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生まれた瞬間に決められた人生

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 教会の中は暑くもなければ寒くもない。丁度いい温度が保たれている。確か、教会には温度を調節するための魔石が備え付けられていると聞いたことがある。一日に大勢の人が祈りにくる場所なのだから、外と変わらず暑いままでは、祈りを捧げる人も離れていってしまうだろう。


 いくつも置いてある長椅子に老若男女問わず座って手を合わせているのが見える。
 まだ幼い子供も大人しく座っている程に。
 俺も毎日ではなかったけれど、教会には一年ほど通っていた時があった。
 毎日、五代元素を司る神に祈りを捧げれば、いつか魔力が宿るだろうと父に言われたからだ。結局、その思いも努力も無駄だったのだが。


 漸く、母の元へとついた。母はこの教会に居る魔道士の人と話し込んでいて、俺がそばにいる事にまだ気づいていない。
 話しているのを邪魔してはいけないだろうと、声をかけずにいたのだが、俺が来たことに気づいた魔道士が一瞬顔を曇らせた。
 いや、あれは曇らせたなんて生易しいものでは無い。


 嫌悪感。薄気味悪いものを見るような目。
 関わり合いになるのも末恐ろしい。
 そう言っている顔だった。
 あの目と顔には慣れている。生まれてからというものの、あの顔以外の顔なんてほぼ見ないだろう。むしろ、表情だけでありがたいほどだ。心無い言葉をかけられないだけまだマシだ。そう自分に言い聞かせた。


「海、この方達があなたの魔力の計測をしてくださるわ。失礼のないように。きちんと言うことを聞くのよ?」
「はい……」
「魔道士様。息子をどうかよろしくお願い致します」


 母が魔道士に深々と頭を下げる。
 それを黙って見ているだけの魔道士。
 とてもよろしくなんてされたくない、と雰囲気から察してしまうほどだった。


 三人の魔道士に囲まれるようにして、教会の奥へと進む。
 教会の祭壇横の扉を開く。扉の先は暗く、先が見えない階段があった。
 先に一人の魔道士が明かりを灯しながら階段を降りる。先行く魔道士が歩くのと同時に、壁についているランプに火がふっと、灯された。後ろからどんっと背中を小突かれて前へと進む。


 転ばないようにゆっくりと階段を降りていくその間に、背後からコソコソと女の人が話す声が聞こえた。
 先程、母が頭を下げていた時にじっと見つめていたおばさん達だろう。長椅子の方からやけに熱い視線を浴びていたのを覚えている。きっと母が魔道士に話していたことが全部おばさん達の耳に入っていたのだろう。


 あの年代の女性は噂話が特に好きだとじいちゃんが言っていた。ある程度、余裕が出来て暇な時間を潰すために、面白可笑しく話をするのだと。その噂話に本当の話があってもなくても。
 ネタとして話すのだそうだ。


 めんどくさいこと極まりない。
 はいはい、どうせ魔力無しですよ。魔法が使えない可哀想なガキですよ。
 もういいよ。好き勝手言ってればいいよ。
 いつか、いつか見返してやるから。魔力無しだったあいつが!? ってなるように努力するから。今まで俺を散々嗤って来たヤツらがビックリするようなやつになってやるから。


 だから今は耐えなくては。
 謂れのない言葉が耳に入っても、例え同年代の男の子や女の子に馬鹿にされていじめられても。立派な大人になったら認めてくれる人がいる。よく頑張ったなと言ってくれる人がいる。その人の為にも俺はこんな所で泣いてなんか居られないんだ。


 じわりと水の膜が張る。一滴も零すことの無いように、すぐ近くにいる魔道士に一切悟らせないように。涙を拭うこともせず、少し斜め上を見上げて堪えていた。


「ついたぞ」


 魔道士の前には木製の扉があった。とてもボロボロで、何十年も前に作られたような小汚さだった。金具の軋む嫌な音を鳴らしながら扉を開ける。
 その先には大人が1人寝れるくらいの台座。そして、金の五代元素を象徴する石の彫刻が立っていた。教会の地下にあるため、そんなにサイズは大きくはないのだが、彫刻自体はとても細部までの細かな彫りがされていた。


「そこの台座に寝ていろ。すぐに終わる」
「下手な真似しない方がいいよー。私らはきちんとあんたの魔力を見ることが出来るんだからね」
「凛香、余計なことは口にするな」
「はーい、すみませーん」


 言われた通りに俺が台座に横になると、女性の魔道士が気の抜けたような声で警告してきた。
 それをすかさず別の魔道士がたしなめる。
 彼女はまた気の抜けた返事を返していた。反省の色など見られない。形だけ謝ったという感じだ。


 力を抜いて天井を見上げる。いつもと同じ光景が目に入った。少し違うのは台座の形くらいだろう。地元の教会には台座に手すりのようなものがついている。手すりを掴んで楽に起き上がるためだ。でも、ここの台座にはそんなものがついていない。代わりについているのは、頭の方と足の方に紫色の魔石があることだった。


 母が魔力計測がきちんとしていると言っていたのはこれのことだろうか。
 魔石によって細部まで調査されるのか。
 どうせ調べても結果は以前と変わらない気がするけれども。
 それは魔道士の態度を見ていれば明らかなこと。


 俺があの三人の魔道士の前に姿を現した時点で分かりきっていた。魔道士ともあろう人間が、魔力の有無を見誤ることがない。
 だが、あれだけ母に頼み込まれていれば断るのも骨が折れることだろう。だから、形だけの計測をする。
 そんなことだろう。


 台座が金色に光り始める。
 この光も何度も見た。魔力を測るための魔法陣が発動したのだ。その魔法に反応して魔石も光を放つ。金色の中に紫の光りは何とも不気味だった。
 魔力を持たない俺に対してこの魔石はどんな反応するのか。
 気になるといえば気になるし、どうでもいいと言ったらそれまでのことだった。


 金色の光は数秒光を放ちた後に、スっと消えていった。魔石ももう光を失っている。
 俺は台座から降りて部屋から出ようとした。


「お前。今回も魔力はなかったな」
「そう、ですか」
「てか、君さぁ。魂が半分かけちゃってるのよ」
「魂が……?」
「余計なことを言うな。黙っていろ」
「えー? だって本人分かってないみたいだし、この際ちゃんと話してあげた方がいいんじゃないですかねー。今後のために」


 楽しそうに笑う女性の魔道士。
 他の2人は考え込むように頭を抱えていたのだが、凛香と呼ばれた魔道士がにこにこ笑いながら俺の前に来て、膝に手を当て屈んで俺の顔を覗き込む。彼女の目を真っ直ぐと見る俺の顔は困惑の表情を浮かべていたのが、彼女の瞳に映っていた。


「君ね、魂が半分ないの。この世界では死んでるのも同然だよ」


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