世界の黄昏を君と共に

東雲兎

文字の大きさ
上 下
10 / 13
ありきたりな始まりで

7話

しおりを挟む
 蓮兎は魔法盾の習得に二日かけ、それから心装真理を纏った状態での格闘による戦闘法を叩き込まれ、昨日に格闘戦でゼノビアに拳を掠らせる事に成功した。そしてククリでの戦闘法もどうにか習得した事で《星の剣》見習いとしての訓練は終わった。

 明日より見習いから正規メンバーになるための勉学を含めた訓練が開始される。それ故に一日だけ休日が与えられた。

 つまり今日は蓮兎にとっての久方ぶりの休日である。……正直な話、蓮兎は何かに打ち込んでいた方が気が紛れて良かったのだが、ゼノビアから通して伝えられたグレゴリスの命令なのだから仕方ない。

 出る前に取り敢えず街で遊べる資金と、身分証としての星が刻まれたバッジを渡されて、街へと放り出された蓮兎。

「……いや、金を渡されても、価値がわかんないんじゃなぁ……」

 何が普通の水準で、何が高くて何が安いのか、さっぱりだった。持たされたのは金貨二枚と銅貨十枚。

 通貨単位がわからないので、取り敢えず蓮兎は近くの八百屋らしき店に寄ってみた。

「あの、すみません」
「ん? いらっしゃい。何をお求めだい?」

 大柄な男が出てきて、陽気に笑いかけてくる。
 対人コミュニケーションスキルはあまり高くはないと自負する蓮兎だが、ここは引きつりそうになる顔をぐっとこらえて、話を続ける。

「えっと、このリンゴ……もとい果実は金貨で買えますか?」
「おっと、そりゃ難しいな。リンゴは一カッパーだしな。ゴールドじゃ大きすぎるぜ」

 どうやら、金貨……通称ゴールドは単位としてはかなり大きいらしい。
 そしてリンゴっぽい果実はそのままリンゴであっているらしい。

「……なら、両替できる場所はありますか?」
「なら両替商がそこの道を右に曲がったところにあるはずだ」
「ありがとうございます。ついでにリンゴひとつください」
「まいどっ!」

 銅貨……カッパーというらしい……を二枚渡して、リンゴを二個受け取る。片方はポシェットに入れてもう一個は歩きながら食べる事にした。

 両替商の店を探すために、リンゴにかじりつきながら街を歩く。

「甘いな……」

 リンゴを楽しみながら、両替商を探す。すると案外すぐに目的の店を見つけることができた。

「すみません、開いてますか?」
「開いとるよ。如何されたね」

 店に入ると、初老の男が奥からカウンターまでやってくる。

「両替をお願いしたいんですが」
「シルバーかね? ゴールドかね?」
「ゴールド一枚です。出来ますか?」
「もちろんだとも。ほれ、出してみぃ」

 金貨を差し出すと、受け取った初老の男はレンズで金貨の傷の具合を確認する。そして問題ない事が分かると清算を始める。

「一ゴールドは百シルバー。そこから手間賃として二シルバーを引くと、九十八シルバーだ」
「一応、銀貨一枚を銅貨に変えておいてくれませんか?」
「と、なら一シルバーは百カッパー。そこから手間賃を引いて九十七シルバーと九十八カッパーだ」

 銀貨と銅貨が重ねられて差し出されるので、貰っていた財布に銀貨と銅貨を入れた。

「ありがとう」
「またの利用を待っとるよ」

 初老の男に見送られながら外に出る。まだ日は高い。次は何をすべきかと考える。

「……そうだ冒険者ギルドってのがあったっけ?」

確か基本知識の授業で冒険者という職業があると呟いていたので、その《ギルド》に情報収集するために蓮兎は行ってみることにした。

「《ギルド》……確か、難民部隊のようなものだっけ?」

 冒険者とは難民のように故郷を追われたものがなる事が多いらしい。現在は、魔族との戦争で難民が増えていることから必然的に冒険者が増えているとのこと。

 一応何があるかわからないので、護身用のククリをいつでも抜けるようにはしておき、ポシェットで外からはわからないようにしておく。



 道中で買った地図を元に歩き続けて、近道をするために路地裏へと入り込む。そこで……

「ぼっちゃんよー、ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねぇ。さっさと回れ右しな」
「そうすりゃ痛い目見なくて済むぜ?」

 チンピラ二人に絡まれていた。

「うーむ、なんとベタな」

 二人に聞こえないように呟く。さて如何したものかと、頭を悩ませた。

 蓮兎の中に戦うという選択肢がすぐには出てこなかった。それは平和な世界で暮らしていた弊害なのだろうか。

「なにダンマリ決め込んでんだ?」
「おいおい、俺たちをあんまり怒らせちゃダメだぞぅ? 死にたいっていうんなら別だがな」

 蓮兎は相手の戦闘能力を佇まいから探ってみる。

 どうやら相手は素人ではないようだった。一般人と仮定するにはあまりにも隙がなさすぎる。

 さて、面倒臭いことになったなと、蓮兎は頭を抑えた。

 なにせこのチンピラ、恐らくだが自分よりも強い。明らかに実戦を経験した気配がするのだ。しかもふたり、一人ならばゼノビアの方がはるかに強いのでなんとかなる。ゼノビアに鍛えられた五感をフルに使えば立ち回りで何とか相手にできる。
 しかし目の前にいるのはふたり、しかも間合いの取り方などからしてお互いのことを熟知しているようだ。つまり不和による同士討ちは出来そうにない。

 ここを戻るのも手だが、時間的に冒険者ギルドに行く事は出来ないだろう。着く前に戻らなくてはいけない時間が来る。

 本当にどうするべきかを蓮兎は考えていたが、そろそろチンピラ二人は我慢の限界らしい。故に早く決断しなくてはいけない。

「なにしてるの!」

 路地裏に凛とした声が響く。声の元へと目を向けると赤髪を後ろで束ねた女がチンピラ二人を睨みつけていた。

「なんだよ。俺たちは今大事な話をしてるんだよ」
「あなたたちも冒険者でしょう!? 冒険者が一般人から恐喝するなんて!」

 ズカズカと歩み寄ってくる赤髪を後ろで束ねた女は蓮兎よりも背が少し低かった。そして装備からして明らかに一般人ではない。

「も……ってことは彼女とこいつらは冒険者か」

 誰にも聞こえないようにそっと呟く蓮兎。

 その間にも状況は変わっていく。

「お前、その髪色。皇国の人間だろ」
「っ! それがどうした」
「いや、皇国については残念としか言えねぇけどよ。ならもっと保身的に生きろよ。こんなところで突っかかってんじゃねぇよ」
「そうそう、あんたの命は一人のもんじゃないだろうに。皇国の人間としての使命があるんだろ? それなら怪我しちゃあかんぜ」

 何やら説教が始まっていた。このチンピラ、実はいいやつなのではなかろうかと蓮兎は思い始める。

 赤髪の女はその説教に顔を真っ赤にする。

「な、なんであんたたちにそんなことを言われなきゃいけないのよ!」
「なんでって、俺たちも皇都陥落の時に居合わせたからな。逃げてくる群衆からの救助依頼に参加したしな」

 皇都陥落という言葉が出てきた時に、赤髪の女が硬直するのが見えた。しかしチンピラはそれに気づかずに続けていく。

「あの時は大変だったな。七十万以上の皇都民のうち無事に逃げおおせられたのはたったの七万人。軍人はほぼ全滅。皇国所属の《星の剣》にも死者が出たんだろ?」
「ああ、なんでも皇女様を逃がすためだったらしい」

 話が続くたびに、赤髪の女の呼吸が荒くなりつつある。その症状を蓮兎はよく知っていた。恐怖だ。
 恐らく心の傷を抉られているのだ。蓮兎はその痛みをよく知っているからこそ、考えるよりも体が先に動いた。

「落ち着いて、大丈夫。もう怖くないから」
「……あ」

 彼女の肩を掴み、まっすぐ目を覗き込む。捨てられた猫のような顔で、こちらを見上げてくる彼女に、蓮兎はポーチからリンゴを取り出して持たせる。それからチンピラ冒険者から庇うように前へと進み出た。

「その話はこれ以上はやめていただけませんか?」

 同族を守るために彼はもう一度立ち上がる。

「あ、なんでだよ……ああ。成る程」
「たく、わかったわかった。だから敵意を引っこめろ」
「そうですね、すみません」
「おや、案外素直」

 あっさりと敵意を引っ込めた蓮兎にチンピラ冒険者は少し驚いた。蓮兎はその理由を話しはじめた。

「だってこちらを心配してくれていた人の頼みです。普通は無理ではなければ極力応えようと思います」
「は? 何言ってんだ。俺たちがいつお前の心配をしたんだよ?」
「最初、回れ右しろって言ってくださったじゃないですか。あれ、暗に心配してくれてたんでしょう? 丸腰状態の俺を」

 蓮兎が笑顔でそんなことを言うものだから、チンピラ冒険者は毒気を抜かれたように苦笑した。

「そりゃ買い被りすぎだ。まるで世間知らずだな……あんたはどこのお坊ちゃんだい?」
「お坊ちゃん……と言うわけではありませんが、《星の剣》見習いをさせていただいております」
「《星の剣》!? うっそだろおい。あんな化け物集団の一味かよ!」
「見習いなので多分、お二方よりも弱いですけどね」

 あちゃー。とチンピラ冒険者は頭を抑えた。

「なら心配ねぇか、じゃあな。また会うことがないのを祈ってるぜ」
「んじゃ、縁があればまたな~。そんな縁、ない事を祈っとけよ」

 そそくさとその場を離れるチンピラ冒険者。彼らは本当に蓮兎のことを心配してくれていたらしい。ありがたいことだと、蓮兎は思った。しかし隣の女の対処を押し付けて逃げたのはなんとも言えぬモヤモヤが残った。

「さぁ、もう大丈夫だ。あ、自己紹介がまだだったね。俺は馬酔木蓮兎、蓮兎と呼んでくれ。君は?」

 出来うる限り優しく、穏やかに話しかける。普通だったら出来ないが、今は彼女の方が辛い。だからこそ蓮兎は奮起した。

 そんな蓮兎に少しずつ口を開き始めた。

「…………っシル……私は……シル」

 シルと名乗った少女は不安そうに、蓮兎を見つめた。
 蓮兎は彼女に笑顔を向ける。

 これが、後に戦友となるふたりのはじめての会合だった。
しおりを挟む

処理中です...