魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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墜天の章

第三十七話 竹ヶ鼻城の戦い

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河田こうだの渡しで開戦した頃、起の渡しでも動きが起きていた。

「くそ! やはり夜半に下流を渡ってきたか!」
「渡ってきたのは八千、九千……いや、もっと多い。このままでは挟撃で踏み潰されるな」
苦虫を噛み潰したように渋い顔をする梶川かじかわ三十郎さんじゅうろうに、杉浦重勝は冷静に状況を呟く。

「よし、退却だ! 竹ヶ鼻城にて籠城する!」
当初の予定通り、起で一日耐え抜けたのだ。まだ朝方という早い時間なのが良くないが、及第点だろう。
ここからは城に籠って数日、この一万六千の軍勢を釘付けにできればいい。

「我らの役目は敵を岐阜城へは行かせぬ事! それを忘れるな!」
馬上で叫び、いま一度兵たちの意識を引き締めにかかった。


それから起より撤退を開始。
途中、先行する福島隊の一部に捕捉されて追撃を喰らうも、何とか全軍を城にまで到達させることに成功。

城門を固く閉ざし、籠城戦の準備に入る。


「花村殿、梶川殿、毛利殿。援軍のお三方には二の丸、三の丸を頼みたい」
「承知した。杉浦殿は本丸に?」
「ああ。最後まで責任を全うするために。とにかく数日耐えられればいい。大垣城へは散々使者を出している。必ず援軍が来るはずだ」

その言葉に、三人が頷いた。

「それにしても、殿の方が心配だ。一万程があちらに居るという話でしたが」
「なに、こちらに一万六千も来ているのだ。陣立てを見るにこちらが本隊。あちらはそれほど激しい攻撃はされていないだろう」
「それもそうですな……この竹ヶ鼻を破り、背面から米野を強襲する。恐らく敵方の策はそのようなものでしょう」

花村、梶川、毛利がそれぞれに考えを言い合う。

「隊を分けられてしまうと厄介だと思ったが、幸い敵方は全軍による攻囲になっている。ここで釘付けにできれば、城が陥ちぬ限りは敵も動きづらいはずだ」
「必ずや、守り抜きましょう。我らの意地を見せねば」

杉浦の結論に、花村が応えた。





攻囲は激しいものだった。
矢や鉄砲で射かけるも、怯む様子が見られず押し寄せる敵は絶え間ないものだった。

「やはり数の差は如何ともしがたいか……」
火薬や弾丸の消費が激しく、敵から返される攻撃で損害も出ていた。

敵を一人倒すのと、こちらが一人倒されるのではその重みが全く違う。
損耗は敵が二でこちらが一、といった調子だが、すぐに兵が枯渇するのが目に見えていた。

「義父上、このままでは」
「ああ……」

毛利広盛と梶川三十郎は、義理の父子であった。広盛の娘が梶川に嫁いでおり、また、広盛自身も正室を梶川家からもらっていた。両家の関係は深い。

「敵方の攻撃が激し過ぎる。大筒でも持ってこられてしまったら……」
とその瞬間、耳を叩く強烈な爆発音が響き、次いで飛来音、そして城壁の一部に当たったであろう衝撃も響いてきた。
兵の間に動揺が走り、戦意が削がれてしまう。

「容赦がないですね……」
「うむ」



と、そこで戦場の空気変わった。
激しい暴風が突如凪いだような、そんな風に思えるものだった。

「毛利広盛殿! 聞こえるかあ!」
野太く、ひと際大きな声が響き渡るのが外から聞こえてくる。

「わしじゃ、福島正則じゃあ! 聞こえとるかのう!」
「聞こえておるぞ! 如何した!」

福島正則からの呼びかけに、広盛は答える。

「こうして敵味方に分かれてしまったがのう、わしは貴殿を討ちとうないんじゃ! この兵力差、広盛殿なら負けの目が、しかと見えておるじゃろう。それに今の織田に命を懸ける程の義理立てがあるか? 今降れば、わしの口添えで貴殿の処遇を良いものにできよう。どうじゃ! 門を開けてはくださらんか!」

「うむ……」
「義父上、これはまたとない申し出です。このまま戦っても討死を待つのみ。それでしたら」
「しかしな」
「援軍としてのお役目は充分に果たされました。ここは門を開けて降りましょう。今この時なら、好条件を引き出せるやもしれませぬ」
義理の息子の言に、心が揺れ動く。

己の身ではなく、義父の進退を心配しているのが分かるからだ。

「……分かった。降ろう。そして花村殿と杉浦殿も説得してみせよう。やはり、此度の戦は徳川方に分がある」
頷いた広盛は、配下に命じて三の丸の門を開放させた。



雪崩れ込んできた敵兵に取り囲まれる。
兵たちには武器を捨てるように命じており、丸腰の状態だ。

「賢い選択をしたのう、広盛殿」
悠々と馬に乗って現れた福島正則が、にかりと笑う。

「不忠ではあるものの、家の存続と秤にかけた」
「それでよいと、わしも思うぞ。そこのは梶川か。義父のお陰で命拾いしたのう」
「は……」
「では、二の丸に行くとするか。貴殿らの処遇はわしに任せよ。決して悪いようにはせん」
去っていく福島正則に、二人は頭を下げて見送った。





「三の丸、次いで二の丸も降伏しました! 毛利殿、梶川殿、花村殿は既に降伏したと」
「何と……あの臆病者たちめが」

杉浦重勝は壁を殴り、唇を震わせている。

「下に配していた者達も併せて降っており、もはや本丸の百しか残っておりませぬ……」
「兵たちに伝えよ、何を言われても決して門を開けるなと! 我らは最後の最後まで戦う! ここで降るようなら、末代まで不忠者とそしられるものと思え!」
「はっ!」

直臣らの顔に怯えはなく、全員が慌ただしく備えに回っていった。

「百対一万六千の戦か。ここで勝ち残れば歴史に刻まれるな」

不敵に笑う杉浦は、戦人の気配を存分に漂わせていた。





「重勝たちは城に籠ったか」
閻魔堂にて伝令を聞いた秀信は頷く。

やはり寡兵では如何としがたいものがある。
米野の方も押されており、既に河田の河川敷は制圧されてしまっていた。

「そもそも、三万四千も来ているのが分からない! どう考えても多過ぎるだろう! 清州に集まった四万の内ほぼ全軍を差し向けてるじゃないか!」
秀則が苛立って歩き回っている。

「落ち着け秀則。状況を一つ一つ片づけていくしかない。とりあえず川瀬殿の隊は本陣に戻らず閻魔堂の南から境川を渡るんだな?」
「はい、そう聞いております。竹ヶ鼻から敵が分かれて来るのを警戒しているようです。百々隊、木造隊は北上し、新加納の佐藤隊と合流するとの伝令が来ております」
小姓の正守が答えた。

「飯沼隊は?」
「敵を押さえつつ、こちらを目指しているようです」
「分かった」
地図に目を落とすと、この閻魔堂の周辺の地形を確認する。

「秀則、兵に命じろ。この橋以外を全て落とせ」
「え? 橋を? それなら残さず全て落とした方がいいんじゃ? この大板橋は一番広いし……」
「目立つからこそ残すんだ。全ての橋を落としたら無理にでも渡河するだろう。そうなれば境川を越えられてしまう。だからここに誘導するんだ」
「でも、それだけじゃ来てくれないんじゃないか?」

秀則の言葉に、筆を取り出し地図に幾つかの印を入れていく。

「兄上?」
「秀則、今印を付けた場所を……――燃やせ」

冷徹に、秀信は言い放った。
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