愛は優しく、果てしなく

端本 やこ

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夫、成悟の愛しき憂い

3-4

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 百華と別々に過ごした週末。俺は空手大会の会場設営やら審判やらと雑用係に徹した。空いた時間に百華かからのメッセージに返信していると、百華が別の職場で働いていた頃を思い出した。
 たった数か月前なのに、懐かしい感じがする。
 それだけ今の状況に慣れたということであり、百華が職場に馴染んだということでもある。

 日曜の夕方、百華はお裾分けの野菜を携えて帰ってきた。俺の実家に。
 うちの両親が当たり前のように引き留めかかったが、処世術に長けた奏汰君も一緒で助かった。俺も便乗して自宅に辿り着いた。
 で、問題はここからだった。
 実家の面々を振り切った俺の前に別の敵が立ちふさがった。
 そう、おじいちゃんが手塩にかけた大量の新鮮野菜、アーンド、おばあちゃんの絶品レシピである。

「せー君絶対好きだと思う」

 夕飯を終えたにかかわらず、百華は新たに料理をはじめた。
 下処理をしておきたいってのはわかる。せっかく貰ったんだし、作り置きもしておきたいってのも。あまつさえ、俺好みの料理を新しく覚えてきてくれたのだから。
 けどさー。
 まぁー、不満。
 食事中に、お互いの週末がどんなだったか報告し合った。金曜は会社近くのカフェで奏汰君と待ち合わせをしたことや、新作マスカットティーが気に入っておばあちゃんへのお土産にしたことを聞いた。祖父母の様子に変わりがなかったことに、奏汰君絡みの新鮮無農薬野菜の通販も上々だとも聞いた。久しぶりに畑仕事を手伝って、体は疲れたけれどリフレッシュになったと嬉しそうに話してくれた。
 行かせて良かったと心から思った。

 ……となれば、あとは夫婦の時間だろ!

 離れて過ごした休日の最後ぐらいゆっくりしたい。
 頬杖をついて、仕込みに勤しむ百華の楽しそうな背中を見つめる。ちょっとだけ恨めしく思いながら。

「ねぇ、せー君」
「終わった?」
「まだ。明日一緒にランチできる?」
「あー、ごめん。定例会ある」

 月曜日は隔週で会議がある。開始時間もまちまちで、長引くこともしばしば。

「せっかく作るんだからお弁当にしようかと思ったのにな」
「流れで外に出ると思うから、明日はいいや」
「わかった」

 少し残念そうな声色にキュンとする。本音は、俺だって百華と百華の作った弁当を食いたい。
 一緒は無理でも、外食を断ればいいだけのことではある。
 問題は、百華は弁当作りのために早起きするだろうってこと。
 朝までイチャイチャな時間を削られては堪らない。

「じゃ、私の分だけか」
「は?」

 ほぼ反射で頬杖から顔を上げた。首だけで振り返った百華が、どうしたの? という視線を寄越す。

「ズルい。俺も一緒に食べられる時にして」

 ナイス、俺! なかなか上手いこと言ったっしょ。
 咄嗟の発言にかかわらず、不自然さが一切なくて自画自賛。

「意外とタイミング合わせられないっていうか、いつも微妙にズレちゃうね」
「百んとこ繁忙期だしな」

 俺は百華の様子をうかがっているものの、百華が業務課員と一緒にランチに出るならば親睦を深めるべきだと見送ってきた。百華を中心にいつの間にか大所帯になっている気はするが、杉浦さんが一緒だから安心している部分は少なからずある。

「そういえば、来週には落ち着くから歓迎会してくれるって」
「新人の本配属が決まってからの話だろ」

 研修中のひよっこたちの本配属が決まると、各課それぞれ飲み会を催すのが慣例だ。
 研修中に業務に必要な資格を取得することもあって、研修期間は比較的長い。歓迎会といえば春ではなく夏のイベントともいえる。

「そういうもの?」
「そういうもんです」
「けど日程調整に都合聞かれたよ」
「繁忙期乗り切った打ち上げも兼ねてるんじゃね?」

 百華は小首を傾げて少し考えて、「欠席するわけにいかないよねぇ」と呟いた。バス会社の送別会同様、歓迎会と銘打たれては、主役は辞退しずらい立場だ。

「その時はまた迎えに行くよ。どうせ会社の近くだろうし」
「えっなんで?」
「心配だからに決まってんじゃん」
「違う。せー君は夕飯どうするの?」

 いくら夫といえど、部課の違う俺が同伴するのはアウト。
 過保護な自覚のある俺でも社会性は残っている。

「いつも通り適当に済ますって」
「心配とか言うクセに参加しないんだ」

 珍しく百華が口を尖らせて拗ねる。子どもっぽい仕草は、週末を別々に過ごしたことによる「歓迎すべき後遺症」とみた。
 まんまとかわいいと思っちゃう俺。
 ようやく百華の意識が野菜から俺に移ったのだから乗っからない手はない。

「ほら、今夜はこの辺にして休憩しよ? 片付け手伝うから」

 立ち上がって百華に並んで洗い場に立つ。
 無反応。むしろ軽く睨まれている気がする。
 拗ねた態度を崩さない百華の頬に軽くキスをした。
 もちろん、仕方ないなという空気を全面的に押し出して。

「せー君も行ってくれるなら片づける」
「だぁかぁら」
「怪しい。奥村さんたちと飲みに行こうとか考えてない?」
「んあ?」

 奥村って、奥村真弓か? 
 急になんだってガーリー奥村が登場した?
 部下の幼い丸顔を思い浮かべてみても話が読めない。

「歓迎会こみで、フロアの親睦会だって言ってたもん」

 マジか。
 百華を中心に話が膨らんだってところか。

「俺らんとこ話回ってきてない」
「えっ、そうだったの? まだこれからなのかな。杉浦さんが忙しいからって、平井さんたちが幹事引き受けてくれたっぽいし」

 平井とビジネスサポート課が絡むなら無視できない。

「分かった。行く」

 溜息を禁じ得ない俺の内心なんて、百華は知る由もない。満面の笑みで「良かった」と片づけを始めた。
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