魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第三十八話 境川防衛戦

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新加納へと引き返した木造隊は、町口を固めていた佐藤隊との合流を果たしていた。

「木造殿」
「綱家殿が殿しんがりで踏ん張っている。米野はもう駄目だ、敵が雪崩れ込んできている」
「左様で……」
「だが、あくまであちらは第一の防衛線。この新加納口で境川を第二の防衛線とするのは事前から決められていた事、ここは守り通すぞ!」
「は……」

佐藤さとう方政かたまさの気のない返事に眉を顰めるが、まずは兵の展開を急ぐ。
ひとまずこれで二千。そして百々隊が加われば三千は越える。

追撃してきている敵は、浅野あさの幸長ゆきなが堀尾ほりお忠氏ただうじらを中心とした一万に近い軍勢だ。

凡そ三倍の敵と対する事になるが、町口の橋に限定して戦えば何とか凌げるはずだ。

「早く来いよ、綱家殿……」

米野に残った綱家を心配し、呟く長政。

その後ろで、佐藤方政が伴回りの者達に何か話しているのを、聞き逃していた。





「何故、河手の町が燃えている!」

本陣と合流するべく撤退していた飯沼いいぬま長実ながざねは、目の前に広がる惨状に思わず叫んでいた。
炎が横たわり行く手が阻まれ、先導の者も戸惑っている。

と、そこで火を点けている者達を見つけて詰め寄った。


「何故燃やす! これでは撤退している我らも焼き殺されるぞ!」
「殿のご命令です! 大板橋を残して他の橋も落としております。飯沼様、ご案内致しますのでこちらへ!」
「火はどうしてだと問うている!」
「これも敵を誘導する為の策でございます! 他の場所に行かれないようにと!」
「……! そうか」

確かに、この火のかけ方は大通りを除いた道を塞ぐようなものだった。
戦の中で度々建物を焼くことは行われる。しかし、それを殿がやるのは意外だった。

「やはり織田の血筋だな」
かつて仕えていた織田信雄のぶかつを思い出しながら、案内に従って火と煙がのさばる河手の町を駆けていく。

長資ながすけ、早く追いついてこいよ」
自ら殿しんがりを買って出た倅を心配しつつ、兵をまとめた。





百々隊が到着した新加納では、再び戦闘が行われていた。
互いに槍衾やりぶすまで押し合いつつ、矢が飛来する。

屋根の上から撃ち下ろすように鉄砲で撃ちかけるも、敵が分厚く、まるで手応えがない。

「くそ、やはり敵の圧が強過ぎる! このままでは押し切られるぞ!」
「皆の者、踏ん張れ! ここを防ぎきれば我らの働きは天下にも響くぞ!」

弱気な声と、叱咤する声が重なる。
最早、兵も将も関係ない。全員が槍を持って応戦している状態だ。

米野に最後まで踏み留まっていた百々隊の損害は大きく、こちらに到着する頃には千を切っている状態だった。
そして満身創痍であり、綱家自身にも幾つもの手傷が見られた。

今は木造隊が前面に。その後方を佐藤隊が固め、傷ついた百々隊の息を整えるために後方で待機している。

「木造殿、まずいです! 焦れた敵が川に!」

戦線を橋に限定して塞いでいたが、戦闘に参加できない敵が川に入り始めた。
水の量が多いとはいえ、泳いで渡れない程の川ではない。様子を見るに、何とか川底に足が付いているように見える。

「撃ち方! 川の敵を狙え!」

前線を支援していた射撃部隊に、渡河しようとする敵を狙うように命じる。
次々と射倒されていくが、それでもほんの一部だ。
続々と川に入る敵の数が増えていった。


そうして先頭が遂に渡河に成功、川を駆け上がってきた。

「こちらは我らに任せよ!」
と騎馬隊を率いて現れたのは、後方で休ませていた綱家だった。

「もういいのか!?」
「いつまでも休んでおられぬさ! 橋は任せた!」
と、敵を槍で突き倒しながら駆けていく。

「者ども見たか! 我らも百々隊に負けてはおれぬぞ!」
押されている兵たちだが、綱家の働きに意気を取り戻し力が増した。

「さあ、敵を押し返せ!」
長政も槍を突き出して押し込むと、続々と味方も続いていった。





殿しんがりを務めていた、最後の騎馬隊が駆け込んできた。その中の一騎が、馬が足を滑らせて転倒し落馬する。
秀則が駆け寄ると、倒れた男は飯沼長資だった。

「長資! 大丈夫か!」
「おう、馬が限界だったみたいだな。だが、何とか戻ってきたぞ」
笑いながら答える長資だったが、肩で息をしており、全身が傷だらけだった。
乗ってきた馬も大量に血を流しており、既に息絶えているのが分かる。

「どこまで無茶をしてきたんだ……」
「なあに、此度の戦、敵方は五倍だろう? なら、一人が五人を倒せばいい。俺は既に二十人倒した。四人前の働きをしたぞ」
素槍を支えに立ち上がった長資だが、やせ我慢をしているのは明白だ。

全身から滝のような汗を流し、呼吸の音もおかしい。

「水を飲め、長資。少し休んでくれ」
「いいや、俺たちを追ってきた敵が迫っている。もう来るぞ」
受け取った竹筒の水を一息に飲み干し、そして己が駆けた方向を一瞥すると、炎を背に大軍が迫ってきているのが見えた。

「一人、大将首がいる。それを取ってから俺は休むさ」
「長資……」
「案ずるなよ秀則、俺が強いのはお前が一番知っているだろう」
秀則の肩を小突き、槍を振り回しながら前に立つ長資。

「さあ、逃げるのはもう止めだ! ここでお前らを一網打尽にしてくれる! おい! 大将は居るか!」
「必死に駆け摺り回っていた者が、何を大層な事を! 我こそは池田いけだ長吉ながよし! 兄に代わり打ち払ってくれるわ!」
「池田照政の弟か……大名だな!」

嬉々とした表情を浮かべる長資。

「先の大塚権太夫の首は取り損ねたが、もっとでかい首が来よった! 我こそは織田家侍大将……岐阜四天王が一、飯沼長資だ! その首貰い受ける!」
「四天王を名乗るとは笑止千万! 若造、その大口二度と叩けぬよう討ち取ってくれる!」

馬を降りた池田長吉も、伴の者から素槍を受け取って構える。

構えは、互いに熟達したものだった。
池田長吉もかなりの遣い手だろう。

対して長資も負けてはいないが、体が揺れている。
呼吸も浅い。明らかに疲労が蓄積している様子だ。

「もらったああああ!」
しかし、長資から突きかかった。

様子を見ていた池田長吉だが、冷静に長資の突きを槍でいなし、二歩ほど下がる。
一撃を躱された長資だが、追撃を加えようと踏み込んで次なる突きを繰り出した。

しかし、素早く屈んで躱され、池田長吉の槍が長資の脚を目掛けて横に薙がれる。
突きで重心が崩れていた長資は足元を掬われ、勢いよく仰向けに転んでしまう。

「焦ったな、若造」

短く呟いた池田長吉の槍が、長資の喉元を貫いた。
長資は今一度槍を振るおうと腕を動かしたが、既に手から零れ落ちており、暴れるも力を失い動かなくなる。

「長資……」

秀則は、目の前で兄のように慕っていた長資が、為す術なく突き殺され首を取られるのを見守るしかなかった。

「岐阜四天王って、お前……」
二人でよく手合わせをしていた時、ふざけて話していた事だ。

『俺もお前もこの岐阜の中ではかなりの遣い手だ。それに、まだまだ伸びる。どうせなら箔のつく呼び名が欲しいな』
そう言って笑っていた長資に、秀則は武田や豊臣、徳川に倣って四天王を名乗るのはどうかと言ってみたのだ。
あの時は一笑に伏されてしまったが、今になって名乗るなんて。


「飯沼長資、討ち取ったり! さあ、こうなりたくなくば池田の軍門に降れ! 命だけは助けてやる!」
長資の首を掲げる池田長吉が、こちらに降伏を勧告してきた。

「誰が……誰が降るものか! 者ども! 長資の遺志と意気を継げ! あの男を討ち取るぞ!」
刀を振り抜いて掲げると、周囲の者も武器を掲げて肚からの声で応える。

秀則の頬に、熱いものが流れていた。
視界も歪んでいる。

しかし、今は哀しみよりも怒りで、そして初めて対する「敵」という存在に、心を震わせていた。
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