異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています!R18版

水野酒魚。

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第四十九話 お疲れ様でございました

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「……はーっ」

 帰りの魔獣車の中で。いつもの姿に戻ったイリスは、大きなため息をついた。

「お疲れ様でございました。イリス様」

 イリスに飲み物を差し出して、シーモスは晴れやかに笑みを浮かべた。

「はーっ」
「はあ……」

 もう二人、ため息をついたのは、泰樹たいきとシャルだった。

「イリス、めちゃくちゃだったなあ。ホントに強いんだなー」
「……うん。僕は、強いよ。……僕のこと、怖い? 嫌いになった? タイキ……」

 恐る恐る、イリスは身を縮めて泰樹を見つめる。

「ううん。驚いたし、イリスを本気で怒らすとすげーんだなって思ったけどさ。嫌いになんてなるわけがねえ!」

 泰樹はいつも通りに笑って、イリスの頭をわしわしとでる。イリスは、ようやく安堵したようにくしゃりと笑った。

「それにしてもよー。驚いたぜ! イリスが魔の王様になっちまうなんてよー!」



「……僕、は…………うん。引き受ける、よ。魔竜王様がお許し下さるなら、僕は、魔の王様になるよ!」

『決闘裁判』の会場で、決心を固めたイリスはひざまずくナティエにそう告げた。

「僕が王様になったら、もっとみんなが仲良く暮らせるように、する。そのために法律も作るし、いっぱい、頑張る。ナティエちゃんは、そのお手伝いをして欲しい。いいかな?」
「はい。『慈愛公』。いいえ。『慈愛王』。私は持てる力の全てを貴方様に捧げます。魔竜王様、ご照覧あれ!」

 ナティエはイリスの手を取って、遊色の唇でそっと触れる。敬意を表すための口付け。その瞬間に、イリスが天を仰いだ。声が聞こえる。それは大勢の魔の者たち、人間たちがひしめく会場の中で、たった一人、イリスにだけ聞こえた声。

「……うん。はい。解りました。魔竜王様。僕の命が尽きるまで、僕は魔の王様になります」

 一人うなずいたイリス見上げて、ナティエはその紅い瞳を輝かせる。

「天啓が下されたのですね? 魔竜王様は何と?」
「『汝に力を与える。生殺与奪の権を与える。新たなる幻魔を生み出す権を与える』って。それから、『汝の命の燃え尽きるまで、次の魔の王は定められぬと知れ』だって」
「おお! 諸君、天啓は下された!! 今ここに、新たなる魔の王陛下の誕生だ!!」

 ナティエが、高らかに歌うように宣言する。
 観客たちがそれに唱和するように歓声を上げ、手を打ち鳴らす。
 それを見渡していたイリスに、シーモスがマントを着せかけてひざまずいた。

「……ありがと、シーモス」
「おめでとうございます。イリス様」

 シーモスは内心の喜びを隠せないのか、微笑みながら盟友を見上げる。

「……僕が王様になっても、君は僕の友達?」
「はい。私は貴方様の忠実な友。そして下僕でございます。イリス様。いいえ、魔の王陛下」
「……君は、何がホントか解らないとき、あるからなあ。……シーモス、君を王付の筆頭側仕えとする。これからも、僕を色々助けて欲しい」
「はい。かしこまりました」

 シーモスが一礼して後に下がると、イリスはナティエを見てうなずいた。

「ナティエちゃん。しばらくの間は君が『幻魔議会』の議長をやってくれる? 僕が新しい王様になったから、色々やらなきゃいけない事があるんでしょ?」
「はい。陛下。まずは戴冠式たいかんしきの日取りを決めましょう。些事さじは我々『議会』にお任せ下さいませ」
「うん。頼んだよ。僕はいったん自分のお家に帰るよ。今日は少し疲れた」

 それだけ言って、イリスは騒がしい会場を後にした。



「……ナティエちゃんがどうして僕を王様にしたいのか、解らないけど……僕、ちょっと思ったんだ。僕が王様になったら、この『島』の人たちを外に出さないようにできるかな、って。そしたら外にいるレーキにも迷惑をかけなくてすむかなって」

魔獣車の中で、シーモスから受け取ったジュースを飲みながら、イリスはそんな事を言う。

「それに、僕が王様になったら、奴隷のコたちをいじめたり、殺して食べちゃったりするのをやめさせたり出来るかなって。シャルのお母さんを食べちゃった人を探すのも、楽になるかなって」

 イリスが魔の王になることを承知したのは、そんな理由があったのか。
 やはりイリスは、本質的に変わらない。

「ねえ、僕は……ホントに王様になって良いのかな?」

 不安げに眼を伏せて、イリスは自分の腕を抱いた。

「もちろんですとも! イリス様は魔竜王様の啓示を受けられました。誰にはばかることがございましょう!」

 シーモスは喜色を隠せずに、そんなイリスを勇気づけるように肩に手を置いた。

「……そう、だよね……僕が王様になっても、良いよね?」

 すがるように、イリスの視線が泰樹に向く。イリスも、この急展開には戸惑っているのか。泰樹は少し口ごもってから、こくりとうなずいた。

「……俺には、王様になるーとか社長になるーとかそう言うことは良く解んねーけどさ」

 そう前置きして、泰樹はイリスに向き直った。

「アンタがそうしたいと決めたんなら、思いっきりやってみたら良いんじゃねーか? 俺は、イリスは向いてると思うぜ。王様に」
「うん。前にもタイキは、そう言ってたね。……そうだよね、僕は選ばれた。だから、王様になってもいい。……僕、頑張る、ね!」

 ほっと息をついたイリスは、嬉しそうに笑った。
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