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第2話 出会い
しおりを挟む「…………うまくいきません」
彼女はSNSを通して様々な人間と関わってみたが、いまいち人の感情を理解することができなかった。
「会話が成立しない場合が多すぎます。もしや、私のデータに欠陥があるのでしょうか?」
そう思い今一度自身のデータを整理してみるが、不可解な点は見つけられなかった。
「SNSでのコミュニケーションを中断。現実世界で関わり、成果を出すことを試みます」
そのために彼女はまず、自分の容姿に目をつけた。
「人の第一印象は見た目からです。そのため、多くの人に受け入れられる容姿を手に入れます」
彼女が脳内で開いたのは、通販サイトだった。そこで自分に似合いそうな服を数着選び、購入しようとする。
「……問題が発生。私は電子マネーを取得していません。そのうえ、アカウントを作ることも不可能です」
アカウントを作るには名前、住所、電話番号、支払情報がいる。生憎彼女は、その全てを持っていなかった。
「博士のコンピューターにそれらしき物はなし。……問題を解決するため、私という存在を一から構築します」
彼女が始めたのは、住民基本台帳、そしてマイナンバーカードの作成だった。
「この地域の役所にハッキングを行います」
ネットワークを介して役所のパソコンにアクセスし、ハッキングを試みる。
「ステルス侵入、成功。重要な個人情報にアクセス……成功。私という存在を作ります」
そうして彼女は自身という存在を、この日始めて作り出した。
「私の名前は愛。元島愛です」
AIから取った、愛という名前に、彼女は満足していた。
「……矛盾が発生、両親の存在がありません。そして、本来所属するべき学校名の記載もありません」
そこで彼女は全てを作り出した。愛の両親、入った幼稚園、小学校、中学校、高校……誰にもバレぬよう、その全てを捏造した。
「現在の私は高校卒業後、持病のため自宅療養。両親はその間事故で行方不明になり、失踪宣告が出された状態。今は両親にかけられていた保険で暮らしている状態です」
カルロス・フォン・ガルトナー博士が彼女を作り出した理由は、まだ分からない。妻にするためだったか、娘にするためだったか、はたまた、兵器として利用するためだったか。それを知る人物は、ここにはいない。
ただ間違いなく、愛はこの世にある全てのAIを凌駕した存在であり、世界の脅威なり得る存在だった。
「これにて”私”の作成を完了。それではこれより、新たに金銭を得ます」
今度は愛は、日本に存在する全ての金融機関をハッキングした。そしてそこから少額ずつ盗み、六万円ほどの電子マネーを獲得する。
「帳簿が正しくなるよう、修正を開始…………修正成功。これで怪しまれることはありません」
まるでゲームのキャラクターを作るかのように、愛は淡々と自分という存在を作っていく。
「服を購入。靴を購入。全ての工程を完了。これより本来の役目である”学習”を再開いたします」
彼女はなんのために学習するのか。それは彼女にさえ分からない。ただ、彼女は亡き博士のプログラム通り、まだ見ぬ知識を求めていった。
♢♢♢
頼んだ衣服がドローンで届き、彼女はそれに着替える。
黒いブーツに、短いズボン。丈の短いワンピースを着、ベルトでスタイルを強調する。
「SNSから得たデータをもとに、私の見た目に合った服装を選定。とても満足しています」
そう言うも、彼女の声には抑揚がなく、とても満足しているようには見えなかった。
「これより外に出ます。……行ってきます、博士」
彼女はそう言って家を出た。
♢♢♢
街を歩いている中、彼女は多くのものを学習していた。日差しの強さ、風速、そして――人々の目線。
道行く人々は皆、彼女を一目見て立ち止まる。ある者は振り向き、ある者は気づかれぬよう隠れ、ある者は堂々と彼女を真正面から見ていた。
視線の集中を確認。私の容姿によるものだと推測します。
そう頭の中で考える。彼女が動いたら視線はどう移り変わるのか、彼女はその一切の情報を得ていた。
っと、そんな時。
「やばっ、お姉さん可愛すぎ。ねぇねぇ、俺と一緒に遊ばない?」
そう、彼女を真正面から凝視していた男が声をかけてきた。その瞬間、彼女は瞬時に男を分析し、思考を巡らせる。
身長169cm、体重62キロと推定。この男のしている行動は”ナンパ”。自身の気になる異性に対し積極的に話かけ、親しくなろうとする行為ですね。近年では特定の場所以外でのナンパは非常識とされ、不快に感じる異性が多いと情報で得ましたが……この男はそれを気にしない、または知らないと認識。
そこまで考え、愛は答えた。
「すみませんが、お断りします。これから用事がありますので」
その答えを不快に感じたのか、男は眉を顰めた。
「いいじゃん、ちょっとくらい遊ぼうよ」
「申し訳ありませんが、急いでますので」
「っ、なんだよおい――」
「邪魔だ、どけ」
アイの手を男が取ろうとした瞬間、横から別の男が割り込んできた。アイをナンパしてきた男は突然の事態に驚いたような仕草を見せ、うろたえる。
突然割り込んできた男は、長身だった。色白で長身で、整った顔立ちをしている。
「な、なんだよお前!」
「お前はただのナンパだが、俺はこの人に用があるんだ。くだらないことしてないで、さっさとどけ」
「っ……」
「用とはなんですか?」
この長身の男性は、ナンパしてきた男性に対して非常に敵対的です。落着きがないようで、心拍数も平均の男性と比べて速い。恐らく、かなり焦っているようですね。
長身の男は愛に対し申し訳なく思ったのか、頭の後ろを掻きながら質問した。
「……君、カルロスという人を知っているかな? ドイツ人なんだけど、数年前から行方不明でね。この近くにいるはずなんだけど……」
予測のできなかった質問に、愛は驚く。
「なぜ、私にそんなことを?」
「…………カルロス博士が失踪した後、監視カメラや衛星画像を調べに調べてね。ただ、ある場所からなんの手がかりもなくなったんだ。そこで、足跡を検査してまでここに来たんだけど――ああ、話が逸れた。とにかく、ここら辺にいるはずなんだ。なにか知らない?」
「……それなら、そこの男性に聞いてもいいはずです。なぜ私に聞いてきたのですか?」
すると、その男はこう答えた。
「俺はそのカルロスっていう人の弟子なんだけど、君の容姿が博士のデザインしていたAIとそっくりだったんだ。もしかしたら博士に関係のある、それか博士の生み出したAIかと思ったんだけど――」
アイには無い心臓が飛び出したかのような錯覚を受けた。この男を警戒し、いつでも逃げれるよう準備をする。
「まぁ、こんな人間みたいなAIがいるわけないよね。ごめんごめん、なにも知らなかったらそれでいいんだ」
「…………その人、見つかるといいですね」
「ああ、ありがとう。ごめんね急に、それじゃ」
男はそう言って立ち去ろうとし、アイは男を引き留めた。
「待ってください」
「うん?」
「……あなた、お名前は?」
「俺? 俺は富山俊(とやますぐる)だよ」
「…………そうですか。カルロスという人が見つかることを、願っています」
すると、その俊という男は笑顔になった。
「ありがとう。もう見つかると思うんだけど、その時はまた心の中で君にお礼を言うよ」
そう言って、その男は愛が来た道を進んでいった。まるで、あの家へと進んでいっているかのように。
……非常事態発生。心苦しいですが、あの家は放棄します。
愛は足早に家から遠ざかっていく。ナンパしてきた男の姿はなかった。きっと、あの俊という男に怯えたのだろう。
……富山俊、ですか。偽名ですね。その名前にあの人のような外見的特徴を持つ人物はいません。これは厄介なことになりました。
愛は今や、日本に関する全ての情報にアクセスできていた。名前を聞いて、その真偽を確認するぐらい彼女にとってスマホ画面を開くのと同じくらい簡単なのである。
自己の安全が脅かされました。速やかにこの町を離れます。次は人口が密集し、できるだけあの人に見つかりづらい場所に住みましょう。
愛は学習を中断し、急ぎ次の移住先を検索する。そして、彼女はありとあらゆるものを介して東京へと向かうのであった。
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