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彼の言うことに、嘘はなさそうだ。だって、僕のような人間にこんな嘘をついて、果たして何になるのか。
しかし、そうなってくると────。
「だって、バーレントが……」
バーレントは足繁く街へ降りていた。故に、この現状は知っているはず。なのにどうしてわざわざ僕に嘘の情報を流し続けたのだろうか。
不意に視界が霞んだ。頭がぐわんと揺れ、立っているのもやっとである。
今まで大切に育てていた花が、実は造花だったような────そんな感覚が僕を襲った。
「もう一人、生存者がいるのか? じゃあ、その人も連れて一緒に山を降りよう。君も特効薬を打つといいよ。さぁ、首輪を外そうか」
男が僕の手を取った。瞬間、彼の頭が破裂した。鋭い音と共に、彼の肉片が顔中に飛び散る。干していたベッドシーツが真っ赤に染まった。
男が、そのままぐらりと倒れた。僕は悲鳴をあげることすらできず、ただその一連の流れを見ていた。
額から滑り落ちた汗が、首へ伝う。冷たさと不快感に、ようやくここが夢ではなく現実だと思い知らされた。
「無事か。イズ」
聞きなれた声に、視界がはっきりとした。
僕の位置から死角になる場所。そこから銃を構えたままのバーレントが現れた。彼は至って冷静な顔つきをしていた。たった今、無抵抗な人間の頭を撃ち抜いたとは思えないほど、淡々としている。
こちらへ歩み寄った彼は、僕から視線を外さなかった。それが、とても恐ろしかった。
砂漠のように乾いた喉に無理やり唾液を送り、震える唇をなんとか動かす。
「な、な、な、なんで、なんで殺したの……」
「お前に危害を加えようとしていた」
「していない! 彼はそんなこと────」
バーレントはひどく冷めた目をしていた。今まで、見たことのない類の表情だ。ここまで感情を読み取れない目つきは初めてだ。
僕は恐怖心から、一歩後ろへ退いた。足が震え、動かすのもやっとである。
「ば、バーレント、なんで、なんで殺したの……」
「イズ。この男に何を吹き込まれた?」
抑揚のない声を発しながら、バーレントが僕の肩へ触れる。
どう返すのが最善なのか、頭の中で答えを導き出そうと必死だった。
「ぼ、僕を治せる薬があると……」
「そんなでたらめを吹き込んで、お前を誑かそうとしたのか」
バーレントはわざとらしくため息を漏らした。
「忘れ物を取りに戻ったら、まさかこんな状況になっているとは。やっぱりお前は、外に出るべきじゃないかもしれない」
バーレントは深くため息をついた。僕の頬に飛び散った血を親指で拭い、干されていたベッドシーツを見る。
「俺が後で洗い直しておいてやる。さぁ、小屋へ戻ろう。少し落ち着こう」
「バーレント、僕は彼が嘘をついているとは思えなかった。彼の話す世界の状況はバーレントから聞く話とは違っていた」
「……イズ」
彼が僕の肩を掴んだ。腰をかがめた彼は真剣な眼差しで、けれど縋るように僕を捉えている。
「俺を信じてくれないのか?」
咄嗟に抱きしめられる。僕はその背中に腕を回せずにいた。
ふと、視線を逸らす。地面には赤い肉片が散っていた。
────バーレントは、狂っている。
「イズ、愛しているんだ」
耳元で彼が囁く。その愛の言葉は蛆虫のように僕の鼓膜を這う。
彼は嘘をつき、首輪をつけて僕をこの山小屋に拘束している。歪んだ愛の形に、僕はうまく答えることができない。
────でも。
「愛しているんだ」
僕は、今にも泣きそうな声を出したバーレントを見放すことができない。できるはずがない。
彼の背中に腕を回す。
「……僕も、愛しているよ。バーレント」
体を離したバーレントは、穏やかに目を細めた。手を繋ぎ「行こうか」と僕を山小屋へ連れ戻す。
僕は何も言えないまま、彼に従った。
バーレントの幸せが、僕の幸せだ。彼がどんな形であれ僕を愛しているのなら、僕も彼に答えるだけである。
────これでいい、これでいいんだ。
これが僕らの、幸せの形かもしれない。
僕は地面に転がった死体を、見て見ぬ振りをして小屋へ戻る。
扉が閉まる虚しい音だけが、森林に響いた。
しかし、そうなってくると────。
「だって、バーレントが……」
バーレントは足繁く街へ降りていた。故に、この現状は知っているはず。なのにどうしてわざわざ僕に嘘の情報を流し続けたのだろうか。
不意に視界が霞んだ。頭がぐわんと揺れ、立っているのもやっとである。
今まで大切に育てていた花が、実は造花だったような────そんな感覚が僕を襲った。
「もう一人、生存者がいるのか? じゃあ、その人も連れて一緒に山を降りよう。君も特効薬を打つといいよ。さぁ、首輪を外そうか」
男が僕の手を取った。瞬間、彼の頭が破裂した。鋭い音と共に、彼の肉片が顔中に飛び散る。干していたベッドシーツが真っ赤に染まった。
男が、そのままぐらりと倒れた。僕は悲鳴をあげることすらできず、ただその一連の流れを見ていた。
額から滑り落ちた汗が、首へ伝う。冷たさと不快感に、ようやくここが夢ではなく現実だと思い知らされた。
「無事か。イズ」
聞きなれた声に、視界がはっきりとした。
僕の位置から死角になる場所。そこから銃を構えたままのバーレントが現れた。彼は至って冷静な顔つきをしていた。たった今、無抵抗な人間の頭を撃ち抜いたとは思えないほど、淡々としている。
こちらへ歩み寄った彼は、僕から視線を外さなかった。それが、とても恐ろしかった。
砂漠のように乾いた喉に無理やり唾液を送り、震える唇をなんとか動かす。
「な、な、な、なんで、なんで殺したの……」
「お前に危害を加えようとしていた」
「していない! 彼はそんなこと────」
バーレントはひどく冷めた目をしていた。今まで、見たことのない類の表情だ。ここまで感情を読み取れない目つきは初めてだ。
僕は恐怖心から、一歩後ろへ退いた。足が震え、動かすのもやっとである。
「ば、バーレント、なんで、なんで殺したの……」
「イズ。この男に何を吹き込まれた?」
抑揚のない声を発しながら、バーレントが僕の肩へ触れる。
どう返すのが最善なのか、頭の中で答えを導き出そうと必死だった。
「ぼ、僕を治せる薬があると……」
「そんなでたらめを吹き込んで、お前を誑かそうとしたのか」
バーレントはわざとらしくため息を漏らした。
「忘れ物を取りに戻ったら、まさかこんな状況になっているとは。やっぱりお前は、外に出るべきじゃないかもしれない」
バーレントは深くため息をついた。僕の頬に飛び散った血を親指で拭い、干されていたベッドシーツを見る。
「俺が後で洗い直しておいてやる。さぁ、小屋へ戻ろう。少し落ち着こう」
「バーレント、僕は彼が嘘をついているとは思えなかった。彼の話す世界の状況はバーレントから聞く話とは違っていた」
「……イズ」
彼が僕の肩を掴んだ。腰をかがめた彼は真剣な眼差しで、けれど縋るように僕を捉えている。
「俺を信じてくれないのか?」
咄嗟に抱きしめられる。僕はその背中に腕を回せずにいた。
ふと、視線を逸らす。地面には赤い肉片が散っていた。
────バーレントは、狂っている。
「イズ、愛しているんだ」
耳元で彼が囁く。その愛の言葉は蛆虫のように僕の鼓膜を這う。
彼は嘘をつき、首輪をつけて僕をこの山小屋に拘束している。歪んだ愛の形に、僕はうまく答えることができない。
────でも。
「愛しているんだ」
僕は、今にも泣きそうな声を出したバーレントを見放すことができない。できるはずがない。
彼の背中に腕を回す。
「……僕も、愛しているよ。バーレント」
体を離したバーレントは、穏やかに目を細めた。手を繋ぎ「行こうか」と僕を山小屋へ連れ戻す。
僕は何も言えないまま、彼に従った。
バーレントの幸せが、僕の幸せだ。彼がどんな形であれ僕を愛しているのなら、僕も彼に答えるだけである。
────これでいい、これでいいんだ。
これが僕らの、幸せの形かもしれない。
僕は地面に転がった死体を、見て見ぬ振りをして小屋へ戻る。
扉が閉まる虚しい音だけが、森林に響いた。
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