異世界に落っこちたおっさんは今日も魔人に迫られています!R18版

水野酒魚。

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オマケ

そんな午後の話1

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「あのさあ、アルダー。聞いてくれよう。最近、シーモスがさ、シてくれない」

 ゆったりとコーヒーカップを口元に運んでいたアルダーは、それを机に戻した。彼は情けなく眉を寄せてつぶやいたたいの顔をまじまじと見つめて、大きなため息を一つこぼす。

「……なにか新しい『遊び方』を思いついて、そのためにお前を焦らしているんじゃないか?」

 今日アルダーは非番で、魔の王の城に与えられた個室でのんびりと過ごしていた。
 近頃のアルダーのお気に入りは、泰樹が他の世界から土産として持ってきた、ジャマイカとか言う国のコーヒーだった。
 った豆をミルでき、それを布でして丁寧に丁寧に薫り高い一杯をれる。
 お気に入りのコーヒー用具は、筆頭奴隷であるシャルにも触らせない。
 一人静かにコーヒーと向き合っている時間は、魔の王陛下の護衛騎士となってにわかに忙しくなったアルダーにとって、かけがえのない時間だった。……だったのだ。
 それを知ってか知らずか。泰樹は突然訪ねてきて、早速切り出した。
 アルダーは軽いめまいを覚えて、こめかみを押さえる。

「それなら、良いんだけどさ。全然触ってもくれないし、めてもくれないし、キスも……」
わかった。皆まで言わなくて良い。あいつとケンカでもしたのか?」

 ううん。と泰樹は素直に首を振る。

「ケンカって言うかさ、俺、この前アイツに言ったんだよ。『アンタとずっと一緒にいたいから、魔人になりたい』って。それから全然俺のこと構ってくれないし、俺の部屋にも来ない」
「……そうか。それで? あいつはなんと返事をしたんだ?」
「『やめておいた方がよろしいでしょう』ってさ」
「……そうだな」

 しょんぼりとうなだれる泰樹のために、新しいコーヒーを淹れる準備をしながらアルダーはうなずいた。

「魔人になれば、次第に五感を失っていく。精神も鈍化するだろう。それは、長い生に耐えるためだ。一緒にいたいから、なんてそんな理由で決めて良いものでは無い」

 たしなめるようなアルダーの指摘に、泰樹はうつむいて唇をみしめる。

「……俺だって、何も考えてない訳じゃねーよ。……今は良いよ。俺も元気だし。でもさ、もし、これから何十年も時間がって、そしたら俺だってきっと死ぬ。そうしたら、アイツは……」
「お前がいなかった頃と同じ生活に戻る。それだけだ」

 あえて冷たく突き放した口調で、アルダーは告げる。魔人になる、魔の者であると言うことは泰樹が思うほど楽しい生き方ではない。それだけは確かだ。

「……そう、なのかな? でも、俺はそんなのやだ。俺がいなくなって、アイツが悲しんだり、俺、その……俺以外のヤツとアイツが……そんなのイヤだ」
「……タイキ」
「俺のワガママだってわかってる。かっこ悪いのも。でもさ、しょうがないだろ。……それだけ、好きになっちまったんだからさ」

 マイペースでいつでも明るい泰樹が、ひどく真剣な顔をしている。アルダーはコーヒーを淹れる手を止めて、じっと、アルダーは泰樹の茶色い瞳を見つめる。その奥には揺るぎのない芯がしっかりとあるような気がして。アルダーは内心でため息をついた。

 ──俺が割って入る隙なんて、どこにもないのだな……

 泰樹がこちらに戻ってきて、アルダーの気持ちは揺れた。泰樹の態度は依然と変わらない。友人としてアルダーに接してくれる。
 身体を重ねていた頃には、泰樹の心にはきっと妻や子供たちがいた。そして、今彼の心に住んでいるのは。確実に自分では無い。
 こんな報われない気持ちを抱えるくらいなら、あの時泰樹を抱かなければ良かった。
 そうしたら、ただの友人として、純粋に彼の幸福を祈ることが出来たのに。

「……お前の決心は、堅いのか?」
「うん。俺は結局アイツが大好きなんだ」

 吹っ切れたように泰樹が笑う。にっと歯を見せて朗らかに。それで、アルダーはようやく心を決めた。

「……それなら、俺があいつになぜお前を避けるのかたずねてみよう」



「どうぞ? 開いておりますよ」

 アルダーがシーモスの私室を訪ねると、部屋の主は机に向かって本を読んでいた。

「ああ、アルダー様。珍しいですね。貴方あなたわたくしの部屋にいらっしゃるなんて」

 ずれた眼鏡を直しながら、シーモスはアルダーにソファーを勧める。

「……タイキが、お前に『避けられている』と嘆いていたぞ」

 単刀直入に切り出すと、シーモスは珍しく表情をくもらせた。

「……さようでございますか。あの方には……お解りにならないのです。魔の者になると言うことが。おそらくは一次の気の迷い。かわいらしいわがままです」

 シーモスは書物を閉じると立ち上がって、アルダーの対面にあるソファーに移動した。秘密めかした苦笑を浮かべ、肩をすくめる。

「そうだな。……だが、アイツは本気だぞ」
「……アルダー様まで、タイキ様のわがままにお付き合いなさるのですか?」

 ふっと、シーモスの唇に浮かんでいた笑みが皮肉く変わる。
 なぜだろう。アルダーにはそれが、シーモス自身を笑っているように思えた。

「何を、恐れている?」
「恐れる? 私が?」

 シーモスは大げさに、芝居かがって胸に手を当ててみせる。

「私は恐れてなどおりません。今や魔の王陛下の側近となった魔人の私が、一体なにを恐れるというのです?」
「……タイキはお前と『一緒にいたい』と、心から思っている。その気持ちを受け止める覚悟は無いか?」

 容赦なく切り込んでくる元護衛に、シーモスはため息をつくように告げた。

「……人の心は変わります。ましてや時は人を変えます。たった今、タイキ様が私に好意を寄せていたとしても、明日にはわかりません。それなのに、タイキ様に悠久とも言える魔の者の時間を与えることが、果たして得策でしょうか」

 シーモスの言うことは正論だ。他人と一緒に居たいなどとそんな理由で魔人になったとして。その他人に好意を抱けなくなったとき、泰樹は何をよすがにして長い生を過ごせば良いのか。

「それを、タイキに話したのか?」
「……」
「……お前は恐れている。タイキが心変わりして、お前の元を離れていくような、そんな日が来ることを。だから、あいつを避けているのか? あいつが裏切る前にいっそ手放そうとでも?」

 アルダーの、本心を言い当てるような言葉に、シーモスは黙って視線をそらした。

「……」
「それならそうとあいつに言ってやれ。急に避けられて、あいつは戸惑っていた」
「……私は……怖い、のです……」

 シーモスは自分の肩を抱き、ぽつりぽつりと言葉を探しながら呟く。

「……私には、ずっと昔、心から信頼を寄せたお方が一人おりました。でも、その方は私を『遊び相手』の一人としか思って下さいませんでした。その方は、私に飽きると、要らなくなった玩具おもちやのように捨てました」

 シーモスは遠い過去を見つめて、うつむいて膝をつかんだ。

「だから、私は、それが当たり前なのだと思っております。私は……多くの奴隷を抱きましたし、今までも彼らに上辺だけのむつごとをささやきました。彼らの中には、私を好いてくれた者たちも何人かおりましたよ? でも、そんなモノはまやかしです。一時の気の迷いです」

 シーモスの遊色ゆうしよくの瞳が、暗くかげる。軽く唇を噛んで、彼は視線をアルダーに向けた。
 その眼が、泣き出しそうにうるんでいる。アルダーは何も言えずに、静かにまばたきした。

「……タイキ様とて、同じです。あの方だって、私に飽きます。私以外の刺激を求めて、私を捨てます」

 はっきりと、シーモスはそう断言する。

「……お前は? お前はあいつのことをどう思っているんだ。お前もあいつに飽きたのか?」
「私、私は……っ」

 言葉以外の表情が、雄弁に語っている。捨てられたくない。飽きられたくない。

「……あの方に捨てられるくらいなら、私があの方を捨てます。それに、それがあの方のためなのです」

 静かに弁明するシーモスの瞳は暗く、何物をも写していない。自分でもその言葉がまやかしだと、自分をすためのものだと解っている。それでも、口に出さずにはいられない。

「お前は、なんでも解っているような顔をして、何も解っていないな」

 ため息を吐くような静かな表情で、アルダーは告げた。

「……何があいつのためなのか、決めるのはタイキ自身だろう。お前じゃ無い」
「……アルダー様はどうして、私とタイキ様の仲に口出しなさるのですか? 私は……アルダー様にとっては邪魔者では無いのですか?」

 シーモスは意地の悪いほほみを浮かべて、アルダーを見る。それは、その通りで。
 それでも、アルダーは首を否定の方向に振った。

「確かに、お前とあいつがこじれれば、俺にも機会が巡ってくるかも、な」

 その隙に、泰樹を説得することも出来るかも知れない。あいつはとても、情にもろい。

「だが、俺はあいつが悲しむ顔を見たくない。あいつにはいつも笑っていて欲しい。それが俺のささやかな願いだ」

 それはもう、揺るがない、心からのアルダーの本心で。

「……それに、俺はお前にも、笑って生きて欲しいと思っているぞ。イリスにも、な」
「……」

 シーモスは戸惑いを隠せないようで、ぎゅっと胸元を押さえたまま、言葉を紡ぎ出せずにいる。

「……アルダー様は……ご存じないのです。裏切られた者が、どんなにみじめで、苦しいものか」

 未練がましく、シーモスは重ねる。たった一人の大切な人。その人に裏切られた記憶が、彼を憶病にしているのだろうか。たった一人。でも、全てをなげうっても良いと思うくらいに思った、誰か。

 ──これは、戦うには厄介な相手だぞ、タイキ。アルダーはそっと心の中でため息をつく。

「ああ。解らんな。……俺は裏切った方、だからな。愛した者を裏切って、それでもこうして生きて……いる。だからもう、自分の心だけは裏切れない。思い出は裏切れない。それがきっと、俺の、ここにいる意味だ」

 かつて、一番大切だった家族を裏切った。それが、自らの意志で無いとは言え。
 ずっと、生きながら死んでいた。けものとして生きることは、何も見ようとはせず、何も聴こうとはせず、ただその瞬間をやり過ごすだけの作業だった。
 それから、数百年。逃げ続けていたアルダーを変えてくれたのは、泰樹の言葉と行動だったのだ。
 泰樹に、何かを返してやりたいと思う。幸福に生きて欲しいと願う。たとえ、泰樹の隣にいるのが自分で無くとも。

「……ともかく、タイキを避けるのはやめろ。あいつにぶつけてやれ、お前の気持ちを。それでもあいつの気持ちが変わらないなら、その時どうするのかきちんと考えれば良いだろう」

 それだけ言い終えると、アルダーは立ち上がった。
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