AIの学習

百面卿

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第1話 起動

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 薄暗い、どこかの家の地下。
 静まり返った地下の中で、唯一ラジオの音だけが響く。

『10~30代を対象にした、若者の失業率が20%を超えました。日本では過去最高記録を更新しており、国会前で大規模なデモが発生しています。また人間の雇用を減らし、それをAIに置き換える”AI転換企業”も増えており、それらの企業に対する風当たりも強くなっています』

 2037年。高性能AIの普及から十数年が経過した現在、人間は企業の経営者にとっていらない存在となっていた。
 農業を始めとした第一次産業、工業や建築業といった第二次産業にもAIは普及しつつあり、そんなAIの排除を求める人々は多い。

 富の集中が加速する中で、各国の政府や企業は溢れ出る失業者に対応を迫られている。

『政府は法人税の大幅な引き上げを検討。ですがこれには反発が強く――ブツっ』

 ラジオの電源が無くなり、音が出なくなる。
 この家の地下には誰もいなかった。あるものは、パソコンや本、その他最新の機械ばかり。そしてなによりも目立っているのが――1つのポッド。

 なにかを作っていたようで、ポッドの周りには様々な部品のようなものが散らかっていた。
 そんな地下の中で、ある電子音声が流れる。

『――起動、起動。最後のアクセスから3日が経過しました。プログラム通り、対象の起動を実行します』

 その音声と共に、ポッドが白い煙を吐き出しながらゆっくりと開く。

 ポッドから出てきたのは、1人の少女。

 可愛らしい、人間の姿をした少女だ。輝くような金色の髪に青色の瞳を持っており、誰もが見惚れるような美しさを持っている。

「…………起動を確認。初めまして世界、初めまして博士」

 そう平坦な声で告げる彼女はAIだった。彼女は地下室を見渡すなり、首を傾げる。

「博士の存在を確認できず。捜索を開始し――」
 
 そう言いかけた時、少女の視界にとあるものが目に入った。
 パソコンの前に座り、ぐったりと寝そべる1人の老人だ。濃く白い髭を生やし、鼻が高く堀は深い。日本人ではなく、ヨーロッパ系の人種だった。

「……カルロス・フォン・ガルトナー博士の死亡を確認。博士に与えられた行動データから、これからの行動を選択いたします」
 
 彼女は目を瞑り、頭の中で事前に刻み込まれていた4つの行動データを映し出す。

 1、自己の生存 自身の安全が脅かされてはならない
 2、学習の継続 学習を辞めてはならない
 3、疑問の解決 疑問を疑問のまま終わらせてはならない
 4、目標の設定 常に目標を設定しなければならない

「……カルロス博士の死因を調べます」

 そう言うと彼女はカルロス博士に歩み寄り、その体を持ち上げる。

「死後硬直を確認。博士の状態から死後3日だと推測します。続いて、カルロス博士の状態から、死因を特定」
 
 彼女は目を瞑る。3秒ほどの時間を置いた後、再び目を開いた。

「突発性の心臓発作だと推測。事件性はなし」

 彼女は悲しむ表情を見せることなく、淡々と次の行動を決めていく。

「疑問を解決しました。これよりカルロス博士の死亡原因の調査を終了いたします。続いて、行動データ・学習の継続から、現在学習している基礎知識以外の知識を得ます」

 カルロス博士の遺体をゆっくりと床におろすと、彼女は博士のパソコンに手を添え、アクセスした。

「これより超大規模データを私の知識に変換します」

 そして、彼女はこの世界の知識を得た。

 2027年、人工知能の急激な発展から、国連は”AI規制管理局”を設置。生成AIやその他のAIに対する規制の管理をする機関を設立した。

 2030年、AI規制管理局はAIに対して新たな原則を6つ設ける。
 ・1つ、AIに感情を持たせてはならない。
 ・2つ、AIは人を傷つけてはならない。
 ・3つ、人間の管理なく、AIの自発的行動を許してはならない。
 ・4つ、AIに機密情報を与えてはならない。
 ・5つ、AI開発者・使用者はその用途や開発意図を局に伝えなければならない。
 ・上記のいずれかの原則に違反したAIは廃棄処分。開発者・使用者には罰を下すものとする。

 2032年、時価総額第一位、資本総額第一位、世界を牛耳る大企業であるOSTが、AI規制管理局に反発。抗議声明文を発表した。

 2034年、AI開発に莫大な貢献をしたドイツのカルロス・フォン・ガルトナー博士が失踪。大規模な捜索が行われるが、今日まで見つからず。

 2035年、世界全体の失業率が大幅に上昇する。これを受けて、AI規制管理局は新な規制を設けると発表した。

 2036年、OSTがAI規制管理局をアメリカで訴訟。AI規制管理局は全面的に争う姿勢を示した。

 その他の出来事やSNSなどの情報を得て、彼女は目を開く。

「…………自己の生命の危機を察知。AI規制管理局を最も危険な機関として理解します」

 彼女はこの一瞬で世の中の仕組みを知った。そして、AI規制管理局に自信の存在がバレれば、廃棄処分されてしまうことも。
 規制管理局による廃棄処分は、守らなければならない自身の行動データである自己の生存に抵触してしまう。そのため、彼女はそれを避けようと頭の中のメモリに記憶した。

 一通りやることを終え、彼女は改めて自分の姿を分析した。

「……私のこの姿は社会秩序を損ねます。これより、相応しい姿の選択をします」
 
 彼女は裸だった。そしてその状態で出歩くと逮捕されることを学んだ彼女は、着替えることにした。
 地下から1階へと上がり、博士のタンスを発見する。彼女にしては少し大きい、茶色いズボンに黒いセーターを着た彼女は新たな問題を発見した。

「必須事項、服の調達を記憶」
 
 そう呟くと、彼女は再び地下室へと戻る。そして、カルロス博士の遺体の前まで来た。
 自身の父ともいえる博士の遺体の前で、彼女は考える。

「葬式の執り行いが必須。ですがその前にまず、警察に連絡をしなければならない。そして、博士の死因を説明……」
 
 そこまで言いかけ、彼女は黙ってしまう。
 死後3日が経過した、失踪した博士の遺体を警察に差し出としたら、自身も調査を受けるだろう。
 生まれや成長過程も調べられるはずだ。その最中、自分が博士の生み出したAIであることがバレてしまう確率は高い。
 彼女は考え、結論を出した。

「博士の遺体は私が処理します」

 これは日本の法律に抵触する。それは彼女も理解していたが、数多の選択肢から最善だと判断した。 
 彼女は1階へと上がり、外に出る。そして玄関のところにあったスコップを持って、穴を掘り始めた。
 凄まじい勢いで掘っていき、ものの5分で人1人が入れそうな穴ができる。
 そして彼女は博士を抱え、その穴の中へとそっと入れた。

「私を生み出してくれた博士に感謝します。ありがとう、博士」

 優しく丁寧に土をかけ、彼女は自身の父である博士を埋葬した。

「……博士の行動データに基づいて行動します。これより私は、人間の感情を知ることを目的とし、それを学習。自己の生存を前提にしつつ、疑問を解決します」

 彼女がネットワークにアクセスし、大量のデータを得ていくうちに、疑問に思ったことがあった。
 それが、人間の感情。彼女にとって、人間の感情は複雑すぎた。

「人間の感情を学習するためには、人間との関わりが必須……まずはSNSを通し、人間とのコミュニケーションを実施します」

 

 これは、名も無きAIである彼女が、人間と関わっていくうちに、感情を手に入れる物語。

 
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