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飛空の章
第十八話 帰郷
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済州島から美濃衆を引き連れての帰還。
凡そ一年近くも、あの島に閉じ込められた事になる。
元は八千の大人数だったものの、実際はそんなには残っていなかった。
死なせてしまった者が五百余名おり、また、増援・補給部隊として派遣されたまま、現地の守備隊に回された者たちも八百程いる。
全員が全員を、連れ帰ることができなかった。そこな悔いが残っている。
しかし、ようやく当初の目的を果たせたことで、胸を撫でおろすことができたのも本音だった。
「兄上!」
「おう、秀則」
城下に着くと、馬に乗った秀則が駆け寄ってきた。
「随分とまた……でかくなったな」
「はは、馬のせいですかね」
秀則は立派な馬に跨っており、まるで巨人のように思えてしまうほどだった。
「兄上こそ、よくぞご無事で」
「秀則もよくこの城を守ったな。見違えたぞ」
「兄上は……随分とお痩せになりましたね。それに、顔つきもどこか……辛い事をご経験されましたか?」
「まあ、この一年近くはあまり良かったとは言えぬかな。だが、ようやく帰れた。今はそれでいい」
そう、今はそれでいいのだ。
久方ぶりに見る岐阜城に、ようやく帰ってきたと思える実感が湧いた。
何より、この匂いがいい。済州島よりもやはり、この美濃、岐阜の若草が舞うようなこの匂いがいい。
「おお、殿!!」
大きな声が聞こえたかと思えば木造長政が駆け寄ってきた。
「ご無事のお戻り、何よりでございます!」
「長政も変わりないか。城代としてよくやってくれた」
「勿体なきお言葉……! さあ、こんな所で話ばかりでは何ですから、屋敷の方へ!」
相変わらずの頭に響く声だが、今はそれが懐かしく心地よかった。
◆
岐阜城は、実際は金華山という山全体に敷かれた城砦となっている。
天守は頂上に築かれており、いくつかの砦や門を通り、山道を行くことで到達できる。
何本か道があるが、徒歩で行けば半刻(約一時間)はたっぷりとかかり、中には一刻(約二時間)かけて登る道もある。なので城下から天守まで行くとなると、なかなかに骨の折れる道中となっていた。
だからこそ城が築かれたというのもあり、元はかの美濃の蝮、斎藤道三の居城でもあった。
斎藤道三が居た頃までは「稲葉山城」と呼ばれていたが、お祖父様が攻め落として以後は「岐阜城」と名を改め、そして父・織田信忠が入城し、今の高層の天守が築かれた。
俺は、この天守から眺める城下の景色が好きだった。
金華山の北方を沿うように、長良川が滔々と流れ、田園が広がっている。
西に目を向ければ遠く琵琶湖まで見え、夕陽に映される景色は、さも美しいものだ。
東には雄大な山嶺の数々が連なっており、圧巻の景観である。
そして南には城下町が広がり、人々の営みが垣間見える。その先にある木曽川が、幾つかの支流に別れて取り巻くように流れているのも相俟って、この地の豊かさと自然に守られた土地である事を感じさせてくれた。
岐阜城に戻ってから四日ほどが過ぎ、この城に改めて家臣達を集めての、評定を行う事となった。
城仕えの者たちはよいが、支城主や少し離れた領地の者などは、この山登りを強いられるので大変だ。
そんな事もあって、本当に皆が集まるか不安があった。
「なあ兄上、そんなにうろうろと歩き回るなよ」
「と言ってもなあ……こうしてじっと待っているのは、なんだか性に合わないんだよ」
秀則に諫められるが、天守の回廊を歩き回るのを止められなかった。
「みっともないぞ。当主たるもの、堂々とせねば」
「……なあ、秀則。お前の方が合ってるんじゃないか?」
俺は十四、秀則は十二。なのに何故だか、秀則の方が落ち着いたものだ。
「僕はほら、あくまで兄上を支える家臣だから」
「逆だったら良かったのになあ」
「生まれた順は変えられないよ。あ、今登ってきたのは杉浦重勝殿だな。竹ヶ鼻城から来てくれている」
「よっぽど、お前の方が城主らしいじゃないか」
元々体格の良かった秀則だが、どうにも兵の訓練を受けていたようで、ひと回り逞しくなっていた。
俺はと言えば、春先から碌なものを食えていなかったので瘦せ細り、二つ違いの年齢差が逆のようだ。
それに随分と長政が色々と教えてくれていたらしく、知識も深くなり立派な男子に成長していた。今ではすっかり、長政に懐いている。
「殿、そろそろ下に」
綱家が階段を上り、俺を呼びに来たようだ。
「……はあ、分かった。なあ綱家、俺はどうしたらいいんだ?」
「そのままでよろしいかと。まずは各々名乗ります故、そこからは殿のお言葉をいただきます」
「そうは言ってもなあ、俺に大層な事は言えないぞ?」
そう言うと綱家と秀則は顔を見合わせ、笑い合う。
「まったく、一万の軍の総大将はどこに行ったのやら」
「太閤殿下にも従わぬ悪童と呼ばれた兄上がなあ」
「知らん! 俺を侮辱するか二人とも!」
笑う秀則の膝に蹴りを入れるが、堅い感触が返ってきてびくともしない。
「殿のお言葉は不思議と響きます。この綱家、傍で見ておりましたからな」
「おう、綱家殿はよく分かっている。口下手だが、何故か聞き入ってしまうものなあ」
「ああもう、分かったから黙れ!」
聞いていると恥ずかしくなってしまうもので、綱家を押し退けどかどかと階下へ降りていく。
二人の笑い声を背中に聞きつつ、これからの事に頭を移した。
凡そ一年近くも、あの島に閉じ込められた事になる。
元は八千の大人数だったものの、実際はそんなには残っていなかった。
死なせてしまった者が五百余名おり、また、増援・補給部隊として派遣されたまま、現地の守備隊に回された者たちも八百程いる。
全員が全員を、連れ帰ることができなかった。そこな悔いが残っている。
しかし、ようやく当初の目的を果たせたことで、胸を撫でおろすことができたのも本音だった。
「兄上!」
「おう、秀則」
城下に着くと、馬に乗った秀則が駆け寄ってきた。
「随分とまた……でかくなったな」
「はは、馬のせいですかね」
秀則は立派な馬に跨っており、まるで巨人のように思えてしまうほどだった。
「兄上こそ、よくぞご無事で」
「秀則もよくこの城を守ったな。見違えたぞ」
「兄上は……随分とお痩せになりましたね。それに、顔つきもどこか……辛い事をご経験されましたか?」
「まあ、この一年近くはあまり良かったとは言えぬかな。だが、ようやく帰れた。今はそれでいい」
そう、今はそれでいいのだ。
久方ぶりに見る岐阜城に、ようやく帰ってきたと思える実感が湧いた。
何より、この匂いがいい。済州島よりもやはり、この美濃、岐阜の若草が舞うようなこの匂いがいい。
「おお、殿!!」
大きな声が聞こえたかと思えば木造長政が駆け寄ってきた。
「ご無事のお戻り、何よりでございます!」
「長政も変わりないか。城代としてよくやってくれた」
「勿体なきお言葉……! さあ、こんな所で話ばかりでは何ですから、屋敷の方へ!」
相変わらずの頭に響く声だが、今はそれが懐かしく心地よかった。
◆
岐阜城は、実際は金華山という山全体に敷かれた城砦となっている。
天守は頂上に築かれており、いくつかの砦や門を通り、山道を行くことで到達できる。
何本か道があるが、徒歩で行けば半刻(約一時間)はたっぷりとかかり、中には一刻(約二時間)かけて登る道もある。なので城下から天守まで行くとなると、なかなかに骨の折れる道中となっていた。
だからこそ城が築かれたというのもあり、元はかの美濃の蝮、斎藤道三の居城でもあった。
斎藤道三が居た頃までは「稲葉山城」と呼ばれていたが、お祖父様が攻め落として以後は「岐阜城」と名を改め、そして父・織田信忠が入城し、今の高層の天守が築かれた。
俺は、この天守から眺める城下の景色が好きだった。
金華山の北方を沿うように、長良川が滔々と流れ、田園が広がっている。
西に目を向ければ遠く琵琶湖まで見え、夕陽に映される景色は、さも美しいものだ。
東には雄大な山嶺の数々が連なっており、圧巻の景観である。
そして南には城下町が広がり、人々の営みが垣間見える。その先にある木曽川が、幾つかの支流に別れて取り巻くように流れているのも相俟って、この地の豊かさと自然に守られた土地である事を感じさせてくれた。
岐阜城に戻ってから四日ほどが過ぎ、この城に改めて家臣達を集めての、評定を行う事となった。
城仕えの者たちはよいが、支城主や少し離れた領地の者などは、この山登りを強いられるので大変だ。
そんな事もあって、本当に皆が集まるか不安があった。
「なあ兄上、そんなにうろうろと歩き回るなよ」
「と言ってもなあ……こうしてじっと待っているのは、なんだか性に合わないんだよ」
秀則に諫められるが、天守の回廊を歩き回るのを止められなかった。
「みっともないぞ。当主たるもの、堂々とせねば」
「……なあ、秀則。お前の方が合ってるんじゃないか?」
俺は十四、秀則は十二。なのに何故だか、秀則の方が落ち着いたものだ。
「僕はほら、あくまで兄上を支える家臣だから」
「逆だったら良かったのになあ」
「生まれた順は変えられないよ。あ、今登ってきたのは杉浦重勝殿だな。竹ヶ鼻城から来てくれている」
「よっぽど、お前の方が城主らしいじゃないか」
元々体格の良かった秀則だが、どうにも兵の訓練を受けていたようで、ひと回り逞しくなっていた。
俺はと言えば、春先から碌なものを食えていなかったので瘦せ細り、二つ違いの年齢差が逆のようだ。
それに随分と長政が色々と教えてくれていたらしく、知識も深くなり立派な男子に成長していた。今ではすっかり、長政に懐いている。
「殿、そろそろ下に」
綱家が階段を上り、俺を呼びに来たようだ。
「……はあ、分かった。なあ綱家、俺はどうしたらいいんだ?」
「そのままでよろしいかと。まずは各々名乗ります故、そこからは殿のお言葉をいただきます」
「そうは言ってもなあ、俺に大層な事は言えないぞ?」
そう言うと綱家と秀則は顔を見合わせ、笑い合う。
「まったく、一万の軍の総大将はどこに行ったのやら」
「太閤殿下にも従わぬ悪童と呼ばれた兄上がなあ」
「知らん! 俺を侮辱するか二人とも!」
笑う秀則の膝に蹴りを入れるが、堅い感触が返ってきてびくともしない。
「殿のお言葉は不思議と響きます。この綱家、傍で見ておりましたからな」
「おう、綱家殿はよく分かっている。口下手だが、何故か聞き入ってしまうものなあ」
「ああもう、分かったから黙れ!」
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