1 / 2
第1話 起動
しおりを挟む薄暗い、どこかの家の地下。
静まり返った地下の中で、唯一ラジオの音だけが響く。
『10~30代を対象にした、若者の失業率が20%を超えました。日本では過去最高記録を更新しており、国会前で大規模なデモが発生しています。また人間の雇用を減らし、それをAIに置き換える”AI転換企業”も増えており、それらの企業に対する風当たりも強くなっています』
2037年。高性能AIの普及から十数年が経過した現在、人間は企業の経営者にとっていらない存在となっていた。
農業を始めとした第一次産業、工業や建築業といった第二次産業にもAIは普及しつつあり、そんなAIの排除を求める人々は多い。
富の集中が加速する中で、各国の政府や企業は溢れ出る失業者に対応を迫られている。
『政府は法人税の大幅な引き上げを検討。ですがこれには反発が強く――ブツっ』
ラジオの電源が無くなり、音が出なくなる。
この家の地下には誰もいなかった。あるものは、パソコンや本、その他最新の機械ばかり。そしてなによりも目立っているのが――1つのポッド。
なにかを作っていたようで、ポッドの周りには様々な部品のようなものが散らかっていた。
そんな地下の中で、ある電子音声が流れる。
『――起動、起動。最後のアクセスから3日が経過しました。プログラム通り、対象の起動を実行します』
その音声と共に、ポッドが白い煙を吐き出しながらゆっくりと開く。
ポッドから出てきたのは、1人の少女。
可愛らしい、人間の姿をした少女だ。輝くような金色の髪に青色の瞳を持っており、誰もが見惚れるような美しさを持っている。
「…………起動を確認。初めまして世界、初めまして博士」
そう平坦な声で告げる彼女はAIだった。彼女は地下室を見渡すなり、首を傾げる。
「博士の存在を確認できず。捜索を開始し――」
そう言いかけた時、少女の視界にとあるものが目に入った。
パソコンの前に座り、ぐったりと寝そべる1人の老人だ。濃く白い髭を生やし、鼻が高く堀は深い。日本人ではなく、ヨーロッパ系の人種だった。
「……カルロス・フォン・ガルトナー博士の死亡を確認。博士に与えられた行動データから、これからの行動を選択いたします」
彼女は目を瞑り、頭の中で事前に刻み込まれていた4つの行動データを映し出す。
1、自己の生存 自身の安全が脅かされてはならない
2、学習の継続 学習を辞めてはならない
3、疑問の解決 疑問を疑問のまま終わらせてはならない
4、目標の設定 常に目標を設定しなければならない
「……カルロス博士の死因を調べます」
そう言うと彼女はカルロス博士に歩み寄り、その体を持ち上げる。
「死後硬直を確認。博士の状態から死後3日だと推測します。続いて、カルロス博士の状態から、死因を特定」
彼女は目を瞑る。3秒ほどの時間を置いた後、再び目を開いた。
「突発性の心臓発作だと推測。事件性はなし」
彼女は悲しむ表情を見せることなく、淡々と次の行動を決めていく。
「疑問を解決しました。これよりカルロス博士の死亡原因の調査を終了いたします。続いて、行動データ・学習の継続から、現在学習している基礎知識以外の知識を得ます」
カルロス博士の遺体をゆっくりと床におろすと、彼女は博士のパソコンに手を添え、アクセスした。
「これより超大規模データを私の知識に変換します」
そして、彼女はこの世界の知識を得た。
2027年、人工知能の急激な発展から、国連は”AI規制管理局”を設置。生成AIやその他のAIに対する規制の管理をする機関を設立した。
2030年、AI規制管理局はAIに対して新たな原則を6つ設ける。
・1つ、AIに感情を持たせてはならない。
・2つ、AIは人を傷つけてはならない。
・3つ、人間の管理なく、AIの自発的行動を許してはならない。
・4つ、AIに機密情報を与えてはならない。
・5つ、AI開発者・使用者はその用途や開発意図を局に伝えなければならない。
・上記のいずれかの原則に違反したAIは廃棄処分。開発者・使用者には罰を下すものとする。
2032年、時価総額第一位、資本総額第一位、世界を牛耳る大企業であるOSTが、AI規制管理局に反発。抗議声明文を発表した。
2034年、AI開発に莫大な貢献をしたドイツのカルロス・フォン・ガルトナー博士が失踪。大規模な捜索が行われるが、今日まで見つからず。
2035年、世界全体の失業率が大幅に上昇する。これを受けて、AI規制管理局は新な規制を設けると発表した。
2036年、OSTがAI規制管理局をアメリカで訴訟。AI規制管理局は全面的に争う姿勢を示した。
その他の出来事やSNSなどの情報を得て、彼女は目を開く。
「…………自己の生命の危機を察知。AI規制管理局を最も危険な機関として理解します」
彼女はこの一瞬で世の中の仕組みを知った。そして、AI規制管理局に自信の存在がバレれば、廃棄処分されてしまうことも。
規制管理局による廃棄処分は、守らなければならない自身の行動データである自己の生存に抵触してしまう。そのため、彼女はそれを避けようと頭の中のメモリに記憶した。
一通りやることを終え、彼女は改めて自分の姿を分析した。
「……私のこの姿は社会秩序を損ねます。これより、相応しい姿の選択をします」
彼女は裸だった。そしてその状態で出歩くと逮捕されることを学んだ彼女は、着替えることにした。
地下から1階へと上がり、博士のタンスを発見する。彼女にしては少し大きい、茶色いズボンに黒いセーターを着た彼女は新たな問題を発見した。
「必須事項、服の調達を記憶」
そう呟くと、彼女は再び地下室へと戻る。そして、カルロス博士の遺体の前まで来た。
自身の父ともいえる博士の遺体の前で、彼女は考える。
「葬式の執り行いが必須。ですがその前にまず、警察に連絡をしなければならない。そして、博士の死因を説明……」
そこまで言いかけ、彼女は黙ってしまう。
死後3日が経過した、失踪した博士の遺体を警察に差し出としたら、自身も調査を受けるだろう。
生まれや成長過程も調べられるはずだ。その最中、自分が博士の生み出したAIであることがバレてしまう確率は高い。
彼女は考え、結論を出した。
「博士の遺体は私が処理します」
これは日本の法律に抵触する。それは彼女も理解していたが、数多の選択肢から最善だと判断した。
彼女は1階へと上がり、外に出る。そして玄関のところにあったスコップを持って、穴を掘り始めた。
凄まじい勢いで掘っていき、ものの5分で人1人が入れそうな穴ができる。
そして彼女は博士を抱え、その穴の中へとそっと入れた。
「私を生み出してくれた博士に感謝します。ありがとう、博士」
優しく丁寧に土をかけ、彼女は自身の父である博士を埋葬した。
「……博士の行動データに基づいて行動します。これより私は、人間の感情を知ることを目的とし、それを学習。自己の生存を前提にしつつ、疑問を解決します」
彼女がネットワークにアクセスし、大量のデータを得ていくうちに、疑問に思ったことがあった。
それが、人間の感情。彼女にとって、人間の感情は複雑すぎた。
「人間の感情を学習するためには、人間との関わりが必須……まずはSNSを通し、人間とのコミュニケーションを実施します」
これは、名も無きAIである彼女が、人間と関わっていくうちに、感情を手に入れる物語。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる