メランコリーアポカリプス【完】

なかあたま

文字の大きさ
7 / 7

7

しおりを挟む
 彼の言うことに、嘘はなさそうだ。だって、僕のような人間にこんな嘘をついて、果たして何になるのか。
 しかし、そうなってくると────。

「だって、バーレントが……」

 バーレントは足繁く街へ降りていた。故に、この現状は知っているはず。なのにどうしてわざわざ僕に嘘の情報を流し続けたのだろうか。
 不意に視界が霞んだ。頭がぐわんと揺れ、立っているのもやっとである。
 今まで大切に育てていた花が、実は造花だったような────そんな感覚が僕を襲った。

「もう一人、生存者がいるのか? じゃあ、その人も連れて一緒に山を降りよう。君も特効薬を打つといいよ。さぁ、首輪を外そうか」

 男が僕の手を取った。瞬間、彼の頭が破裂した。鋭い音と共に、彼の肉片が顔中に飛び散る。干していたベッドシーツが真っ赤に染まった。
 男が、そのままぐらりと倒れた。僕は悲鳴をあげることすらできず、ただその一連の流れを見ていた。
 額から滑り落ちた汗が、首へ伝う。冷たさと不快感に、ようやくここが夢ではなく現実だと思い知らされた。

「無事か。イズ」

  聞きなれた声に、視界がはっきりとした。
 僕の位置から死角になる場所。そこから銃を構えたままのバーレントが現れた。彼は至って冷静な顔つきをしていた。たった今、無抵抗な人間の頭を撃ち抜いたとは思えないほど、淡々としている。
 こちらへ歩み寄った彼は、僕から視線を外さなかった。それが、とても恐ろしかった。
 砂漠のように乾いた喉に無理やり唾液を送り、震える唇をなんとか動かす。

「な、な、な、なんで、なんで殺したの……」
「お前に危害を加えようとしていた」
「していない! 彼はそんなこと────」

 バーレントはひどく冷めた目をしていた。今まで、見たことのない類の表情だ。ここまで感情を読み取れない目つきは初めてだ。
 僕は恐怖心から、一歩後ろへ退いた。足が震え、動かすのもやっとである。

「ば、バーレント、なんで、なんで殺したの……」
「イズ。この男に何を吹き込まれた?」

 抑揚のない声を発しながら、バーレントが僕の肩へ触れる。
 どう返すのが最善なのか、頭の中で答えを導き出そうと必死だった。

「ぼ、僕を治せる薬があると……」
「そんなでたらめを吹き込んで、お前を誑かそうとしたのか」

 バーレントはわざとらしくため息を漏らした。

「忘れ物を取りに戻ったら、まさかこんな状況になっているとは。やっぱりお前は、外に出るべきじゃないかもしれない」

バーレントは深くため息をついた。僕の頬に飛び散った血を親指で拭い、干されていたベッドシーツを見る。

「俺が後で洗い直しておいてやる。さぁ、小屋へ戻ろう。少し落ち着こう」
「バーレント、僕は彼が嘘をついているとは思えなかった。彼の話す世界の状況はバーレントから聞く話とは違っていた」
「……イズ」

 彼が僕の肩を掴んだ。腰をかがめた彼は真剣な眼差しで、けれど縋るように僕を捉えている。

「俺を信じてくれないのか?」

 咄嗟に抱きしめられる。僕はその背中に腕を回せずにいた。
 ふと、視線を逸らす。地面には赤い肉片が散っていた。
 ────バーレントは、狂っている。

「イズ、愛しているんだ」

 耳元で彼が囁く。その愛の言葉は蛆虫のように僕の鼓膜を這う。
 彼は嘘をつき、首輪をつけて僕をこの山小屋に拘束している。歪んだ愛の形に、僕はうまく答えることができない。
 ────でも。

「愛しているんだ」
 僕は、今にも泣きそうな声を出したバーレントを見放すことができない。できるはずがない。
 彼の背中に腕を回す。

「……僕も、愛しているよ。バーレント」

 体を離したバーレントは、穏やかに目を細めた。手を繋ぎ「行こうか」と僕を山小屋へ連れ戻す。
 僕は何も言えないまま、彼に従った。
 バーレントの幸せが、僕の幸せだ。彼がどんな形であれ僕を愛しているのなら、僕も彼に答えるだけである。
 ────これでいい、これでいいんだ。
 これが僕らの、幸せの形かもしれない。
 僕は地面に転がった死体を、見て見ぬ振りをして小屋へ戻る。
 扉が閉まる虚しい音だけが、森林に響いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

《うちの子》推し会!〜いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます〜お月見編

日色
BL
明日から始まる企画だそうで、ぜひとも参加したい!と思ったものの…。ツイッターをやっておらず参加の仕方がわからないので、とりあえずこちらに。すみませんm(_ _)m

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...