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山あり谷あり、平坦あり?

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「海! いい加減にしなさい!」
「いだっ!?」
「何時だと思ってるの!」


 今読んでいる本がもう少しで読み終わるという所で、後ろから何かで頭を叩かれる。痛む頭を撫でながら後ろを振り返ると、鬼の形相の母がスリッパ片手に仁王立ちしていた。え、それで殴ったの?


 夕飯を食べてからまた書庫に篭っていた俺を心配して声をかけに来てくれたのだろう。もう心配というか怒りというか。色々と超えている気がするけれど。書庫には時間を知る術がない。それはじいちゃんが、意図的にそうしたのだが。集中しているのに、時間というものに縛られてはいけないという配慮だった。
 だからこそこうやって母が来るのだが。


「今何時だと思ってるのよ」
「あー……えっと、23時くらい……?」
「夜中の2時よ。2時! いい加減寝なさい!」
「は、はいいいぃい」


 引き攣らせた笑みで答えてみせたが、逆に噴火を促すだけのものだった。
 急いで机の上に置いてある本を本棚へと戻し、読み進めていた本には栞を挟んで机に置いたままにしといた。翌日またこの本を読むために。
 もう少しでこの本が読み終わる所だったのになんて言ったら、大変なことになるだろう。


「部屋に本を持ってくなんてご法度だからね」
「分かってる。この書庫からは本は持ち出さないよ」


 部屋に持って行ってまで読むな。という意味で母は言ったのだろうけど、俺の答えとは少し違う。書庫から本を持ち出すということは、本の寿命が短くなるということである。まだここの本達には世話になるだろう。末永く存在していてほしいものだ。


 書庫の明かりを消して扉を閉める。道幅の狭い階段を登ってリビングまで戻り、また扉を閉める。地下への扉は二重構造になっている。そんな強固なものではないけれど、書庫の本を守るためのものだとじいちゃんが言っていた。
 リビングの方の扉は何の変哲もない木製の扉。俺みたいなひ弱なやつでも蹴り破れるほどのもの。
 そしてその扉を超えた先にある地下への扉は、今では希少価値の高い鉄板で作られた扉。
 ずしりと重みがあり、開閉の度に床を引きずる程だ。


 その扉にいくつものパズル形式の鍵が仕組まれている。この鍵を開けられるのは俺と母、そして亡きじいちゃんの3人だけ。
 しかも、じいちゃんの悪戯心なのかなんなのか、一度パズルを解いた後に扉を再度閉めると、パズルの種類が変わる。パズルは15パターンあり、次にどのパズルが来るのかはランダムだった。
 俺も全部の答えとパズルのパターンを覚えるのに2年かかった。同じパズルが来たかと思ったら、なかなか出ないパズルがあったりする。


 じいちゃんに教えてもらいながら扉を開けていたのが懐かしい程に、今ではすんなりと扉を開けられるようになった。
 俺、成長したよ。じいちゃん。


 リビングの扉の鍵をかけると、近くに置いてあった黒い布を扉に合わせるようにして貼る。
 布は壁と同化するように消えていった。マジックアイテムの宝隠しである。この布を上から乗せると、周りの色や物と同化することによって布の中にあるものを完璧に隠すことが出来るという優れものである。布の耐久性はおろか、火に対しても水に対してもかなりの防護である。


 それほどこの書庫を守りたいというじいちゃんの思いだろう。この布一枚で豪邸が買えるほどの値段。母もこの布に関してはかなりの反発をしたのだが、じいちゃんの頑固さに折れたと言っていた。


「おやすみ、海」
「おやすみ」


 二階へと上がってそれぞれ自室へと入る。
 部屋の明かりは付けずにベッドに座る。目を閉じて、周りの音に意識を集中させた。外の風が靡く音、風を受けて家が軋む音などが耳に入る。そんな中で、隣から聞こえてくる音が無くなったのをいい事に俺は作業を開始した。


 母が完全に寝静まってからでないと、物音で気づかれてしまう。寝入りのいい母はすぐに寝付くのだが、たまに起きていたりする時があるので気をつけなくてはいけない。
 この間それで気づかれて落雷があった。細心の注意を払っていても危ない時があるのだ。


「さて……今日は何を作るかな」


 この間は狩猟の本を読んだおかげで弓を作れた。本当は狩猟銃というものがあったから作ってみようかと思ったのだが、如何せん材料が足りない。
 中途半端なものを作ったところで、使えなければただのゴミと化すし、下手したら暴発ということもあり得る。これは今手を出すべきではないと判断した。


 もう少し手軽に作れるものとして弓を作成したのだ。弓を作るのにそう時間はかからなかった。
 とりあえず近く森の木を何本か自宅へと運び、削った。弓の弦は植物の繊維から作ることが出来るというので、木を持って帰っている途中で見つけた適当な植物で弦を作った。
 本には竹で作るのが良いと記載されていたのだが、近くの森には竹なんて無かった。いつか竹でも作ってみようと思う。


 矢も木製。鳥の羽根をどこから調達しようかと悩んだが、森の中をさ迷っていたら意外と見つかった。それでも、5本分の羽しか見つけることはできなかった。まぁ、試しだから。うん。本格的に作る時はきちんと羽を見つけますよ。うん。


 細い枝から矢を作り、風の抵抗を減らすために羽をつけた。これだけで良いのかと悩み、また別の本を引っ張り出して改良を加えた。
 ただの矢でもそれなりの威力は出るのだが、矢が抜けずらくなるための効果として、矢の先端に返しを作った。無理に抜こうとすれば、刺さった以上の怪我を負うような仕組みである。


 弓、矢、そして矢筒を作って人気のない森へと入り、弓の試し打ちをした。
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