演劇少女は、新妻(ジュンヌ・マリエ)の人生を紡ぐ

渡里あずま

文字の大きさ
23 / 24

初演と天使の祝福と

しおりを挟む
 来月が予定日なので、エレーヌのお腹はすっかり膨らんでいる。
 そんな彼女の為に、バート達は城の一室で簡単な背景道具を組み立てて、芝居の準備を始めた。どこにでも劇場がある訳ではないので、普段は他の貴族の城でもこうやって部屋の規模に合わせて準備をし、演じるのだと言う。
 そしてエレーヌとアーロン、あと伯爵夫人と何かあった時の為に控えるシルリーの前で、この世界で初めての戯曲が始まった。

「っ!?」

 暗くなった部屋に鳴り響く、鐘の音。刹那、明るくなったかと思うと喪服に身を包んだ役者たちが現れた。鐘の音がした方を見ると、バートが振鈴を手にしていた。劇場の舞台ではないが、幕が開けたことを示す演出だと気づき、エレーヌは感激のあまりニヤケそうになるのを必死にこらえた。
 そんな中、伯爵夫人役の女優と、アーロン役(名前は変えたが)の美青年がエレーヌの前でそれぞれの台詞を口にする。

「息子を送り出すのは、私にとって二人目の夫の埋葬です」※
「僕にとっても、母上、立ち去るのは、父の死に改めて涙することです」※

 前世で観たのと同じ、台詞のやりとり。いや、あの時は学生だったが、今は大人の美男美女が演じていて、本当に目の保養だ。元が自分たちだというのは、ひとまず置いておく。

(素敵……! でも、これで終わりじゃないわよね。次は、何を書こうかしら?)

 そう思っている間にも台詞は、そして役者たちの演技は続く。
 やがて、最後のエピローグの台詞をバートが言って戯曲が終わった。ずっと観たいと思っていた戯曲の誕生に感激し、立ち上がって拍手をしたエレーヌだったが、不意にお腹が痛くなって座っていた椅子に再び腰かけた。

「エレーヌ!?」
「若奥様!?」
「バート、ごめんなさい。素晴らしい戯曲だったわ……ただ、ごめんなさい。アーロン……生まれる、みたい」

 予定日より早いが、陣痛が来たようだ。エレーヌがそう伝えると、その場にしばし沈黙が落ちて──次いで、騒然とした。アーロンもだが、伯爵夫人も初孫故に動揺してしまっている。一番落ち着いていたのはシルリーで、すぐに産婆(侍医は男性なので、アーロンから事前に手配するよう言われていた)を呼びに走った。いや、呼ぶだけではなく、少しでも早く城に連れてくる為に、小柄な老婆とは言え、何とシルリーは産婆をおんぶして城まで走って戻ってきた。

「シルリー、戯曲って良いでしょう?」
「若奥様、話はこれが終わったらいくらでも聞きますから……まずは、出産に集中してください!」
「侍女さん、お湯を追加しておくれ」
「かしこまりましたっ」

 病院でもなく、前世と違って夫の立ち合い出産と言うのもないので、貴族である伯爵夫人とアーロン。あと、当然と言えば当然だがバートたちは立ち入ることを許されず。産婆と、手伝いに入ったシルリーたち侍女に見守られ、励まされながらエレーヌは無事に出産を終えたのだった。


※『終わりよければすべてよし』第一幕 第一場より引用 (ちくま文庫 シェイクスピア全集33 松岡和子訳)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...