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兒玉宥樹の幸福論
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◇
親から「スーパーさんがを継げ」と言われた時、俺はついに来たかと肩を落とした。
いつかは言われるだろうと思っていたが、いざ指名されると腑に落ちない。
俺には兄弟が三人いる。
兄はいわゆる放浪癖のある人間で、海外へふらりと出掛けては数ヶ月も帰ってこない時がある。
それに比べ、一番下の弟はとても優秀な人間だ。良い大学へ入り、良い会社へ就職した彼は美しい嫁をもらい、絵に描いたような優等生の人生を歩んでいる。
俺は……俺は特になんの変哲もない人生を送ってきた。
兄のように吹っ切ることも出来ず、弟のように優美な人生を歩むことも出来ない。
故に「スーパーさんが」を継ぐのは必然だったのかもしれない。
良い大学へ行っていなければ、就職活動も上手くいかなかった俺にとって、最善の道なのだ。
もちろん、当時の俺はこんな仕事は大嫌いであった。
激務に追われ、妙な客に目をつけられ、面倒臭い従業員に揉まれ────周りの華やかな人生を歩む同級生を見ては舌打ちをする日々。
しかし、この日々の中にある楽しみを見つけた。
その楽しみを教えてくれたのは、当時パートとして働いていた主婦の木藤エリコだった。木藤は自分より若く、そして上司である俺に媚を売った。
まぁ、そう。簡単に言えば、不倫だ。
だが、不倫だなんて少し重すぎる言葉である。
正直なところ、俺も彼女を本気で愛してなかったし、彼女も俺を本気で愛していなかった。
所謂、遊びの範疇でこの関係を楽しんでいた。
そう、俺は……俺は彼女に「従業員に手を出す喜び」を教えてもらったのだ。
大抵の主婦は俺のことなど眼中になく、男とチチクリアウぐらいなら家に帰ってのんびりしたい人間が大半だろう。
そもそも旦那や子供が最優先で、火遊びなど興味がない。
けれどごく稀に。そう、ごく稀に変わった人間がいる。
女として疼く一面を露呈し、曝け出すものたちが。俺はそれを、遠慮なく感受するのだ。
そこから、俺はこの仕事を自分の面白いように進むコツを身につけた。
アルバイトの採用は自分の好みの異性を選ぶ。年齢は問わない。
若ければ若い方がいいが、それはそれで手を出せないのでなるべく「悦ばせる」ことができそうな人物を選ぶ。
勿論、セックスはできなくても良い。目の保養として周りにいる分だけでも十分だ。
しかし、女を採用しすぎるのも両親に不審がられるので男も時々採る。俺に反抗せず、従順そうな男を。
そこで採用したのが────兒玉宥樹だ。
大学生の彼は、自宅とスーパーが近いからという理由で面接に来た。
センター分けにした黒髪、ピアス痕のない綺麗な耳朶。肌荒れの一切ない細やかな頬。スラリとした体型。
如何にも女にモテそうな清楚な男だった。
俺は正直、イケすかないという印象を抱いていた。
俺より若くて麗しい男を採用した場合、周りの女性陣はどう反応するだろうか。
特に主婦たちには、受けそうな見た目をしている。故にターゲットにされるだろう。
俺が好んで雇っている若い女も、例に漏れず惹かれるに違いない。
だからこそ、彼を雇うかどうか悩んだ。
だが、あまりにも採用している男女比率の差が激しすぎて、そろそろ身内に何かを悟られそうだ。
悩んだ挙句、結局、俺は彼を雇った。
兒玉宥樹がどんな人物かも、知らずに。
◇
「いらっしゃーい……って、あれ? なんでお前、一人なの? 戸出ちゃんは?」
「あ、あの。なんか少し遅れるらしくて……」
玄関先で気まずそうにしている兒玉が、首の後ろに手を回し申し訳なさそうにそう呟いた。
吐き出しそうになったため息を必死に噛み殺し、兒玉を家の中へ導く。
彼はぺこりと頭を下げ、靴を脱いだ。丁寧に靴を並べるその背中を眺め、俺は腕を組み仁王立ちする。
「で、来るのはいつぐらい?」
「それが、わからなくて……」
彼は口籠もりながら振り返った。
やがて、思い出したかのように手に持っていた紙袋を差し出す。
「これ、お土産です」
「しょうもねぇもんなら捨てるからな」
兒玉から土産をひったくり、リビングまで向かう。
紙袋の中には、それなりに値段の張るウイスキーが入っていた。
俺は声をあげ、瓶を紙袋から引き摺り出す。
「すっげ、これ良いやつじゃん」
「……三賀さんがウイスキーが好きだと小耳に挟んだので」
照れたように微笑み、頬を掻く兒玉。そんな彼の肩を叩き、抱き寄せる。
「お前、意外と良いやつだな。ほら、宅飲みのために準備してやってるから好きなの飲め」
「あ、ありがとうございます。きっと戸出さんも、すぐに来ると思うので……」
上機嫌になった俺は彼に冷えた缶チューハイを勧めた。
兒玉は肩を竦め、申し訳なさそうにそれを受け取る。
すぐに来る。その言葉を信用し「気にすんなよ」と白い歯を見せた。
親から「スーパーさんがを継げ」と言われた時、俺はついに来たかと肩を落とした。
いつかは言われるだろうと思っていたが、いざ指名されると腑に落ちない。
俺には兄弟が三人いる。
兄はいわゆる放浪癖のある人間で、海外へふらりと出掛けては数ヶ月も帰ってこない時がある。
それに比べ、一番下の弟はとても優秀な人間だ。良い大学へ入り、良い会社へ就職した彼は美しい嫁をもらい、絵に描いたような優等生の人生を歩んでいる。
俺は……俺は特になんの変哲もない人生を送ってきた。
兄のように吹っ切ることも出来ず、弟のように優美な人生を歩むことも出来ない。
故に「スーパーさんが」を継ぐのは必然だったのかもしれない。
良い大学へ行っていなければ、就職活動も上手くいかなかった俺にとって、最善の道なのだ。
もちろん、当時の俺はこんな仕事は大嫌いであった。
激務に追われ、妙な客に目をつけられ、面倒臭い従業員に揉まれ────周りの華やかな人生を歩む同級生を見ては舌打ちをする日々。
しかし、この日々の中にある楽しみを見つけた。
その楽しみを教えてくれたのは、当時パートとして働いていた主婦の木藤エリコだった。木藤は自分より若く、そして上司である俺に媚を売った。
まぁ、そう。簡単に言えば、不倫だ。
だが、不倫だなんて少し重すぎる言葉である。
正直なところ、俺も彼女を本気で愛してなかったし、彼女も俺を本気で愛していなかった。
所謂、遊びの範疇でこの関係を楽しんでいた。
そう、俺は……俺は彼女に「従業員に手を出す喜び」を教えてもらったのだ。
大抵の主婦は俺のことなど眼中になく、男とチチクリアウぐらいなら家に帰ってのんびりしたい人間が大半だろう。
そもそも旦那や子供が最優先で、火遊びなど興味がない。
けれどごく稀に。そう、ごく稀に変わった人間がいる。
女として疼く一面を露呈し、曝け出すものたちが。俺はそれを、遠慮なく感受するのだ。
そこから、俺はこの仕事を自分の面白いように進むコツを身につけた。
アルバイトの採用は自分の好みの異性を選ぶ。年齢は問わない。
若ければ若い方がいいが、それはそれで手を出せないのでなるべく「悦ばせる」ことができそうな人物を選ぶ。
勿論、セックスはできなくても良い。目の保養として周りにいる分だけでも十分だ。
しかし、女を採用しすぎるのも両親に不審がられるので男も時々採る。俺に反抗せず、従順そうな男を。
そこで採用したのが────兒玉宥樹だ。
大学生の彼は、自宅とスーパーが近いからという理由で面接に来た。
センター分けにした黒髪、ピアス痕のない綺麗な耳朶。肌荒れの一切ない細やかな頬。スラリとした体型。
如何にも女にモテそうな清楚な男だった。
俺は正直、イケすかないという印象を抱いていた。
俺より若くて麗しい男を採用した場合、周りの女性陣はどう反応するだろうか。
特に主婦たちには、受けそうな見た目をしている。故にターゲットにされるだろう。
俺が好んで雇っている若い女も、例に漏れず惹かれるに違いない。
だからこそ、彼を雇うかどうか悩んだ。
だが、あまりにも採用している男女比率の差が激しすぎて、そろそろ身内に何かを悟られそうだ。
悩んだ挙句、結局、俺は彼を雇った。
兒玉宥樹がどんな人物かも、知らずに。
◇
「いらっしゃーい……って、あれ? なんでお前、一人なの? 戸出ちゃんは?」
「あ、あの。なんか少し遅れるらしくて……」
玄関先で気まずそうにしている兒玉が、首の後ろに手を回し申し訳なさそうにそう呟いた。
吐き出しそうになったため息を必死に噛み殺し、兒玉を家の中へ導く。
彼はぺこりと頭を下げ、靴を脱いだ。丁寧に靴を並べるその背中を眺め、俺は腕を組み仁王立ちする。
「で、来るのはいつぐらい?」
「それが、わからなくて……」
彼は口籠もりながら振り返った。
やがて、思い出したかのように手に持っていた紙袋を差し出す。
「これ、お土産です」
「しょうもねぇもんなら捨てるからな」
兒玉から土産をひったくり、リビングまで向かう。
紙袋の中には、それなりに値段の張るウイスキーが入っていた。
俺は声をあげ、瓶を紙袋から引き摺り出す。
「すっげ、これ良いやつじゃん」
「……三賀さんがウイスキーが好きだと小耳に挟んだので」
照れたように微笑み、頬を掻く兒玉。そんな彼の肩を叩き、抱き寄せる。
「お前、意外と良いやつだな。ほら、宅飲みのために準備してやってるから好きなの飲め」
「あ、ありがとうございます。きっと戸出さんも、すぐに来ると思うので……」
上機嫌になった俺は彼に冷えた缶チューハイを勧めた。
兒玉は肩を竦め、申し訳なさそうにそれを受け取る。
すぐに来る。その言葉を信用し「気にすんなよ」と白い歯を見せた。
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