に関わっていた者の首は飛ばすじゃろうなあ」

そこまで言い切ると顔を離す。見れば酒瓶を抱えて小姓が戻ってきていた。

「おう、臭い酒じゃが酒は酒。まだまだ飲ませてもらうぞ!」
「いえ、あの……これ以上は……」
困った顔で止めようとする小姓を張り倒し、豪快に柄杓で掬って飲み始める福島。

「わしぐらい飲めるようになったら、お主を一人前として認めてやろう。今はまだ、信長公の孫として憶えておくぞ」
「はい。いずれ”織田秀信殿”と、福島殿に呼んでもらえるよう精進いたします」
「うむ、さっさと首級の百や二百挙げて参れ。どうせまだまだ戦の世。喰らう相手は山ほどおるわ」

その眼の輝きは一層増し、浮かべた笑みは牙を剝きだした熊にも似ていた。

今、はっきりと感じたものがある。

この男はただの”武将”でも”大名”でもない。

――……”戦人いくさびと

それが、この男を最もよく表す言葉だと、そう思った。
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