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墜天の章
第四十一話 岐阜城の戦い 開戦前夜
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軍議は、かなり紛糾した。
配置について、隊を分けずに全軍で天守を守る案と、各所の砦や要所に配して守りを固める案とで分かれたのだ。
全軍で九千いたものの、竹ヶ鼻の千五百と方政の五百を失い、昨日の合戦で各隊も大幅に戦力を減らしていた。
無事なのは岐阜城の守備についてた斎藤軍八百と、交戦時間が短かった川瀬らの隊ぐらいだ。
現在の全軍は五千と少し。ほぼ半減している。
「どの道、分散配置をすれば確固撃破されるのみだろう、敵方の数を見ただろうが」
「この天守にどうやって五千もの人間を収容する気だ! 一日ならまだしも、数日耐えるとすれば狭過ぎる!」
「その一日だけ凌げれば良いと言ってるのでは?」
「援軍頼み、ですか。未だに沙汰が無いのにどう宛てにするべきと」
皆が真剣に考えているが故の議論だった。
しかし、時間が無い。
このまま平行線のままではいけない。
「天守のみに籠るというのではない。天守周辺に展開すればよいと言っているのだ」
「それでは、防衛の備えや弾薬を敵にみすみす使わせるようなものです。そうなれば陥ちますよ」
「皆の話、相分かった。一旦落ち着け」
俺の一声で言い合いは止まった。そして皆が注目する。
「石田殿からの沙汰は無い。明日か明後日、来てくれればという願いに近いものだ」
くそ、とどこからか聞こえる。同じ気持ちだ。
本来なら今日にでも来て欲しかった。大垣城なら、半日もあれば軍の移動が可能なはずなのだから。
「救援が宛てにならぬ以上、一日凌げればよいという話ではなくなった。そこで、時間を稼ぐために各城砦に散ってもらおうと思う」
「兵の分散配置は命取りですぞ、殿。今日の結果を見れば明らかでしょう」
確かに、今日の敗戦は兵力を分け過ぎた事にあるのは分かる。しかし、元より寡兵なのだ。ひと所に集まっていた場合、今日よりも手酷い負け方をしていた可能性すらあった。
「数日でも耐え抜く必要がある今としては、補給路を完全に絶たれるのは避けなければならぬ。どこかひと所でもいい、城下へと続く道を守れれば可能性が残る」
「確かに、兵糧はありますが水が足りませぬな……」
どれ程井戸を掘っても水が出てこない山城である以上、水の確保は避けて通れない話だった。それも五千もの兵の喉を潤さねばならいのだ。
「陣立てはこうだ。まず、本丸を俺と綱家。本丸に直通となる水の手道を、斎藤隊と助十郎ら武藤一族の隊に任せる」
「はっ」
元忠・徳元の親子と、武藤助十郎が頭を下げる。
「大手道となる七曲道を長政と飯沼隊に。そしてもう一方の道である百曲道を、秀則、お前が侍衆を引き連れて守れ」
「ははっ」
「はい」
長政と秀則が返事する。
「この両道に通じる岐阜城下だが、町を焼いて進軍路を塞ぐ。この役目を津田隊に任せたい」
「承知仕りました」
「そして南方の出城を、まだ兵力を温存できている川瀬殿らにお願いしたい。瑞龍寺山砦に川瀬隊と柏原隊、権現山砦を松田隊に」
「はい」
「承知」
「では皆の衆、もう時間も無い。すぐに装備を整え、配置につけ。それと……」
一度俯き、息を整える。
「先も言ったが、この戦、生き残れば勝ちだ。だが敵勢は大軍、加えて士気が異様に高い。どうにもこの戦、敵方はこの岐阜城を陥とすのに躍起になっているように思えてならん」
何か理由があるのだろうが、これだけの諸将が連合し、我先にと武功を競い合っているのは異様だった。誰もが犠牲を厭わない進撃をしているのだ。
「必死の敵に、こちらが決死で挑んでも相討つだけだ。皆、退き際を心得て退け。そして最後はこの本丸まで戻ってこい。俺の首と引き換えに、必ず命は繋ぐ」
「殿……」
「もう会えぬかもしれないからな。今の内に言っておく。お前達と出会えて、俺は良かった。織田に生まれて、俺は良かったよ。俺の我儘に付き合わせてしまった事、申し訳なく思うが後悔はしていない。とにかく、生き抜け。生き抜いて生き抜いて、最後まで足掻くんだ。いいな」
皆の顔を見ると、涙を流している者も居た。
この状況がどれ程絶望的なのか、分かっているのだろう。
「だが数日生き残れば可能性は残る。それは確かだ。皆、生きよ!」
肚からの声で皆が応え、そして散っていく。
これが本当に最後かもしれない。
去っていく皆の背を、この目に焼き付けようと見つめ続けていた。
◆
八月二十三日、明け方。
城下で法螺貝が吹き鳴らされた。
それも一つではなく、各所からだ。
天守からは下に展開している軍がよく見える。
昨日交戦した池田、山内、一柳、浅野、堀尾の軍勢。
それに福島、細川、黒田、京極、藤堂、井伊に本多。竹ヶ鼻を襲っていた軍勢も勢揃いしていた。
「まったく、こんな城一つにこれだけの軍勢で攻囲をするなど」
馬鹿げている、とは言わなかった。
この岐阜城と、俺の首を、徳川への手土産にしたいのかもしれない。そうすれば第一の功となり、今後の徳川内での地位も上がる可能性がある。
恐らくはそのような考えなのだろう。
全てが予想を外したわけではないが、最も重要な部分を失した。
石田三成を信用し過ぎたのもあるし、武断派諸将らの戦意も見落していた。
野戦の選択は間違っていなかったはずだが、やはり用兵の心得が足りなかったとも思う。指示が中途半端になってしまった。
今の布陣もそうだ。
結局、俺はどっちつかずの選択をしたり、全ての事象に対応できるように薄く配してしまう性分のようだ。
これでは、一極集中の敵には勝てない。
「……いかんな。もう迷っていても仕方ないというのに」
頭を振り再び見上げると、煙が立ち上っているのが見えた。
城下の朝餉ではない。民は全て、事前に逃がしていた。
城に避難していた者達にも、昨晩夜陰に紛れて出るように指示していた。戦場になれば諸共巻き込まれる。
煙は徐々に増えてきている。
そして、火の手が見えた。
敵の進軍が開始される前に、津田父子の隊が火をかけ始めたようだ。
「岐阜の町を、俺の手で焼くことになるとはな」
昨日は閻魔堂も焼いてしまった。寺院を、仏像を焼いたのだ。
「これで俺も地獄行きかな。それとも神が救うか」
自傷的な笑みを浮かべ、戦況を見守る。
敵は、既に動き始めている。それぞれの登り口に兵が押し寄せてきているのも、よく見えていた。
「皆、無理はするなよ……」
手を組み、祈る。今日が終わりの日にならない事を、祈る事しかできなかった。
配置について、隊を分けずに全軍で天守を守る案と、各所の砦や要所に配して守りを固める案とで分かれたのだ。
全軍で九千いたものの、竹ヶ鼻の千五百と方政の五百を失い、昨日の合戦で各隊も大幅に戦力を減らしていた。
無事なのは岐阜城の守備についてた斎藤軍八百と、交戦時間が短かった川瀬らの隊ぐらいだ。
現在の全軍は五千と少し。ほぼ半減している。
「どの道、分散配置をすれば確固撃破されるのみだろう、敵方の数を見ただろうが」
「この天守にどうやって五千もの人間を収容する気だ! 一日ならまだしも、数日耐えるとすれば狭過ぎる!」
「その一日だけ凌げれば良いと言ってるのでは?」
「援軍頼み、ですか。未だに沙汰が無いのにどう宛てにするべきと」
皆が真剣に考えているが故の議論だった。
しかし、時間が無い。
このまま平行線のままではいけない。
「天守のみに籠るというのではない。天守周辺に展開すればよいと言っているのだ」
「それでは、防衛の備えや弾薬を敵にみすみす使わせるようなものです。そうなれば陥ちますよ」
「皆の話、相分かった。一旦落ち着け」
俺の一声で言い合いは止まった。そして皆が注目する。
「石田殿からの沙汰は無い。明日か明後日、来てくれればという願いに近いものだ」
くそ、とどこからか聞こえる。同じ気持ちだ。
本来なら今日にでも来て欲しかった。大垣城なら、半日もあれば軍の移動が可能なはずなのだから。
「救援が宛てにならぬ以上、一日凌げればよいという話ではなくなった。そこで、時間を稼ぐために各城砦に散ってもらおうと思う」
「兵の分散配置は命取りですぞ、殿。今日の結果を見れば明らかでしょう」
確かに、今日の敗戦は兵力を分け過ぎた事にあるのは分かる。しかし、元より寡兵なのだ。ひと所に集まっていた場合、今日よりも手酷い負け方をしていた可能性すらあった。
「数日でも耐え抜く必要がある今としては、補給路を完全に絶たれるのは避けなければならぬ。どこかひと所でもいい、城下へと続く道を守れれば可能性が残る」
「確かに、兵糧はありますが水が足りませぬな……」
どれ程井戸を掘っても水が出てこない山城である以上、水の確保は避けて通れない話だった。それも五千もの兵の喉を潤さねばならいのだ。
「陣立てはこうだ。まず、本丸を俺と綱家。本丸に直通となる水の手道を、斎藤隊と助十郎ら武藤一族の隊に任せる」
「はっ」
元忠・徳元の親子と、武藤助十郎が頭を下げる。
「大手道となる七曲道を長政と飯沼隊に。そしてもう一方の道である百曲道を、秀則、お前が侍衆を引き連れて守れ」
「ははっ」
「はい」
長政と秀則が返事する。
「この両道に通じる岐阜城下だが、町を焼いて進軍路を塞ぐ。この役目を津田隊に任せたい」
「承知仕りました」
「そして南方の出城を、まだ兵力を温存できている川瀬殿らにお願いしたい。瑞龍寺山砦に川瀬隊と柏原隊、権現山砦を松田隊に」
「はい」
「承知」
「では皆の衆、もう時間も無い。すぐに装備を整え、配置につけ。それと……」
一度俯き、息を整える。
「先も言ったが、この戦、生き残れば勝ちだ。だが敵勢は大軍、加えて士気が異様に高い。どうにもこの戦、敵方はこの岐阜城を陥とすのに躍起になっているように思えてならん」
何か理由があるのだろうが、これだけの諸将が連合し、我先にと武功を競い合っているのは異様だった。誰もが犠牲を厭わない進撃をしているのだ。
「必死の敵に、こちらが決死で挑んでも相討つだけだ。皆、退き際を心得て退け。そして最後はこの本丸まで戻ってこい。俺の首と引き換えに、必ず命は繋ぐ」
「殿……」
「もう会えぬかもしれないからな。今の内に言っておく。お前達と出会えて、俺は良かった。織田に生まれて、俺は良かったよ。俺の我儘に付き合わせてしまった事、申し訳なく思うが後悔はしていない。とにかく、生き抜け。生き抜いて生き抜いて、最後まで足掻くんだ。いいな」
皆の顔を見ると、涙を流している者も居た。
この状況がどれ程絶望的なのか、分かっているのだろう。
「だが数日生き残れば可能性は残る。それは確かだ。皆、生きよ!」
肚からの声で皆が応え、そして散っていく。
これが本当に最後かもしれない。
去っていく皆の背を、この目に焼き付けようと見つめ続けていた。
◆
八月二十三日、明け方。
城下で法螺貝が吹き鳴らされた。
それも一つではなく、各所からだ。
天守からは下に展開している軍がよく見える。
昨日交戦した池田、山内、一柳、浅野、堀尾の軍勢。
それに福島、細川、黒田、京極、藤堂、井伊に本多。竹ヶ鼻を襲っていた軍勢も勢揃いしていた。
「まったく、こんな城一つにこれだけの軍勢で攻囲をするなど」
馬鹿げている、とは言わなかった。
この岐阜城と、俺の首を、徳川への手土産にしたいのかもしれない。そうすれば第一の功となり、今後の徳川内での地位も上がる可能性がある。
恐らくはそのような考えなのだろう。
全てが予想を外したわけではないが、最も重要な部分を失した。
石田三成を信用し過ぎたのもあるし、武断派諸将らの戦意も見落していた。
野戦の選択は間違っていなかったはずだが、やはり用兵の心得が足りなかったとも思う。指示が中途半端になってしまった。
今の布陣もそうだ。
結局、俺はどっちつかずの選択をしたり、全ての事象に対応できるように薄く配してしまう性分のようだ。
これでは、一極集中の敵には勝てない。
「……いかんな。もう迷っていても仕方ないというのに」
頭を振り再び見上げると、煙が立ち上っているのが見えた。
城下の朝餉ではない。民は全て、事前に逃がしていた。
城に避難していた者達にも、昨晩夜陰に紛れて出るように指示していた。戦場になれば諸共巻き込まれる。
煙は徐々に増えてきている。
そして、火の手が見えた。
敵の進軍が開始される前に、津田父子の隊が火をかけ始めたようだ。
「岐阜の町を、俺の手で焼くことになるとはな」
昨日は閻魔堂も焼いてしまった。寺院を、仏像を焼いたのだ。
「これで俺も地獄行きかな。それとも神が救うか」
自傷的な笑みを浮かべ、戦況を見守る。
敵は、既に動き始めている。それぞれの登り口に兵が押し寄せてきているのも、よく見えていた。
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