愛は優しく、果てしなく

端本 やこ

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夫、成悟の愛しき憂い

5-3

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 百華が既婚者だという事実によって、親睦会は異常に和気藹々とした雰囲気で終わった。会話がはずみに弾んで、その名の通り親睦が深められた。
 百華といえば、嘘を交えず、真実を答え続けた。
 俺たちがいかに愛し合っているかを。
 幸せそうに、誇らしげで、隙がなかった。
 だから俺は席替えもなくていいやと思ったし、助け舟を出そうとも思わなかった。
 なんなら、ちょっと大げさなぐらいで丁度いいとさえ思っていた。同僚たちの気質はわかっているつもりだし、今後の百華に対する関心が変化すればありがたい。

「二次会行くひと~」

 親睦が深まり過ぎたきらいがある。店の前で音頭をとる輩が現れた。
 集団で駅に向かうことになろうことは予想がついたが、そこから各々帰路につくはずだった。二次会なんて行きたいやつが行けばいい。つーか、大所帯でなくていい。金曜の夜を飲み明かしたいやつらだけでまとまればいいだけのことだ。

「はーい」

 元気な返事をするのは若手か酔っ払いだ。
 百華どこ行った?
 二次会行くマンたちに百華が絡まれたらかわいそう。きょろきょろと集団の真ん中を探ってみたけれど、百華はちゃんと輪の端に出ていた。

「百華さん行きますよね?」
「いえ。皆さんで楽しんできてくださいね」

 百華が首を振った。優雅に見える仕草だから、断りも嫌味ない。

「今日の主役なのに」
「歓迎会をしていただいてありがとうございました」

 お辞儀をすると艶やかな髪がふぁさりと落ちる。軽く押さえて頭を戻した百華の意思は固い。
 既婚者なんだもんねと、助勢する杉浦さんはさすがだ。無理をいうなと周囲を牽制してから、別の同僚との会話にシフトした。

「旦那さん了承済みなんでしょ。なんなら俺、帰り送りますよ」

 杉浦さんが空けた場所に平井が滑り込んだ。
 あいつ、諦め悪くねーか。
 百華が俺に気がついて、報告を兼ねた視線を寄越す。
 百華は口を開かず、平井を一瞥もせず態度でNOを伝える。完全にシャッターを降ろしたということだ。
 はい、そこまで。
 行きましょと調子よく誘いを続ける平井が百華の腰に手を回しかけた。

「佐藤さんも二次会行きますよね」

 断定的な物言いで、奥村さんが控え目に俺のシャツを引っ張った。

「いや。行かね」

 ほぼ反射で振り払った。
 百華しか眼中にない。俺も百華も、もうじゅうぶん同僚との親睦は深めた。
 二次会に盛り上がる若手を避けて、真っ直ぐ百華のもとへ向かう。

「もーも」

 数歩手前で立ち止まって、わざと名前で呼んだ。
 多少腹にちからをいれて、同僚が使う「百華さん」ではなく、パートナー限定の呼び方をした。
 平井も杉浦さんも、たぶん背後の奥村さんも、酔っ払いだって、みんながみんな驚いて俺を注視する。
 百華だけが薔薇を満開にさせた。

「成悟さん」
「百、帰るよ」

 おいで、と目で訴える。
 百華は弾んだ足取りで、俺の小脇に潜り込むように駆け寄った。
 百華が自らパーソナルスペースを割って入るのは俺にだけだ。俺と百華の間にはシャッターはもちろん、パーテーションだって存在しない。

「成悟さん、しっかり食べた?」

 百華が気持ち背伸びをして、より近づこうとする。
 俺も顎を引いて、気持ち百華の顔に近づく。

「食ったよ」
「最後の肉吸い風おうどん、成悟さんの好みだったでしょ」
「まあな。けど、ちょーっとお椀小さくなかった? あれじゃ、もも用か小鉢じゃん」
「私用に小鉢って失礼な」
「膨れたって、百華はじゅうぶんだっただろ?」
「うん。それはそう。うちに冷凍ごはんあるから、お茶漬けぐらいならすぐに用意できるよ?」
「どうしよっかなー」

 熊さん予備軍の腹を撫でて考える。締めの一品が少量だったとはいえ、それ以前に色々つまんだ。串ものに揚げ物だってあった。

「おばあちゃんの佃煮残ってる」
「あー。いいね。絶対うまいやつ」

 めっちゃお茶漬けに合うに決まっている。最強のごはんのおともは、百華にも真似できないうまさがある。いつか習得したいと百華はいうけれど、百華は百華の味で作ってくれるのがいいと思っている。

「では、お先に失礼します」

 周囲に目を向けたのは百華が先だった。
 俺はもう忘れかけていた。百華がちゃんとしていなければ、挨拶もなしにこの場を離れていたかもしれない。

「おつかれさまでーす」

 百華より軽めに挨拶をくりだした。
 平井が目を点にしたままなのが笑える。仕入れ課の同僚は一様にポカーンとしている。
 かまうもんか。
 百華は俺の妻で、俺は百華の夫だ。
 百華の肩に手を回して、駅へと続く方向に促した。

「俺はお茶漬けがいいけど、百はデザートいらん?」
「そういえば季節限定のが出たはず」
「お菓子?」
「アイス」
「買って帰ろ」
「やった!」

 百華が腰に抱きついた。
 重くない。あったかくて、やわらかい。

「ねえ、百」
「なあに?」
「次のお弁当さ、また出汁巻き入れて」

 一瞬、急になに? という顔をして、「わかったよ」と気軽に応じてくれた。

「次こそ一緒に食べられるといいんだけど」
「結局、今まで一度も一緒に食べれてないもんな」

 食事は百華と一緒がいい。
 特別でない食事でも、よりおいしくなる。

「せーくん、約束」
「はいよ」

 百華が出した小指に、自分のそれをひっかける。
 どちらかともなく、繋げた指を何度か振った。短い童謡を歌い終えられるぐらいの長さはそうしたけれど、俺たちは指を切らなかった。
 小指以外も全部しっかり絡めて繋ぐ。
 百華が擦り合わせるように握り返してきた。百華の気配を察知して、一瞬だけ立ち止まる。同じタイミングで少し踵を上げた百華の唇が俺の口角に当たった。
 愛してやまない特別な香りが漂って、鼻の奥がくらめいた。



夫side 了
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