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なかあたま

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幸せな魔女

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 深い森の奥に建つ、古い一軒家。懐かしいその場所へ、俺は兵士を伴って訪れていた。
 草むらに身を潜めた兵士たちは、家へ銃口を向けている。
 深々とため息を漏らし、銃口を下げるよう指示を出した。
 相棒であり妹であるマーレナーが俺の隣に立ち、呟いた。

「兄上。ここに、例の魔女が?」
「あぁ。だが、彼は人を傷つけるようなタイプじゃない。こんなに兵士は必要ないよ」
「いいえ。兄上にもしものことがあれば、一大事ですから」

 血の繋がった妹であるにも関わらず、彼女の口調はやけに他人行儀だった。
 そんな彼女に愛想笑いをしつつ、家へ歩みを進める。
 マーレナーと兵士に、緊張が走った。何かあった際、一斉に魔女へ襲いかかるつもりだろう。
 ────彼は、そんなことしないさ。するはずがない。
 俺には、何故か自信があった。
 深々と呼吸を繰り返し、古びた扉まで近づく。数回ノックすると、鈍い音をたて扉が開いた。
 部屋の中は薄暗く、それでいてどんよりとしている。
 ぼろ布のようなカーテンから漏れる太陽光が、辛うじて彼の輪郭を浮かび上がらせていた。

「なんの用だね」

 透き通った声が聞こえ、背筋に電撃が走った。脳の裏が痺れ、思わず声を漏らす。
 あの日以降、ずっと恋焦がれていた声だ。

「外にいる兵士を率いているのは、君かい。君は一体、何者だ。この森に、そして私に何の用だ」
「ヨエル、俺だよ。忘れたのか?」

 流石は魔女と言ったところだろう。外を見ずとも、兵士の存在に気がついているようだ。
 しかし、凛とした佇まいとは裏腹に、面白いほど動揺している。
 一歩踏み出すと、彼は顔を引き攣らせた。
 本当に、俺が誰だか分からない、という顔をしている。
 怯える瞳が揺らぎ、距離をとる。

「私に、君のような知り合いは存在しない。一体、何が目的なのだ。ここに、金目のものは無いぞ」

 震えた声をどうにか落ち着かせたくて、歩み寄る。
 喉の奥から小さな悲鳴をあげた彼は、俺へ手を翳した。

「私は魔女だ。近づくな」
「……知ってるよ。あの日、俺の傷を癒してくれたのはアンタだろ」

 その言葉に彼は一瞬、戸惑ったような素振りを見せた。
 「もしかして」と艶やかな唇が形を変える。

「……君は」

 ようやく思い出したヨエルへ性急に近づき、抱きしめた。
 あの日とは比べ物にならないほど成長した俺の体は、彼の身長を優に越しており、細い身を腕の中に易々と収めることが出来る。
 体を硬直させている彼の首筋に鼻を埋め、匂いを嗅いだ。
 ヨエルは慌てたように肩を押し返し、吃る。

「き、君、君は。バーレントか」

 まさか、名前まで覚えていてくれたとは。
 俺は胸の高鳴りを抑えながら、彼の瞳を見つめる。
 初めて出会った時と同じ、美しいオッドアイだ。

「こ、ここへ一体、何をしに?」
「ヨエル。アンタを妃として迎え入れたい」

 彼はまん丸と目を見開き、固まったまま動かなくなった。
 まるで獣を見ているかのような視線が俺に纏わりつく。
 肩へ手を伸ばし、そのまま壁へ押し付けた。
 草臥れた壁は、ギシリと歪な音を立てる。舞った埃が鼻腔を擽った。

「あの日から、ずっとアンタのことだけを想って生きてきた。父上が死んだ今、ようやくアンタを妃として迎え入れることができる。俺と一緒に、来てくれ」
「巫山戯るなよ、クソガキ」

 憎しみの篭った声が、鼓膜を弾いた。鋭い眼光が、俺を睨んでいる。

「お前ら……お前ら一族は、どこまで私たちを侮辱するつもりなんだ。皆、お前たちに殺された。お前たちが、私たちを脅威だと勝手に認識し、根絶やしにした。拷問を受け、生きたまま焼かれたのだ。この恐怖、想像もつかないだろう。その上、生き残った私にまで、屈辱を与えるつもりか。き、妃など。なにを考えている」

 今まで見たことのない類の表情に、腹の奥が熱を帯びた。
 涙に濡れた瞳は、怯えを孕みながらも目の前の男を食い殺さんとしている。
 記憶にある彼は、冷静沈着だった。
 そんな彼が、感情を剥き出しにしている。
 ────もっと見たい。
 沸々と湧き上がる欲情を押し殺し、頬に手を伸ばす。
 息を呑む音が、静寂に響いた。

「……こんな状況下でも、アンタは魔法を使わないんだな」
「……お前たちが大人しくこの森から去れば、使う予定はない。内臓から焼けるような痛みと、張り裂けんばかりの苦しみを味わいたくなければ、さっさと私の前から消えろ」

 低い声が、地を這う。
 きっと、魔女は好戦的ではないのだ。
 人間を傷つけるようなことを一切せず、森でひっそりと暮らすのが美学であり生き様だったのだろう。(それを破壊したのが、俺の爺様だ。勝手に魔女たちを悪者に仕立て上げ、訪れない攻撃に怯え、彼女らを消し去った。なんとまぁ愚かで残酷で、それでいて人間らしい行動だろうか)
 現に、ヨエルは怯えながらも、攻撃しようとはしてこない。
 強い口調で脅しはするものの、反抗する気配を見せず、ただ睨みつけているだけだ。
 ────なんて、愛くるしいんだ。
 力を使えば、仇であり、尚且つ無礼な言動を続ける俺を殺せるのに、それをしない。
 きっと、亡き同胞の教えを守っているのだろう。
 そして、その教えは彼の潜在的な良心に絡みついて離れないのだ。
 目の前の魔女が、どうしようもなく哀れに見えた。
 薄くて形のいい唇へ、キスを落とす。
 目を開いた彼は、固く閉ざしていた唇を開け、悲鳴を上げた。隙間に、舌を捩じ込む。
 「うぅ」と、くぐもった声が口の中で溶けた。唾液を吸うと、体を震わせる。
 ────そろそろ、手を打っておこうか。
 屈辱的な行為を受け続けた彼が暴走し、いつ襲いかかるか分からない。
 俺はポケットに忍ばせていた首輪を素早く手に取り、首へ近づける。
 硬い輪っかのそれを食い込ませると、首の後ろでカチリと音を立てた。

「やっぱり、赤色にしてよかった。アンタの肌にすごく似合ってる。綺麗だ」

 漏れ出た俺の声は予想外に腑抜けていて、自分でも笑ってしまう程だった。
 生前、父が若い愛人に宝石をプレゼントして、同じような声で褒め称えていたことを思い出す。
 あの伸び切っただらしない顔をしているのだと思うと情けなかったが、それでも目の前にいる彼を見ていると、頬が緩んでしまう。
 相反して、ヨエルは困惑していた。首元へ手を伸ばし、首輪の形を確認している。
 「なんだこれは」と声を震わせながら首輪と首の隙間に爪を食い込ませ、取ろうと踠いていた。

「無駄だよ。それは自分では取れないように設計されているんだ」

 彼は眉間に皺を寄せ、俺を睨んだかと思うと、指先を光らせた。魔法で首輪を壊そうとしているのだ。
 使ってはいけない、と声を上げる間も無く、ヨエルが甲高い悲鳴をあげる。
 そのまま、ドサリと床に倒れた。

「ダメだろ、ヨエル。魔法なんか使っちゃ。この首輪は、魔法に反応するんだ。使用した者に電撃が走る仕組みになってる。だから、無闇に力を使わないでくれ。アンタが痛い思いをするだけだ」
「はっ、はっ……」

 床に倒れた彼は白い髪を揺らしながら、苦しそうに顔を歪めている。

「すごいだろ、コレ。うちの技術者に作らせた代物なんだ。これが完成するまで、相当な時間が掛かったんだぜ。父上に隠れながらこれを作り上げるのめちゃくちゃ大変だったんだ」

 自慢げに鼻を鳴らす。見上げる瞳は、恐怖に濡れていた。

「お、お前ら一族は、悪魔だ。狂ってる。私たちに、一体なんの恨みがあるんだ。この森で、静かに暮らしていただけじゃないか」

 痺れが残る舌を必死に動かし、彼が言葉を紡ぐ。
 床に転がる姿は芋虫のようで、ずっと眺めていたくなる。
 俺は腰を下ろし、視線を合わせた。血の気が引いた頬を撫でる。

「……爺様や父上は恨みがあっただろうな。でも、俺は恨みなんかない。あるのは、純粋な愛だけだ。あの日から、ずっとヨエルだけを愛してきた。だから、此処へ迎えに来たんだ。さぁ、帰ろう。ヨエルは我が国の正式な妃だ。周りがなんと言おうと、俺はアンタを迎え入れる。一生、大事にする。さぁ、この手を取って、一緒に来てくれ」

 彼の呼吸が、こだまする。それさえも、愛しかった。

「俺が、幸せにしてみせる」

 絶望という言葉がよく似合う表情を見せたヨエルは、震える指先で床を這いながら俺から離れようとした。
 その首根っこを掴み、立ち上がらせる。
 息が詰まるのか、浅く呼吸を繰り返し喉から潰れた悲鳴をあげた。
 苦しそうな彼の腕に、隠し持っていた注射を刺す。針の痛みに喘ぎ、身を捩った。液体を注入し、体を支える。

「う……」

 即効性のそれは、彼の意識を酩酊させた。
 家から引き摺り出そうとした俺の腕を拙い指先が引っ掻き、抗う。
 その仕草が、胸の内に興奮の種を植え付けた。
 赤子のように涙を流しながら、無駄な抵抗をする姿に鼻息が荒くなる。
 彼が意識を失うまで、黙ってその様子を眺め続けた。
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