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植物園
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遠く、遠い瓦礫の地にて。
新たなドームを見つけたピムとリルム。
物資を求めてその地へ足を踏み入れようとしていた。
ドームのなかはクリーンな空気で満たされていた。
環境適応スーツを脱いで正門を抜け、その光景におもわず声をあげた。
「おぉ……」
「わぁあ!」
一面を埋め尽くす、そこはまさに森そのもの。
名前も知らぬ広葉樹と針葉樹がドーム全体に広がり、美しい花たちが咲き乱れている。
リルムは叫びだしたい衝動をこらえ、ピムも珍しい光景に胸をおどらせる。
だが奇妙なことに、これだけ整った環境であるにも関わらず、だ。
ドームに人の気配はない。
探索していると、かつて人が住んでいたのだろう建物跡を発見した。
おじゃまします、と声をかけて、ふたりは玄関(といっても扉はないが)から入った。
生い茂る雑草とツルで覆われ、内部から育ったのであろう大きな木が建物の中心を突き破っている。
そこそこ年月が経たないと、ここまで育たないはずだ。
ピムは芽が生えた木製の棚をあける。
なかに入っていた食器には、すこしばかりのホコリがついていた。
「ねぇリルム、ここちょっと変じゃない?」
「そうねピム、ちょっとじゃないわ。だいぶ変よ、ちゃんちゃらおかしいわ」
「なにが?」
「えっ?」
「ごめん。やっぱりなんでもない」
「ピムも変よ、ちゃんちゃらおかしいわ」
「……で、どう思う?」
ツルで覆われた木製のイスに座って、疑問を投げかけるピム。
リルムは「ううむ」と眉を寄せながら、人差し指をたてた。
「そうね。ある文献で読んだことがあるのだけど。ここは植物園、と呼ばれる場所かも」
「まぁ、そう呼ばれてもおかしくはないね」
「ねぇピム、いったん船に戻りましょう。ここで飲んだり、食べたりするのは危険よ。戻ったら入念にシャワーを浴びてちょうだい。まぁ、もう手遅れかもしれないけれど」
頭のうえに「?」マークを浮かべるピム。
数分後、彼は仮説を耳にして悲鳴をあげる。
☆
諸君!
一般ピープルの諸君!
静聴せよ! 成長するのだ!
人間が、人間である以上!
苦しみ、憎しみ、怒り、その他さまざまな負の感情から逃れることはできない!
あらゆる苦痛から解放されるには、人間が人間を超えるほかないのだ!
そうだ諸君!
なればこそ人類諸君!
我々は考えて、その思考を捨てるのだ!
我々は考えない、葦となるのだ!
かつて『植物園』になる前のドームにいた、ある研究者の日記を抜粋したものだ。
男は、困ったことに心の底から、狂っていた。
しかし困ったことに心の底から、人類を救済する気でいた。
男は人類が植物になれば、苦楽をのがれ、人口増加や食糧不足に悩む必要はなくなると考えていた。
だから人生の大半を孤独に、ただ真摯に、研究に没頭し、やがて狂気のはてにそれを完成させることに至った。
人間を、植物化させる薬を。
たった一夜にして、ドームは終末をむかえた。
わけもわからず逃げ惑う住民。
目の前の友が、親類が、恋したあの子が植物人間となってその場に倒れていく様。
恐怖で背を向け泣き叫ぶ人々らも、やがては住民は平等に植物と化した。
たったひとり、狂気に身をゆだねた男をのぞいては。
男は泣いた。
喉が枯れるまで、泣いた。
彼は勇敢な英雄となる。
増え続ける人間を間引いて食料としていたこのドームで、彼はすべての問題を一夜にして解決したのだから。
彼はクレイジーなドームで、最もクレイジーな人物として名を残すこととなる。
自分をのぞいたドームの人々全員を、植物に変えてしまったのだから。
男は泣いた。
自分も一緒に植物になるはずだったのだ、なのに。
なのに。
きっとこれは報いなのだと、恐れた。
以来、男はのこりわずかな生涯を植物園に捧げることになる。
まずは訪れた旅人たちを、嘘の情報で追い返したのだ。
それから、
ドームの植物が有害な物質を放出しないようにする薬を開発、これを散布した。
ドームに訪れた人間が感染しないようにする薬を開発、これを散布した。
ドームが人間が住むのに最も安全なものになるよう薬を開発、これを散布した。
ドームの植物が生み出す種や実が、美味しく安全に食べられるよう薬を開発、これを散布した。
そうして、
男はドームのなかで一生を終えた。
彼の血肉は微生物に解体され、考えない葦たちの養分になる。
憎しみも、悲しみも、すべてが消え去って。
ただ骨だけが残った。
野ざらしに残る、真っ白だが密度の足りないカルシウムの塊。
☆
ぺきっ……。
ピムは草むらを走っていたら、なにかを踏んでしまった。
だが、気にしている余裕はない。
ピムは走る。
つられてリルムもひぃひぃ声を上げながら走った。
ふたりは走る、船まで全力疾走だ。
「こっ、ここは血に飢えた植物たちが真夜中に人間の血肉を喰らう怪物と化すドームなのよ。ひぃ。植物の種子にマーキングされたらもうお終い。どこにいようが喰らいつくすまで追いかけてくると噂の、あの『植物園』なのよ」
「リルム! それって本当なんだよねっ!?」
「ドームの生存者がゼロなんだから! 真相なんてだれもわかんないかしら!」
「とっ、とにかく走って! はやくこんなとこ出るよ!」
「あ、あせっても手遅れかしら」
「そっ、そんなこと言わないでよ!」
新たなドームを見つけたピムとリルム。
物資を求めてその地へ足を踏み入れようとしていた。
ドームのなかはクリーンな空気で満たされていた。
環境適応スーツを脱いで正門を抜け、その光景におもわず声をあげた。
「おぉ……」
「わぁあ!」
一面を埋め尽くす、そこはまさに森そのもの。
名前も知らぬ広葉樹と針葉樹がドーム全体に広がり、美しい花たちが咲き乱れている。
リルムは叫びだしたい衝動をこらえ、ピムも珍しい光景に胸をおどらせる。
だが奇妙なことに、これだけ整った環境であるにも関わらず、だ。
ドームに人の気配はない。
探索していると、かつて人が住んでいたのだろう建物跡を発見した。
おじゃまします、と声をかけて、ふたりは玄関(といっても扉はないが)から入った。
生い茂る雑草とツルで覆われ、内部から育ったのであろう大きな木が建物の中心を突き破っている。
そこそこ年月が経たないと、ここまで育たないはずだ。
ピムは芽が生えた木製の棚をあける。
なかに入っていた食器には、すこしばかりのホコリがついていた。
「ねぇリルム、ここちょっと変じゃない?」
「そうねピム、ちょっとじゃないわ。だいぶ変よ、ちゃんちゃらおかしいわ」
「なにが?」
「えっ?」
「ごめん。やっぱりなんでもない」
「ピムも変よ、ちゃんちゃらおかしいわ」
「……で、どう思う?」
ツルで覆われた木製のイスに座って、疑問を投げかけるピム。
リルムは「ううむ」と眉を寄せながら、人差し指をたてた。
「そうね。ある文献で読んだことがあるのだけど。ここは植物園、と呼ばれる場所かも」
「まぁ、そう呼ばれてもおかしくはないね」
「ねぇピム、いったん船に戻りましょう。ここで飲んだり、食べたりするのは危険よ。戻ったら入念にシャワーを浴びてちょうだい。まぁ、もう手遅れかもしれないけれど」
頭のうえに「?」マークを浮かべるピム。
数分後、彼は仮説を耳にして悲鳴をあげる。
☆
諸君!
一般ピープルの諸君!
静聴せよ! 成長するのだ!
人間が、人間である以上!
苦しみ、憎しみ、怒り、その他さまざまな負の感情から逃れることはできない!
あらゆる苦痛から解放されるには、人間が人間を超えるほかないのだ!
そうだ諸君!
なればこそ人類諸君!
我々は考えて、その思考を捨てるのだ!
我々は考えない、葦となるのだ!
かつて『植物園』になる前のドームにいた、ある研究者の日記を抜粋したものだ。
男は、困ったことに心の底から、狂っていた。
しかし困ったことに心の底から、人類を救済する気でいた。
男は人類が植物になれば、苦楽をのがれ、人口増加や食糧不足に悩む必要はなくなると考えていた。
だから人生の大半を孤独に、ただ真摯に、研究に没頭し、やがて狂気のはてにそれを完成させることに至った。
人間を、植物化させる薬を。
たった一夜にして、ドームは終末をむかえた。
わけもわからず逃げ惑う住民。
目の前の友が、親類が、恋したあの子が植物人間となってその場に倒れていく様。
恐怖で背を向け泣き叫ぶ人々らも、やがては住民は平等に植物と化した。
たったひとり、狂気に身をゆだねた男をのぞいては。
男は泣いた。
喉が枯れるまで、泣いた。
彼は勇敢な英雄となる。
増え続ける人間を間引いて食料としていたこのドームで、彼はすべての問題を一夜にして解決したのだから。
彼はクレイジーなドームで、最もクレイジーな人物として名を残すこととなる。
自分をのぞいたドームの人々全員を、植物に変えてしまったのだから。
男は泣いた。
自分も一緒に植物になるはずだったのだ、なのに。
なのに。
きっとこれは報いなのだと、恐れた。
以来、男はのこりわずかな生涯を植物園に捧げることになる。
まずは訪れた旅人たちを、嘘の情報で追い返したのだ。
それから、
ドームの植物が有害な物質を放出しないようにする薬を開発、これを散布した。
ドームに訪れた人間が感染しないようにする薬を開発、これを散布した。
ドームが人間が住むのに最も安全なものになるよう薬を開発、これを散布した。
ドームの植物が生み出す種や実が、美味しく安全に食べられるよう薬を開発、これを散布した。
そうして、
男はドームのなかで一生を終えた。
彼の血肉は微生物に解体され、考えない葦たちの養分になる。
憎しみも、悲しみも、すべてが消え去って。
ただ骨だけが残った。
野ざらしに残る、真っ白だが密度の足りないカルシウムの塊。
☆
ぺきっ……。
ピムは草むらを走っていたら、なにかを踏んでしまった。
だが、気にしている余裕はない。
ピムは走る。
つられてリルムもひぃひぃ声を上げながら走った。
ふたりは走る、船まで全力疾走だ。
「こっ、ここは血に飢えた植物たちが真夜中に人間の血肉を喰らう怪物と化すドームなのよ。ひぃ。植物の種子にマーキングされたらもうお終い。どこにいようが喰らいつくすまで追いかけてくると噂の、あの『植物園』なのよ」
「リルム! それって本当なんだよねっ!?」
「ドームの生存者がゼロなんだから! 真相なんてだれもわかんないかしら!」
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