17 / 31
第3章 猟ある猫は爪を隠す
4
しおりを挟む
熱いから気を付けてと、マグカップを渡された。
コーヒーに口をつける湯気の向こう、逸登君はテーブルを挟んで腰を下ろす。
「ねぇ、逸登君」
「なぁに」
逸登君も、一口飲んだ。
「あのさ……さっきから私のこと避けてない?」
抱きとめて髪を撫でてくれたのは本当に心地が良かった。
幸せな感覚として刻まれたのに、それ以降はなんとなく余所余所しさがある。
ソファだって、私の横だって、二人並ぶのに十分なスペースがあるのに、ご飯を食べる時もテーブルの向いに落ち着いた。
「っ、、、避けてない。避けてはない」
二回言ったね。
大事なことというよりは、自身に対しての確認作業であるみたい。いずれにしても無意識の行動ではないとしたら、理由あっての距離感ということになる。
「だったら、そっち行っていい?」
机に駐車していたミニカーを押し出した。私の想いを乗せたはしご車は一直線に力強く走っていく。
「行く。行きます。俺が」
指先ではしご車を受けて、すっくと立ちあがった。
「詩乃さん笑いすぎ」
「笑ってない」
「めっちゃ笑ってんじゃん!」
隣に腰を下ろしてもなお、逸登君は視線は泳がせたまま。掌の中でくるくるとはしご車を弄って、コーヒーを飲んだりと落ち着かない。
真摯な告白を決めてくれた時とは別人のような緊張ぶりに、ついつい悪戯心が芽吹いてしまう。
「嫌われたかと思った」
「絶対ない! ……分かってて言ってるでしょ」
ようやくこっちを見たのはジト目。
私も目を細めて受けて立つ。
「自然体でいて欲しいな」
私の軽い挑発を受けて、意を決した棋士のように音を立ててミニカーを置いた。
「はい。無駄な抵抗は止めます」
意外にもあっさりと降参して、目つきをふわりと弓なりにさせた。
釣られて微笑んでしまったから、この勝負、実質私の負け。
「ベタつかれるの嫌いなタイプ?」
「めちゃくちゃ好きなタイプ」
「それは良かった」
「とか言って、詩乃さんあまりイチャついてくれなそうだよね」
「それで避けてた?」
笑いがぶり返す。
「違っ、遠慮してたの! すげぇ疲れてんの知ってるだけに、帰るって言われるかもだし、早々にウザいとか思われたらお仕舞いじゃん」
シノサンタイセツ、と急にカタコトで呟くもんだから我慢ならず噴き出してしまった。
逸登君は笑うなと文句をつけながら、両脚に挟むようにして私を囲った。
「呆れるでしょ? 大切なのに、俺、結局は自分のことしか考えてない」
恥ずかしそうに私の肩に額をつけてため息を吐く。逸登君のしたいようにさせて、私はマグで両手を温めながらちびちびとコーヒーを飲む。
「ごめんね。かなり浮わついてる自覚ある。再会できると思ってなかったから、詩乃さんとこうしてるのが信じられない」
言葉とは裏腹に、私の肩端の骨に頬を当てて背中に向かって話す逸登君の声は拗ねている。
合コンの後、連絡先すら交換せずにプラトニックに過ごした私たちをムラ君に相当いじられたというのは、、、彼らのノリを思い出すと納得できる。
「私が理都みたいにできないから」
詩乃さん、と逸登君にぎゅっと引き寄せられて密着する。
理都のことは置いておけと言ってくれているのか、私は私と言ってくれているのか。私の発言が不適切だったことは確かだ。
「ん、そうだね。私を受け入れてくれてるって思っていいんだよね?」
今度は私が凭れかかって肩を借りる。
「俺、詩乃さんじゃなかったら送ってなかった。電車が運転見合わせでもう少し一緒に居られるかなって、本当は嬉しかった。なんなら、うちに誘ったのも下心ありありだった」
「仕方なくじゃなかったんだ」
「まさか。清水さんだっけ? あの日あの人に会ってなかったら手ぇだしてた」
「清水さんって、やっぱり害しかないな」
「……それは、あの時点でOKしてくれたってこと?」
あの日の私の選択は分からない。
求めてくれたのなら応えたとは思う。
私のダメなところやコンプレックスは隠したまま付き合うことになっただろう。
だとしたら、いずれ息苦しさに潰されたとしても不思議じゃない。
だから、あの日の私たちは間違っていなかった。
「もちろん」
ほんのちょっとだけ不安そうな逸登君にキスをした。
私たちの初めてのキス。
短く触れるだけのキス。
私の恋心を伝えるキス。
「ぁ、、、また不覚……」
後れをとったと反応するだろうことは分かっていた。
不甲斐無さを悔やむ逸登君には悪いけど、私は私で受け身の恋愛はやめようと心に決めたんだ。
「逸登君、隙だらけ」
「いい。詩乃さんが埋めてくれるから」
「ぅんっ、、、」
こめかみを掻いた手で、私の頬を支えてキスをする。
記念すべき二回目のキス。
長く吸い付く優しいキス。
開き直った彼からのキス。
「止まらなくなるって分かってたから遠慮したのに」
「もう知らない」と、生っぽい感触が口内の粘膜を這いだした。
舌を絡め合いながら、お風呂は短いのにキスは長いのかなんて思う。
私の唇を濡らす戯れが夢中にさせる。
望み通り溺れさせてくれる予感に背筋がぞくぞくする。
「詩乃様専用になれて幸栄です」
息継ぎを許してくれた彼がいたずらっぽく囁いた。
もう一度ゆっくり唇を合わせて引くと、しっとりした唇が後を追うようにして離れた。
もう既に、名残惜しさで舌が痺れている。
彼の気遣いにほだされて、彼のキスに夢中にさせられた。
ほんの数時間前、野良でいいだなんて強がったくせに、
「私も逸登君専用だよ?」
拾ってくださいと言わんばかりに瞳の奥に訴える。
無音のまま、逸登君の大きな喉仏が大きく嚥下した。
コーヒーに口をつける湯気の向こう、逸登君はテーブルを挟んで腰を下ろす。
「ねぇ、逸登君」
「なぁに」
逸登君も、一口飲んだ。
「あのさ……さっきから私のこと避けてない?」
抱きとめて髪を撫でてくれたのは本当に心地が良かった。
幸せな感覚として刻まれたのに、それ以降はなんとなく余所余所しさがある。
ソファだって、私の横だって、二人並ぶのに十分なスペースがあるのに、ご飯を食べる時もテーブルの向いに落ち着いた。
「っ、、、避けてない。避けてはない」
二回言ったね。
大事なことというよりは、自身に対しての確認作業であるみたい。いずれにしても無意識の行動ではないとしたら、理由あっての距離感ということになる。
「だったら、そっち行っていい?」
机に駐車していたミニカーを押し出した。私の想いを乗せたはしご車は一直線に力強く走っていく。
「行く。行きます。俺が」
指先ではしご車を受けて、すっくと立ちあがった。
「詩乃さん笑いすぎ」
「笑ってない」
「めっちゃ笑ってんじゃん!」
隣に腰を下ろしてもなお、逸登君は視線は泳がせたまま。掌の中でくるくるとはしご車を弄って、コーヒーを飲んだりと落ち着かない。
真摯な告白を決めてくれた時とは別人のような緊張ぶりに、ついつい悪戯心が芽吹いてしまう。
「嫌われたかと思った」
「絶対ない! ……分かってて言ってるでしょ」
ようやくこっちを見たのはジト目。
私も目を細めて受けて立つ。
「自然体でいて欲しいな」
私の軽い挑発を受けて、意を決した棋士のように音を立ててミニカーを置いた。
「はい。無駄な抵抗は止めます」
意外にもあっさりと降参して、目つきをふわりと弓なりにさせた。
釣られて微笑んでしまったから、この勝負、実質私の負け。
「ベタつかれるの嫌いなタイプ?」
「めちゃくちゃ好きなタイプ」
「それは良かった」
「とか言って、詩乃さんあまりイチャついてくれなそうだよね」
「それで避けてた?」
笑いがぶり返す。
「違っ、遠慮してたの! すげぇ疲れてんの知ってるだけに、帰るって言われるかもだし、早々にウザいとか思われたらお仕舞いじゃん」
シノサンタイセツ、と急にカタコトで呟くもんだから我慢ならず噴き出してしまった。
逸登君は笑うなと文句をつけながら、両脚に挟むようにして私を囲った。
「呆れるでしょ? 大切なのに、俺、結局は自分のことしか考えてない」
恥ずかしそうに私の肩に額をつけてため息を吐く。逸登君のしたいようにさせて、私はマグで両手を温めながらちびちびとコーヒーを飲む。
「ごめんね。かなり浮わついてる自覚ある。再会できると思ってなかったから、詩乃さんとこうしてるのが信じられない」
言葉とは裏腹に、私の肩端の骨に頬を当てて背中に向かって話す逸登君の声は拗ねている。
合コンの後、連絡先すら交換せずにプラトニックに過ごした私たちをムラ君に相当いじられたというのは、、、彼らのノリを思い出すと納得できる。
「私が理都みたいにできないから」
詩乃さん、と逸登君にぎゅっと引き寄せられて密着する。
理都のことは置いておけと言ってくれているのか、私は私と言ってくれているのか。私の発言が不適切だったことは確かだ。
「ん、そうだね。私を受け入れてくれてるって思っていいんだよね?」
今度は私が凭れかかって肩を借りる。
「俺、詩乃さんじゃなかったら送ってなかった。電車が運転見合わせでもう少し一緒に居られるかなって、本当は嬉しかった。なんなら、うちに誘ったのも下心ありありだった」
「仕方なくじゃなかったんだ」
「まさか。清水さんだっけ? あの日あの人に会ってなかったら手ぇだしてた」
「清水さんって、やっぱり害しかないな」
「……それは、あの時点でOKしてくれたってこと?」
あの日の私の選択は分からない。
求めてくれたのなら応えたとは思う。
私のダメなところやコンプレックスは隠したまま付き合うことになっただろう。
だとしたら、いずれ息苦しさに潰されたとしても不思議じゃない。
だから、あの日の私たちは間違っていなかった。
「もちろん」
ほんのちょっとだけ不安そうな逸登君にキスをした。
私たちの初めてのキス。
短く触れるだけのキス。
私の恋心を伝えるキス。
「ぁ、、、また不覚……」
後れをとったと反応するだろうことは分かっていた。
不甲斐無さを悔やむ逸登君には悪いけど、私は私で受け身の恋愛はやめようと心に決めたんだ。
「逸登君、隙だらけ」
「いい。詩乃さんが埋めてくれるから」
「ぅんっ、、、」
こめかみを掻いた手で、私の頬を支えてキスをする。
記念すべき二回目のキス。
長く吸い付く優しいキス。
開き直った彼からのキス。
「止まらなくなるって分かってたから遠慮したのに」
「もう知らない」と、生っぽい感触が口内の粘膜を這いだした。
舌を絡め合いながら、お風呂は短いのにキスは長いのかなんて思う。
私の唇を濡らす戯れが夢中にさせる。
望み通り溺れさせてくれる予感に背筋がぞくぞくする。
「詩乃様専用になれて幸栄です」
息継ぎを許してくれた彼がいたずらっぽく囁いた。
もう一度ゆっくり唇を合わせて引くと、しっとりした唇が後を追うようにして離れた。
もう既に、名残惜しさで舌が痺れている。
彼の気遣いにほだされて、彼のキスに夢中にさせられた。
ほんの数時間前、野良でいいだなんて強がったくせに、
「私も逸登君専用だよ?」
拾ってくださいと言わんばかりに瞳の奥に訴える。
無音のまま、逸登君の大きな喉仏が大きく嚥下した。
0
あなたにおすすめの小説
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
円山ひより
恋愛
湯沢蕗(ユザワ フキ) 28歳
スターブルー・ライト航空株式会社 グランドスタッフ
×
向琉生(ムカイ ルイ) 32歳
スターブルー航空株式会社 副操縦士
「ーーじゃあ、俺と結婚しようか」
さらりと言われた言葉。
躊躇いのないプロポーズが私の心を乱す。
「大切にすると約束する」
指先に落とされた、彼の薄い唇の感触に胸が詰まった。
私は祖母の遺言に則って実家のカフェを守るため、あなたは広報動画出演の影響による数々の迷惑行為対策と縁談よけに。
お互いの利益のための契約結婚。
『――もう十分がんばっているでしょう』
名前も知らない、三年前に偶然出会った男性。
孤独と不安、さみしさ、負の感情に押しつぶされそうになっていた私を救ってくれたーーきっと、訓練生。
あの男性があなたであるはずがないのに。
どうして、同じ言葉を口にするの?
名前を呼ぶ声に。
触れる指先に。
伝わる体温に。
心が壊れそうな音を立てる。
……この想いを、どう表現していいのかわからない。
☆★☆★☆★☆
こちらの作品は他サイト様でも投稿しております。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる