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オマケ
そんな午後の話1
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「あのさあ、アルダー。聞いてくれよう。最近、シーモスがさ、シてくれない」
ゆったりとコーヒーカップを口元に運んでいたアルダーは、それを机に戻した。彼は情けなく眉を寄せて呟いた泰樹の顔をまじまじと見つめて、大きなため息を一つこぼす。
「……なにか新しい『遊び方』を思いついて、そのためにお前を焦らしているんじゃないか?」
今日アルダーは非番で、魔の王の城に与えられた個室でのんびりと過ごしていた。
近頃のアルダーのお気に入りは、泰樹が他の世界から土産として持ってきた、ジャマイカとか言う国のコーヒーだった。
煎った豆をミルで挽き、それを布で漉して丁寧に丁寧に薫り高い一杯を淹れる。
お気に入りのコーヒー用具は、筆頭奴隷であるシャルにも触らせない。
一人静かにコーヒーと向き合っている時間は、魔の王陛下の護衛騎士となってにわかに忙しくなったアルダーにとって、かけがえのない時間だった。……だったのだ。
それを知ってか知らずか。泰樹は突然訪ねてきて、早速切り出した。
アルダーは軽いめまいを覚えて、こめかみを押さえる。
「それなら、良いんだけどさ。全然触ってもくれないし、舐めてもくれないし、キスも……」
「解った。皆まで言わなくて良い。あいつとケンカでもしたのか?」
ううん。と泰樹は素直に首を振る。
「ケンカって言うかさ、俺、この前アイツに言ったんだよ。『アンタとずっと一緒にいたいから、魔人になりたい』って。それから全然俺のこと構ってくれないし、俺の部屋にも来ない」
「……そうか。それで? あいつはなんと返事をしたんだ?」
「『やめておいた方がよろしいでしょう』ってさ」
「……そうだな」
しょんぼりとうなだれる泰樹のために、新しいコーヒーを淹れる準備をしながらアルダーはうなずいた。
「魔人になれば、次第に五感を失っていく。精神も鈍化するだろう。それは、長い生に耐えるためだ。一緒にいたいから、なんてそんな理由で決めて良いものでは無い」
たしなめるようなアルダーの指摘に、泰樹はうつむいて唇を噛みしめる。
「……俺だって、何も考えてない訳じゃねーよ。……今は良いよ。俺も元気だし。でもさ、もし、これから何十年も時間が経って、そしたら俺だってきっと死ぬ。そうしたら、アイツは……」
「お前がいなかった頃と同じ生活に戻る。それだけだ」
あえて冷たく突き放した口調で、アルダーは告げる。魔人になる、魔の者であると言うことは泰樹が思うほど楽しい生き方ではない。それだけは確かだ。
「……そう、なのかな? でも、俺はそんなのやだ。俺がいなくなって、アイツが悲しんだり、俺、その……俺以外のヤツとアイツが……そんなのイヤだ」
「……タイキ」
「俺のワガママだってわかってる。かっこ悪いのも。でもさ、しょうがないだろ。……それだけ、好きになっちまったんだからさ」
マイペースでいつでも明るい泰樹が、ひどく真剣な顔をしている。アルダーはコーヒーを淹れる手を止めて、じっと、アルダーは泰樹の茶色い瞳を見つめる。その奥には揺るぎのない芯がしっかりとあるような気がして。アルダーは内心でため息をついた。
──俺が割って入る隙なんて、どこにもないのだな……
泰樹がこちらに戻ってきて、アルダーの気持ちは揺れた。泰樹の態度は依然と変わらない。友人としてアルダーに接してくれる。
身体を重ねていた頃には、泰樹の心にはきっと妻や子供たちがいた。そして、今彼の心に住んでいるのは。確実に自分では無い。
こんな報われない気持ちを抱えるくらいなら、あの時泰樹を抱かなければ良かった。
そうしたら、ただの友人として、純粋に彼の幸福を祈ることが出来たのに。
「……お前の決心は、堅いのか?」
「うん。俺は結局アイツが大好きなんだ」
吹っ切れたように泰樹が笑う。にっと歯を見せて朗らかに。それで、アルダーはようやく心を決めた。
「……それなら、俺があいつになぜお前を避けるのか訊ねてみよう」
「どうぞ? 開いておりますよ」
アルダーがシーモスの私室を訪ねると、部屋の主は机に向かって本を読んでいた。
「ああ、アルダー様。珍しいですね。貴方が私の部屋にいらっしゃるなんて」
ずれた眼鏡を直しながら、シーモスはアルダーにソファーを勧める。
「……タイキが、お前に『避けられている』と嘆いていたぞ」
単刀直入に切り出すと、シーモスは珍しく表情を曇らせた。
「……さようでございますか。あの方には……お解りにならないのです。魔の者になると言うことが。おそらくは一次の気の迷い。かわいらしいわがままです」
シーモスは書物を閉じると立ち上がって、アルダーの対面にあるソファーに移動した。秘密めかした苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「そうだな。……だが、アイツは本気だぞ」
「……アルダー様まで、タイキ様のわがままにお付き合いなさるのですか?」
ふっと、シーモスの唇に浮かんでいた笑みが皮肉く変わる。
なぜだろう。アルダーにはそれが、シーモス自身を笑っているように思えた。
「何を、恐れている?」
「恐れる? 私が?」
シーモスは大げさに、芝居かがって胸に手を当ててみせる。
「私は恐れてなどおりません。今や魔の王陛下の側近となった魔人の私が、一体なにを恐れるというのです?」
「……タイキはお前と『一緒にいたい』と、心から思っている。その気持ちを受け止める覚悟は無いか?」
容赦なく切り込んでくる元護衛に、シーモスはため息をつくように告げた。
「……人の心は変わります。ましてや時は人を変えます。たった今、タイキ様が私に好意を寄せていたとしても、明日にはわかりません。それなのに、タイキ様に悠久とも言える魔の者の時間を与えることが、果たして得策でしょうか」
シーモスの言うことは正論だ。他人と一緒に居たいなどとそんな理由で魔人になったとして。その他人に好意を抱けなくなったとき、泰樹は何をよすがにして長い生を過ごせば良いのか。
「それを、タイキに話したのか?」
「……」
「……お前は恐れている。タイキが心変わりして、お前の元を離れていくような、そんな日が来ることを。だから、あいつを避けているのか? あいつが裏切る前にいっそ手放そうとでも?」
アルダーの、本心を言い当てるような言葉に、シーモスは黙って視線をそらした。
「……」
「それならそうとあいつに言ってやれ。急に避けられて、あいつは戸惑っていた」
「……私は……怖い、のです……」
シーモスは自分の肩を抱き、ぽつりぽつりと言葉を探しながら呟く。
「……私には、ずっと昔、心から信頼を寄せたお方が一人おりました。でも、その方は私を『遊び相手』の一人としか思って下さいませんでした。その方は、私に飽きると、要らなくなった玩具のように捨てました」
シーモスは遠い過去を見つめて、うつむいて膝をつかんだ。
「だから、私は、それが当たり前なのだと思っております。私は……多くの奴隷を抱きましたし、今までも彼らに上辺だけの睦言をささやきました。彼らの中には、私を好いてくれた者達も何人かおりましたよ? でも、そんなモノはまやかしです。一時の気の迷いです」
シーモスの遊色の瞳が、暗くかげる。軽く唇を噛んで、彼は視線をアルダーに向けた。
その眼が、泣き出しそうに潤んでいる。アルダーは何も言えずに、静かに瞬きした。
「……タイキ様とて、同じです。あの方だって、私に飽きます。私以外の刺激を求めて、私を捨てます」
はっきりと、シーモスはそう断言する。
「……お前は? お前はあいつのことをどう思っているんだ。お前もあいつに飽きたのか?」
「私、私は……っ」
言葉以外の表情が、雄弁に語っている。捨てられたくない。飽きられたくない。
「……あの方に捨てられるくらいなら、私があの方を捨てます。それに、それがあの方のためなのです」
静かに弁明するシーモスの瞳は暗く、何物をも写していない。自分でもその言葉がまやかしだと、自分を誤魔化すためのものだと解っている。それでも、口に出さずにはいられない。
「お前は、なんでも解っているような顔をして、何も解っていないな」
ため息を吐くような静かな表情で、アルダーは告げた。
「……何があいつのためなのか、決めるのはタイキ自身だろう。お前じゃ無い」
「……アルダー様はどうして、私とタイキ様の仲に口出しなさるのですか? 私は……アルダー様にとっては邪魔者では無いのですか?」
シーモスは意地の悪い微笑みを浮かべて、アルダーを見る。それは、その通りで。
それでも、アルダーは首を否定の方向に振った。
「確かに、お前とあいつがこじれれば、俺にも機会が巡ってくるかも、な」
その隙に、泰樹を説得することも出来るかも知れない。あいつはとても、情にもろい。
「だが、俺はあいつが悲しむ顔を見たくない。あいつにはいつも笑っていて欲しい。それが俺のささやかな願いだ」
それはもう、揺るがない、心からのアルダーの本心で。
「……それに、俺はお前にも、笑って生きて欲しいと思っているぞ。イリスにも、な」
「……」
シーモスは戸惑いを隠せないようで、ぎゅっと胸元を押さえたまま、言葉を紡ぎ出せずにいる。
「……アルダー様は……ご存じないのです。裏切られた者が、どんなにみじめで、苦しいものか」
未練がましく、シーモスは重ねる。たった一人の大切な人。その人に裏切られた記憶が、彼を憶病にしているのだろうか。たった一人。でも、全てをなげうっても良いと思うくらいに思った、誰か。
──これは、戦うには厄介な相手だぞ、タイキ。アルダーはそっと心の中でため息をつく。
「ああ。解らんな。……俺は裏切った方、だからな。愛した者を裏切って、それでもこうして生きて……いる。だからもう、自分の心だけは裏切れない。思い出は裏切れない。それがきっと、俺の、ここにいる意味だ」
かつて、一番大切だった家族を裏切った。それが、自らの意志で無いとは言え。
ずっと、生きながら死んでいた。獣として生きることは、何も見ようとはせず、何も聴こうとはせず、ただその瞬間をやり過ごすだけの作業だった。
それから、数百年。逃げ続けていたアルダーを変えてくれたのは、泰樹の言葉と行動だったのだ。
泰樹に、何かを返してやりたいと思う。幸福に生きて欲しいと願う。たとえ、泰樹の隣にいるのが自分で無くとも。
「……ともかく、タイキを避けるのはやめろ。あいつにぶつけてやれ、お前の気持ちを。それでもあいつの気持ちが変わらないなら、その時どうするのかきちんと考えれば良いだろう」
それだけ言い終えると、アルダーは立ち上がった。
ゆったりとコーヒーカップを口元に運んでいたアルダーは、それを机に戻した。彼は情けなく眉を寄せて呟いた泰樹の顔をまじまじと見つめて、大きなため息を一つこぼす。
「……なにか新しい『遊び方』を思いついて、そのためにお前を焦らしているんじゃないか?」
今日アルダーは非番で、魔の王の城に与えられた個室でのんびりと過ごしていた。
近頃のアルダーのお気に入りは、泰樹が他の世界から土産として持ってきた、ジャマイカとか言う国のコーヒーだった。
煎った豆をミルで挽き、それを布で漉して丁寧に丁寧に薫り高い一杯を淹れる。
お気に入りのコーヒー用具は、筆頭奴隷であるシャルにも触らせない。
一人静かにコーヒーと向き合っている時間は、魔の王陛下の護衛騎士となってにわかに忙しくなったアルダーにとって、かけがえのない時間だった。……だったのだ。
それを知ってか知らずか。泰樹は突然訪ねてきて、早速切り出した。
アルダーは軽いめまいを覚えて、こめかみを押さえる。
「それなら、良いんだけどさ。全然触ってもくれないし、舐めてもくれないし、キスも……」
「解った。皆まで言わなくて良い。あいつとケンカでもしたのか?」
ううん。と泰樹は素直に首を振る。
「ケンカって言うかさ、俺、この前アイツに言ったんだよ。『アンタとずっと一緒にいたいから、魔人になりたい』って。それから全然俺のこと構ってくれないし、俺の部屋にも来ない」
「……そうか。それで? あいつはなんと返事をしたんだ?」
「『やめておいた方がよろしいでしょう』ってさ」
「……そうだな」
しょんぼりとうなだれる泰樹のために、新しいコーヒーを淹れる準備をしながらアルダーはうなずいた。
「魔人になれば、次第に五感を失っていく。精神も鈍化するだろう。それは、長い生に耐えるためだ。一緒にいたいから、なんてそんな理由で決めて良いものでは無い」
たしなめるようなアルダーの指摘に、泰樹はうつむいて唇を噛みしめる。
「……俺だって、何も考えてない訳じゃねーよ。……今は良いよ。俺も元気だし。でもさ、もし、これから何十年も時間が経って、そしたら俺だってきっと死ぬ。そうしたら、アイツは……」
「お前がいなかった頃と同じ生活に戻る。それだけだ」
あえて冷たく突き放した口調で、アルダーは告げる。魔人になる、魔の者であると言うことは泰樹が思うほど楽しい生き方ではない。それだけは確かだ。
「……そう、なのかな? でも、俺はそんなのやだ。俺がいなくなって、アイツが悲しんだり、俺、その……俺以外のヤツとアイツが……そんなのイヤだ」
「……タイキ」
「俺のワガママだってわかってる。かっこ悪いのも。でもさ、しょうがないだろ。……それだけ、好きになっちまったんだからさ」
マイペースでいつでも明るい泰樹が、ひどく真剣な顔をしている。アルダーはコーヒーを淹れる手を止めて、じっと、アルダーは泰樹の茶色い瞳を見つめる。その奥には揺るぎのない芯がしっかりとあるような気がして。アルダーは内心でため息をついた。
──俺が割って入る隙なんて、どこにもないのだな……
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身体を重ねていた頃には、泰樹の心にはきっと妻や子供たちがいた。そして、今彼の心に住んでいるのは。確実に自分では無い。
こんな報われない気持ちを抱えるくらいなら、あの時泰樹を抱かなければ良かった。
そうしたら、ただの友人として、純粋に彼の幸福を祈ることが出来たのに。
「……お前の決心は、堅いのか?」
「うん。俺は結局アイツが大好きなんだ」
吹っ切れたように泰樹が笑う。にっと歯を見せて朗らかに。それで、アルダーはようやく心を決めた。
「……それなら、俺があいつになぜお前を避けるのか訊ねてみよう」
「どうぞ? 開いておりますよ」
アルダーがシーモスの私室を訪ねると、部屋の主は机に向かって本を読んでいた。
「ああ、アルダー様。珍しいですね。貴方が私の部屋にいらっしゃるなんて」
ずれた眼鏡を直しながら、シーモスはアルダーにソファーを勧める。
「……タイキが、お前に『避けられている』と嘆いていたぞ」
単刀直入に切り出すと、シーモスは珍しく表情を曇らせた。
「……さようでございますか。あの方には……お解りにならないのです。魔の者になると言うことが。おそらくは一次の気の迷い。かわいらしいわがままです」
シーモスは書物を閉じると立ち上がって、アルダーの対面にあるソファーに移動した。秘密めかした苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「そうだな。……だが、アイツは本気だぞ」
「……アルダー様まで、タイキ様のわがままにお付き合いなさるのですか?」
ふっと、シーモスの唇に浮かんでいた笑みが皮肉く変わる。
なぜだろう。アルダーにはそれが、シーモス自身を笑っているように思えた。
「何を、恐れている?」
「恐れる? 私が?」
シーモスは大げさに、芝居かがって胸に手を当ててみせる。
「私は恐れてなどおりません。今や魔の王陛下の側近となった魔人の私が、一体なにを恐れるというのです?」
「……タイキはお前と『一緒にいたい』と、心から思っている。その気持ちを受け止める覚悟は無いか?」
容赦なく切り込んでくる元護衛に、シーモスはため息をつくように告げた。
「……人の心は変わります。ましてや時は人を変えます。たった今、タイキ様が私に好意を寄せていたとしても、明日にはわかりません。それなのに、タイキ様に悠久とも言える魔の者の時間を与えることが、果たして得策でしょうか」
シーモスの言うことは正論だ。他人と一緒に居たいなどとそんな理由で魔人になったとして。その他人に好意を抱けなくなったとき、泰樹は何をよすがにして長い生を過ごせば良いのか。
「それを、タイキに話したのか?」
「……」
「……お前は恐れている。タイキが心変わりして、お前の元を離れていくような、そんな日が来ることを。だから、あいつを避けているのか? あいつが裏切る前にいっそ手放そうとでも?」
アルダーの、本心を言い当てるような言葉に、シーモスは黙って視線をそらした。
「……」
「それならそうとあいつに言ってやれ。急に避けられて、あいつは戸惑っていた」
「……私は……怖い、のです……」
シーモスは自分の肩を抱き、ぽつりぽつりと言葉を探しながら呟く。
「……私には、ずっと昔、心から信頼を寄せたお方が一人おりました。でも、その方は私を『遊び相手』の一人としか思って下さいませんでした。その方は、私に飽きると、要らなくなった玩具のように捨てました」
シーモスは遠い過去を見つめて、うつむいて膝をつかんだ。
「だから、私は、それが当たり前なのだと思っております。私は……多くの奴隷を抱きましたし、今までも彼らに上辺だけの睦言をささやきました。彼らの中には、私を好いてくれた者達も何人かおりましたよ? でも、そんなモノはまやかしです。一時の気の迷いです」
シーモスの遊色の瞳が、暗くかげる。軽く唇を噛んで、彼は視線をアルダーに向けた。
その眼が、泣き出しそうに潤んでいる。アルダーは何も言えずに、静かに瞬きした。
「……タイキ様とて、同じです。あの方だって、私に飽きます。私以外の刺激を求めて、私を捨てます」
はっきりと、シーモスはそう断言する。
「……お前は? お前はあいつのことをどう思っているんだ。お前もあいつに飽きたのか?」
「私、私は……っ」
言葉以外の表情が、雄弁に語っている。捨てられたくない。飽きられたくない。
「……あの方に捨てられるくらいなら、私があの方を捨てます。それに、それがあの方のためなのです」
静かに弁明するシーモスの瞳は暗く、何物をも写していない。自分でもその言葉がまやかしだと、自分を誤魔化すためのものだと解っている。それでも、口に出さずにはいられない。
「お前は、なんでも解っているような顔をして、何も解っていないな」
ため息を吐くような静かな表情で、アルダーは告げた。
「……何があいつのためなのか、決めるのはタイキ自身だろう。お前じゃ無い」
「……アルダー様はどうして、私とタイキ様の仲に口出しなさるのですか? 私は……アルダー様にとっては邪魔者では無いのですか?」
シーモスは意地の悪い微笑みを浮かべて、アルダーを見る。それは、その通りで。
それでも、アルダーは首を否定の方向に振った。
「確かに、お前とあいつがこじれれば、俺にも機会が巡ってくるかも、な」
その隙に、泰樹を説得することも出来るかも知れない。あいつはとても、情にもろい。
「だが、俺はあいつが悲しむ顔を見たくない。あいつにはいつも笑っていて欲しい。それが俺のささやかな願いだ」
それはもう、揺るがない、心からのアルダーの本心で。
「……それに、俺はお前にも、笑って生きて欲しいと思っているぞ。イリスにも、な」
「……」
シーモスは戸惑いを隠せないようで、ぎゅっと胸元を押さえたまま、言葉を紡ぎ出せずにいる。
「……アルダー様は……ご存じないのです。裏切られた者が、どんなにみじめで、苦しいものか」
未練がましく、シーモスは重ねる。たった一人の大切な人。その人に裏切られた記憶が、彼を憶病にしているのだろうか。たった一人。でも、全てをなげうっても良いと思うくらいに思った、誰か。
──これは、戦うには厄介な相手だぞ、タイキ。アルダーはそっと心の中でため息をつく。
「ああ。解らんな。……俺は裏切った方、だからな。愛した者を裏切って、それでもこうして生きて……いる。だからもう、自分の心だけは裏切れない。思い出は裏切れない。それがきっと、俺の、ここにいる意味だ」
かつて、一番大切だった家族を裏切った。それが、自らの意志で無いとは言え。
ずっと、生きながら死んでいた。獣として生きることは、何も見ようとはせず、何も聴こうとはせず、ただその瞬間をやり過ごすだけの作業だった。
それから、数百年。逃げ続けていたアルダーを変えてくれたのは、泰樹の言葉と行動だったのだ。
泰樹に、何かを返してやりたいと思う。幸福に生きて欲しいと願う。たとえ、泰樹の隣にいるのが自分で無くとも。
「……ともかく、タイキを避けるのはやめろ。あいつにぶつけてやれ、お前の気持ちを。それでもあいつの気持ちが変わらないなら、その時どうするのかきちんと考えれば良いだろう」
それだけ言い終えると、アルダーは立ち上がった。
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