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Your Wings
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◇
「ねぇ、レージさん。このくらいでいい?」
泥がついた頬をぐいと拭いながら、俺は手を止めた。手に持った鍬を土から引き抜き、地面に穴を掘っている人物へ近づく。
「あぁ、そのぐらいでいいよ。これを、等間隔に作ってくれ」
「はぁい」
「ルヴェ、あんまり無茶するなよ」
「してないよ」
からりとした声を出す少年は、空色の瞳で俺を見上げ微笑んだ。額に滲んだ汗が太陽光の元できらりと輝く。「これが終わったらちょっと休憩でもするか」と告げると、彼は「うん」と弾けたように頷いた。
少年から離れ、持ち場に着く。鍬を振り上げ、土へ叩きつけながら、色白の彼を見つめた。
その背中は服越しにでも分かるほど、ぼこりと何かが浮き出ている。窮屈そうなそれを見て、ため息を漏らした。
────俺は結局、天使から骨を奪えなかった。
あの骨があれば、俺は生活に困窮することなく悠々自適な生活を送れていただろう。だが、俺はあの少年から骨をもぎ取ることが出来なかった。自宅に彼を連れて返った俺は、背中から生えたものを引っこ抜こうとし、手を止めた。
「悪かった。気の迷いだ、すまない。俺はなんてことをしようとしたんだ」と、泣き崩れた背中を満身創痍の少年が哀れみの目を向けながら摩るまで、そう時間はかからなかった。
「あなたが僕に加害する気がないことは、よく理解しました」。そう言い、翼の骨組みから一欠片の骨を俺に手渡した。
「これを、あの人に」。そう慈悲深い声音で呟いた彼は、隣室へ視線を投げていた。ケホケホと聞こえる咳の音に、薄々勘付いていたに違いない。
それから俺は、母に砕いた骨を飲ませた。徐々に顔色を良くする母を見て、俺は隣にいる天使を抱きしめた。彼は苦しそうにしていたが「良かったです」と穏やかに微笑んだ。
以降、彼は俺たちと一緒に生活している。その後、彼にルヴェという名前を与えた。(どうやら下位天使には名前がないそうだ)
彼は貰い受けた名前をたいそう喜んでいた。
「畑仕事、お疲れ様。ほら、紅茶と焼きたてのパンだよ」
「ロロムさん!」
家へ帰宅すると、ドアの前で母が俺たちを手招きした。「ルヴェ、ご苦労様。あら、ここに泥がついてるわ」「えへへ、ロロムさんもパンを作ってくれてありがとう」。互いに労いながら家へ入る二人の背中をぼんやりと眺める。
ルヴェは何度も「どうして僕から骨を奪わないんですか?」と問うた。「この骨があれば、きっと大金を得られるのでしょう?」と上目遣いで尋ねる彼は、襲われた時を思い出したのか顔を歪めた。当時を思い出すと翼の付け根が痛むのか、額に汗が滲んでいる。
俺は「もう、いいんだ」と話を無理やり終わらせた。
今さら、彼の美しい顔を歪めてまでその背中にある骨を引き抜こうとは、思えなかった。
それよりもあの悲惨な事件を忘れて、田舎でのんびりと暮らして欲しかったのだ。
「レージさん、早く!」
パッと顔を上げる。ドアから顔を覗かせ、手を振るルヴェと目が合った。「ちょっと待ってくれ、すぐに行くから」と急かす彼を宥め、俺は近くにある作業小屋まで足を運ぶ。中にある機器を取り出し、抱えた。
「このパン、甘いね」
「さつまいもが入ってるんだよ。こっちは胡桃」
家へ入ると母と天使が楽しげに会話をしている。妙な光景だなと心の中で笑っていると、ルヴェが俺の手の中にあるものを見て、目をまん丸とさせる。
「レージさん、それなに?」
「あぁ、これか?」
「これはな」とひとりごち、彼の背後に回った。服を捲り上げるとルヴェが素っ頓狂な声を漏らす。翼の骨を広げ、そこに手に持っていた機器を装着した。
「わぁ……」
察したルヴェが振り返り、目を輝かせた。
翼の骨組みに装着したのは、羽の形を模した鉄製の機器だ。薄いそれは、ルヴェが羽を動かすたびに擦れ合い音を奏でる。
「羽よりは重いが、なるべく元の羽に近づけて作ったんだ」
「……すごい」
「夜はずっと作業部屋に篭ってたけど……これを作ってたんだねぇ」
呆然としているルヴェの向かいに座った母が、俺を見上げ微笑んだ。
「これで、天界に帰れるかもしれない」
「え……」
俺の言葉に、ルヴェが悲しげな顔をした。「どうした? 帰りたくないのか?」と問うと、彼は黙り込む。
「翼を作ってくれたのは、すごく嬉しいです。でも、僕────」
空色の瞳が伏せられる。言葉の続きを待った。
「僕、お二人と一緒に居たいです」
縮こまった小さな体を見て、俺は吹き出すように笑った。弱々しい肩をポンと叩く。
「……あぁ、そうだな。俺もルヴェと一緒にいたい」
その声に、ルヴェが目を輝かせた。「僕、ここにいていいんですか?」「もちろん。なぁ、母さん」「そうね、ルヴェがここにいたいならずっといなさい」。三人で顔を見合わせて笑う。
母が作ってくれたパンへ手を伸ばす。窓の外を見ると、青い空を鳥が羽ばたいていた。太陽に照らされた美しい姿を見て目を細める。
午後からは、川へ行って魚でも釣ろう。そう思い、隣に座るルヴェへ視線を投げる。「おいしいね」と微笑む彼を見て、俺は静かに頷いた。
「ねぇ、レージさん。このくらいでいい?」
泥がついた頬をぐいと拭いながら、俺は手を止めた。手に持った鍬を土から引き抜き、地面に穴を掘っている人物へ近づく。
「あぁ、そのぐらいでいいよ。これを、等間隔に作ってくれ」
「はぁい」
「ルヴェ、あんまり無茶するなよ」
「してないよ」
からりとした声を出す少年は、空色の瞳で俺を見上げ微笑んだ。額に滲んだ汗が太陽光の元できらりと輝く。「これが終わったらちょっと休憩でもするか」と告げると、彼は「うん」と弾けたように頷いた。
少年から離れ、持ち場に着く。鍬を振り上げ、土へ叩きつけながら、色白の彼を見つめた。
その背中は服越しにでも分かるほど、ぼこりと何かが浮き出ている。窮屈そうなそれを見て、ため息を漏らした。
────俺は結局、天使から骨を奪えなかった。
あの骨があれば、俺は生活に困窮することなく悠々自適な生活を送れていただろう。だが、俺はあの少年から骨をもぎ取ることが出来なかった。自宅に彼を連れて返った俺は、背中から生えたものを引っこ抜こうとし、手を止めた。
「悪かった。気の迷いだ、すまない。俺はなんてことをしようとしたんだ」と、泣き崩れた背中を満身創痍の少年が哀れみの目を向けながら摩るまで、そう時間はかからなかった。
「あなたが僕に加害する気がないことは、よく理解しました」。そう言い、翼の骨組みから一欠片の骨を俺に手渡した。
「これを、あの人に」。そう慈悲深い声音で呟いた彼は、隣室へ視線を投げていた。ケホケホと聞こえる咳の音に、薄々勘付いていたに違いない。
それから俺は、母に砕いた骨を飲ませた。徐々に顔色を良くする母を見て、俺は隣にいる天使を抱きしめた。彼は苦しそうにしていたが「良かったです」と穏やかに微笑んだ。
以降、彼は俺たちと一緒に生活している。その後、彼にルヴェという名前を与えた。(どうやら下位天使には名前がないそうだ)
彼は貰い受けた名前をたいそう喜んでいた。
「畑仕事、お疲れ様。ほら、紅茶と焼きたてのパンだよ」
「ロロムさん!」
家へ帰宅すると、ドアの前で母が俺たちを手招きした。「ルヴェ、ご苦労様。あら、ここに泥がついてるわ」「えへへ、ロロムさんもパンを作ってくれてありがとう」。互いに労いながら家へ入る二人の背中をぼんやりと眺める。
ルヴェは何度も「どうして僕から骨を奪わないんですか?」と問うた。「この骨があれば、きっと大金を得られるのでしょう?」と上目遣いで尋ねる彼は、襲われた時を思い出したのか顔を歪めた。当時を思い出すと翼の付け根が痛むのか、額に汗が滲んでいる。
俺は「もう、いいんだ」と話を無理やり終わらせた。
今さら、彼の美しい顔を歪めてまでその背中にある骨を引き抜こうとは、思えなかった。
それよりもあの悲惨な事件を忘れて、田舎でのんびりと暮らして欲しかったのだ。
「レージさん、早く!」
パッと顔を上げる。ドアから顔を覗かせ、手を振るルヴェと目が合った。「ちょっと待ってくれ、すぐに行くから」と急かす彼を宥め、俺は近くにある作業小屋まで足を運ぶ。中にある機器を取り出し、抱えた。
「このパン、甘いね」
「さつまいもが入ってるんだよ。こっちは胡桃」
家へ入ると母と天使が楽しげに会話をしている。妙な光景だなと心の中で笑っていると、ルヴェが俺の手の中にあるものを見て、目をまん丸とさせる。
「レージさん、それなに?」
「あぁ、これか?」
「これはな」とひとりごち、彼の背後に回った。服を捲り上げるとルヴェが素っ頓狂な声を漏らす。翼の骨を広げ、そこに手に持っていた機器を装着した。
「わぁ……」
察したルヴェが振り返り、目を輝かせた。
翼の骨組みに装着したのは、羽の形を模した鉄製の機器だ。薄いそれは、ルヴェが羽を動かすたびに擦れ合い音を奏でる。
「羽よりは重いが、なるべく元の羽に近づけて作ったんだ」
「……すごい」
「夜はずっと作業部屋に篭ってたけど……これを作ってたんだねぇ」
呆然としているルヴェの向かいに座った母が、俺を見上げ微笑んだ。
「これで、天界に帰れるかもしれない」
「え……」
俺の言葉に、ルヴェが悲しげな顔をした。「どうした? 帰りたくないのか?」と問うと、彼は黙り込む。
「翼を作ってくれたのは、すごく嬉しいです。でも、僕────」
空色の瞳が伏せられる。言葉の続きを待った。
「僕、お二人と一緒に居たいです」
縮こまった小さな体を見て、俺は吹き出すように笑った。弱々しい肩をポンと叩く。
「……あぁ、そうだな。俺もルヴェと一緒にいたい」
その声に、ルヴェが目を輝かせた。「僕、ここにいていいんですか?」「もちろん。なぁ、母さん」「そうね、ルヴェがここにいたいならずっといなさい」。三人で顔を見合わせて笑う。
母が作ってくれたパンへ手を伸ばす。窓の外を見ると、青い空を鳥が羽ばたいていた。太陽に照らされた美しい姿を見て目を細める。
午後からは、川へ行って魚でも釣ろう。そう思い、隣に座るルヴェへ視線を投げる。「おいしいね」と微笑む彼を見て、俺は静かに頷いた。
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