魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第三十九話 杉浦重勝

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本丸の門に対しての攻撃は、苛烈なものだった。

各所から大筒による砲撃が飛んできており、至る所に鉄の塊が転がっている。
そして城壁を乗り越えようとする敵に応戦して、重勝自身も槍を取って戦っていた。

しかし、敵の数が尋常ではないほどに多い。
加えて敵の士気が異様な程に高かった。
誰もが死に物狂いで向かってくるのだ。何故だと思う程に、鬼気迫る様相だ。

防ぎきれずに中に侵入してきた者も現れ、こちらの兵も減ってきている。


「多勢に無勢か……おのれ!」

遂に乗り越えて来る者の数がこちらの手勢の数を超え、押し込まれていく。
そして本丸の門が開かれ、敵が雪崩れ込んできた。

「全員固まれ! 敵を本丸に入れるな!」
重勝が叫ぶと、生き残っている者たちが槍や刀を手に集まる。
その数、三十六名。
百人から居たはずだが、ここまで減らされていたか。

「突撃!」
門から溢れ出る敵方の軍に、一丸となって突っ込んだ。

ぶつかった瞬間の衝撃が凄まじく、弾き返されそうだった。
先頭を切っていた六人が倒れる。しかし、それでも構わず押し続けた。

一人、また一人と倒されていく。
己にも敵の槍が突き刺さる。
だが、構わない。
どうせ死ぬならば雄々しく、だ。

ぶつかっては駆け抜けて、転進し、再びぶつかる。
幾度か繰り返す内に二人、三人と味方が欠けていく。

いつの間にか己の周りには十数名しか居なくなっていた。

息が切れる、何か、己から流れ出しているのも分かる。
しかし止まらない、止まれない。

ここで僅かでもいい、殿の為に時間を稼ぐのだ。
敵の一人でもいい、減らせば殿がその分楽になるのだ。

己の働きで、織田の今後が変わる。だから、止まれない。


槍を手に駆け続ける。
だが、視界が不意に空を向いた。

背に衝撃。
地面が、横だ。

それから首元を掴まれ、引き摺られていく。
たくさんの人間の足が目まぐるしく流れた。

自分が倒れ、味方が天守へと連れて行こうとしているのを理解したのは、板の間に辿り着いてからだった。





扉を閉め、生き残った者達と広間で座り込む。
皆、血と汗に塗れており、甲冑も酷く乱れていた。

背中と脇を刺されていた。血が、止まらない。温い湯のようなものが流れているのが分かる。それと同時に、寒気が重勝を襲っていた。


外は騒々しく、敵方の兵が駆け回っており、鎧や足音で満ちている。だが何故か天守へは侵入してこないまま、取り囲んでいるようだ。

「のう、杉浦重勝殿。既に本丸は陥ちた。ここいらで止めにせんか」
外から男の声が聞こえる。
恐らく、福島正則だろう。

「さすがに毛利殿らのように助命はできぬが、お主の命一つで、残る者は助けてやってもいい。どうだ?」
よく通る声だ。
あれだけ騒がしく、外からだというのによく聞こえる。

「意地を張らずに出てこい。一族も助けてやろう」

福島正則の言葉に、重勝は答えず瞑目する。



「殿、我々の事はお構いなく」
そう告げたのは、長年仕えている家臣だった。

「ここに残ったのは元より殿と命運を共にするため。それに、主君の命を差し出して生き永らえるなど、それこそ生涯の恥となります」

「……すまぬな。皆はどうだ。生きたい者はおるか? 今なら、まだ助かる」
そうして見回すと、誰も微動だにしない。

「では、わしと共に果てる覚悟はあるのか?」
するとその場の全員が応えてみせた。
……七名だけだった。百居たのが三十六に減り、そして七名にまで。

その全員が、強い眼差しを重勝に向けている。

「皆の覚悟、しかと受け取った。全員、鎧を脱げ」
そう告げると、それぞれが小刀で甲冑を結ぶ紐を切っていく。

「誰か倉庫に火を放て。油も火薬もあったろう」
一人が頷いて去り、しばらくすると焦げ臭さと共に黒煙が立ち上がってきた。
それから、火をかけた者が戻ってくる。

「皆、よくここまでわしに従ってきてくれた。誠、大儀である」
「もったいなきお言葉でございます」
「殿のお役に立てなかった事、そして呆気なくここで散る事、悔いはあるがお前達と共に戦ってこられた事はわしの誇りだ。最期まで武士の一分を立て、果てようぞ」

階下で、爆発音が聞こえる。
同時に上る黒煙の勢いが増してきた。

「また来世があるならば、そなたらとは再びまみえたいものだ。では、先に彼岸へ行くぞ……――いざ!」

己の肚に、小刀を突き刺して横に裂く。
それと同時に風を切る音が、重勝の耳に届いた。





夕刻の空に、燃える天守がよく映えていた。

「見事、天晴な死に様よ」

三の丸まで退き、燃え落ちる天守を眺める福島正則は馬上で呟いた。

「あのように散れる者が、今の世ではどれ程おるだろうか。最期まで主君への忠義に尽くし、己の責務を全うして死ぬ。真に、武士として生きた者の美しき死に様だ」

その眼はどこか憧れを抱いているかのようで、近くで見る者からすれば危うさを感じられるものだった。

「正則! 敵兵の収容も終わったぞ。被害もあったが、併せて千にも満たない。完勝だな」
近づいてきたのは細川忠興だった。

「……いや、わしの負けだ。最後の最後まで、意地を通された」
「正則、何を」
「あれだけの男を従えているのだ。織田三郎秀信、羨ましい限りだぞ」

そうして福島正則が馬を返した時、天守の屋根が崩れ落ちた。


「それと正則、照政達がもう川を渡ったようだ」
「何だと!? あ奴ら、約定を違えるか! 我らが竹ヶ鼻を陥として後顧の憂いを絶ってから、全軍で攻め上がるという予定だったろう!」
「照政はな……あれはあれで、お主よりも気性が荒いし、手柄にも固執する男だ。どうする? 昨晩から寝ずの進軍で兵は疲れているが」
「何を言う、このまま北上して岐阜城下まで行くぞ! 休むのはそこだ!」

吐き捨てるように言うと、家臣らを張り倒しながら指示を出していく。

「気が合うようで合わんよな、あ奴らは」

細川忠興は苦笑し、焼け落ちていく竹ヶ鼻城を最後まで見つめていた。
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