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第四十九話 お疲れ様でございました
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「……はーっ」
帰りの魔獣車の中で。いつもの姿に戻ったイリスは、大きなため息をついた。
「お疲れ様でございました。イリス様」
イリスに飲み物を差し出して、シーモスは晴れやかに笑みを浮かべた。
「はーっ」
「はあ……」
もう二人、ため息をついたのは、泰樹とシャルだった。
「イリス、めちゃくちゃだったなあ。ホントに強いんだなー」
「……うん。僕は、強いよ。……僕のこと、怖い? 嫌いになった? タイキ……」
恐る恐る、イリスは身を縮めて泰樹を見つめる。
「ううん。驚いたし、イリスを本気で怒らすとすげーんだなって思ったけどさ。嫌いになんてなるわけがねえ!」
泰樹はいつも通りに笑って、イリスの頭をわしわしと撫でる。イリスは、ようやく安堵したようにくしゃりと笑った。
「それにしてもよー。驚いたぜ! イリスが魔の王様になっちまうなんてよー!」
「……僕、は…………うん。引き受ける、よ。魔竜王様がお許し下さるなら、僕は、魔の王様になるよ!」
『決闘裁判』の会場で、決心を固めたイリスはひざまずくナティエにそう告げた。
「僕が王様になったら、もっとみんなが仲良く暮らせるように、する。そのために法律も作るし、いっぱい、頑張る。ナティエちゃんは、そのお手伝いをして欲しい。いいかな?」
「はい。『慈愛公』。いいえ。『慈愛王』。私は持てる力の全てを貴方様に捧げます。魔竜王様、ご照覧あれ!」
ナティエはイリスの手を取って、遊色の唇でそっと触れる。敬意を表すための口付け。その瞬間に、イリスが天を仰いだ。声が聞こえる。それは大勢の魔の者たち、人間たちがひしめく会場の中で、たった一人、イリスにだけ聞こえた声。
「……うん。はい。解りました。魔竜王様。僕の命が尽きるまで、僕は魔の王様になります」
一人うなずいたイリス見上げて、ナティエはその紅い瞳を輝かせる。
「天啓が下されたのですね? 魔竜王様は何と?」
「『汝に力を与える。生殺与奪の権を与える。新たなる幻魔を生み出す権を与える』って。それから、『汝の命の燃え尽きるまで、次の魔の王は定められぬと知れ』だって」
「おお! 諸君、天啓は下された!! 今ここに、新たなる魔の王陛下の誕生だ!!」
ナティエが、高らかに歌うように宣言する。
観客たちがそれに唱和するように歓声を上げ、手を打ち鳴らす。
それを見渡していたイリスに、シーモスがマントを着せかけてひざまずいた。
「……ありがと、シーモス」
「おめでとうございます。イリス様」
シーモスは内心の喜びを隠せないのか、微笑みながら盟友を見上げる。
「……僕が王様になっても、君は僕の友達?」
「はい。私は貴方様の忠実な友。そして下僕でございます。イリス様。いいえ、魔の王陛下」
「……君は、何がホントか解らないとき、あるからなあ。……シーモス、君を王付の筆頭側仕えとする。これからも、僕を色々助けて欲しい」
「はい。かしこまりました」
シーモスが一礼して後に下がると、イリスはナティエを見てうなずいた。
「ナティエちゃん。しばらくの間は君が『幻魔議会』の議長をやってくれる? 僕が新しい王様になったから、色々やらなきゃいけない事があるんでしょ?」
「はい。陛下。まずは戴冠式の日取りを決めましょう。些事は我々『議会』にお任せ下さいませ」
「うん。頼んだよ。僕はいったん自分のお家に帰るよ。今日は少し疲れた」
それだけ言って、イリスは騒がしい会場を後にした。
「……ナティエちゃんがどうして僕を王様にしたいのか、解らないけど……僕、ちょっと思ったんだ。僕が王様になったら、この『島』の人たちを外に出さないようにできるかな、って。そしたら外にいるレーキにも迷惑をかけなくてすむかなって」
魔獣車の中で、シーモスから受け取ったジュースを飲みながら、イリスはそんな事を言う。
「それに、僕が王様になったら、奴隷のコたちを虐めたり、殺して食べちゃったりするのをやめさせたり出来るかなって。シャルのお母さんを食べちゃった人を探すのも、楽になるかなって」
イリスが魔の王になることを承知したのは、そんな理由があったのか。
やはりイリスは、本質的に変わらない。
「ねえ、僕は……ホントに王様になって良いのかな?」
不安げに眼を伏せて、イリスは自分の腕を抱いた。
「もちろんですとも! イリス様は魔竜王様の啓示を受けられました。誰にはばかることがございましょう!」
シーモスは喜色を隠せずに、そんなイリスを勇気づけるように肩に手を置いた。
「……そう、だよね……僕が王様になっても、良いよね?」
すがるように、イリスの視線が泰樹に向く。イリスも、この急展開には戸惑っているのか。泰樹は少し口ごもってから、こくりとうなずいた。
「……俺には、王様になるーとか社長になるーとかそう言うことは良く解んねーけどさ」
そう前置きして、泰樹はイリスに向き直った。
「アンタがそうしたいと決めたんなら、思いっきりやってみたら良いんじゃねーか? 俺は、イリスは向いてると思うぜ。王様に」
「うん。前にもタイキは、そう言ってたね。……そうだよね、僕は選ばれた。だから、王様になってもいい。……僕、頑張る、ね!」
ほっと息をついたイリスは、嬉しそうに笑った。
帰りの魔獣車の中で。いつもの姿に戻ったイリスは、大きなため息をついた。
「お疲れ様でございました。イリス様」
イリスに飲み物を差し出して、シーモスは晴れやかに笑みを浮かべた。
「はーっ」
「はあ……」
もう二人、ため息をついたのは、泰樹とシャルだった。
「イリス、めちゃくちゃだったなあ。ホントに強いんだなー」
「……うん。僕は、強いよ。……僕のこと、怖い? 嫌いになった? タイキ……」
恐る恐る、イリスは身を縮めて泰樹を見つめる。
「ううん。驚いたし、イリスを本気で怒らすとすげーんだなって思ったけどさ。嫌いになんてなるわけがねえ!」
泰樹はいつも通りに笑って、イリスの頭をわしわしと撫でる。イリスは、ようやく安堵したようにくしゃりと笑った。
「それにしてもよー。驚いたぜ! イリスが魔の王様になっちまうなんてよー!」
「……僕、は…………うん。引き受ける、よ。魔竜王様がお許し下さるなら、僕は、魔の王様になるよ!」
『決闘裁判』の会場で、決心を固めたイリスはひざまずくナティエにそう告げた。
「僕が王様になったら、もっとみんなが仲良く暮らせるように、する。そのために法律も作るし、いっぱい、頑張る。ナティエちゃんは、そのお手伝いをして欲しい。いいかな?」
「はい。『慈愛公』。いいえ。『慈愛王』。私は持てる力の全てを貴方様に捧げます。魔竜王様、ご照覧あれ!」
ナティエはイリスの手を取って、遊色の唇でそっと触れる。敬意を表すための口付け。その瞬間に、イリスが天を仰いだ。声が聞こえる。それは大勢の魔の者たち、人間たちがひしめく会場の中で、たった一人、イリスにだけ聞こえた声。
「……うん。はい。解りました。魔竜王様。僕の命が尽きるまで、僕は魔の王様になります」
一人うなずいたイリス見上げて、ナティエはその紅い瞳を輝かせる。
「天啓が下されたのですね? 魔竜王様は何と?」
「『汝に力を与える。生殺与奪の権を与える。新たなる幻魔を生み出す権を与える』って。それから、『汝の命の燃え尽きるまで、次の魔の王は定められぬと知れ』だって」
「おお! 諸君、天啓は下された!! 今ここに、新たなる魔の王陛下の誕生だ!!」
ナティエが、高らかに歌うように宣言する。
観客たちがそれに唱和するように歓声を上げ、手を打ち鳴らす。
それを見渡していたイリスに、シーモスがマントを着せかけてひざまずいた。
「……ありがと、シーモス」
「おめでとうございます。イリス様」
シーモスは内心の喜びを隠せないのか、微笑みながら盟友を見上げる。
「……僕が王様になっても、君は僕の友達?」
「はい。私は貴方様の忠実な友。そして下僕でございます。イリス様。いいえ、魔の王陛下」
「……君は、何がホントか解らないとき、あるからなあ。……シーモス、君を王付の筆頭側仕えとする。これからも、僕を色々助けて欲しい」
「はい。かしこまりました」
シーモスが一礼して後に下がると、イリスはナティエを見てうなずいた。
「ナティエちゃん。しばらくの間は君が『幻魔議会』の議長をやってくれる? 僕が新しい王様になったから、色々やらなきゃいけない事があるんでしょ?」
「はい。陛下。まずは戴冠式の日取りを決めましょう。些事は我々『議会』にお任せ下さいませ」
「うん。頼んだよ。僕はいったん自分のお家に帰るよ。今日は少し疲れた」
それだけ言って、イリスは騒がしい会場を後にした。
「……ナティエちゃんがどうして僕を王様にしたいのか、解らないけど……僕、ちょっと思ったんだ。僕が王様になったら、この『島』の人たちを外に出さないようにできるかな、って。そしたら外にいるレーキにも迷惑をかけなくてすむかなって」
魔獣車の中で、シーモスから受け取ったジュースを飲みながら、イリスはそんな事を言う。
「それに、僕が王様になったら、奴隷のコたちを虐めたり、殺して食べちゃったりするのをやめさせたり出来るかなって。シャルのお母さんを食べちゃった人を探すのも、楽になるかなって」
イリスが魔の王になることを承知したのは、そんな理由があったのか。
やはりイリスは、本質的に変わらない。
「ねえ、僕は……ホントに王様になって良いのかな?」
不安げに眼を伏せて、イリスは自分の腕を抱いた。
「もちろんですとも! イリス様は魔竜王様の啓示を受けられました。誰にはばかることがございましょう!」
シーモスは喜色を隠せずに、そんなイリスを勇気づけるように肩に手を置いた。
「……そう、だよね……僕が王様になっても、良いよね?」
すがるように、イリスの視線が泰樹に向く。イリスも、この急展開には戸惑っているのか。泰樹は少し口ごもってから、こくりとうなずいた。
「……俺には、王様になるーとか社長になるーとかそう言うことは良く解んねーけどさ」
そう前置きして、泰樹はイリスに向き直った。
「アンタがそうしたいと決めたんなら、思いっきりやってみたら良いんじゃねーか? 俺は、イリスは向いてると思うぜ。王様に」
「うん。前にもタイキは、そう言ってたね。……そうだよね、僕は選ばれた。だから、王様になってもいい。……僕、頑張る、ね!」
ほっと息をついたイリスは、嬉しそうに笑った。
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